第二百三十六話:相剋の龍
≪激昂状態≫
それはモンスターの真なる力が発揮された状態。
ダメージが一定を下回った時に発動するもので、基本的に攻撃力の増加や攻撃パターンの変化が主となる。
基本的にどんな大型モンスターにも存在するのだが、一部のモンスターは特殊な≪激昂状態≫を持っていたりもする。
明らかに姿形が変容したり、攻撃力の増加やパターンの変化だけでは済まない変化を発揮したり……。
そして、その一部のモンスターに≪龍種≫は当然のように含まれる。
災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫は一撃を以って討った、
溶獄龍≪ジグ・ラウド≫は本領を発揮する前に屠った、
冥霧龍≪イシ・ユクル≫は一対一で戦って上回ることで狩った、
では、烈日龍≪シャ・ウリシュ≫と銀征龍≪ザー・ニュロウ≫は?
≪マルドゥーク≫の砲撃による圧殺で一気に殺し尽くす――それが出来れば最善だと考えていたが……。
「まあ、そうも上手くいかんか」
まるで天を衝かんばかりに圧を身に纏う二体の≪龍種≫。
基本的にハメ技というか、ギミックによる搦め手の多い≪イシ・ユクル≫とは違う――純粋に強い≪龍種≫である≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫。
その威容から発せられる迫力はただの一体どれ程になるというのか。
――修羅場をくぐった経験を持っているベテランの狩人でも……肝を冷やしそうだ。ただ近くにいるってだけで勝手に身体が震えそうになる。
VRの仮想現実の空間ではない、生で感じる本気になった≪龍種≫の迫力。
正直に言えば、俺も出来れば逃げたい気分だ。
――面倒だ……パターンが増えてややこしんだよな。威力も上がるし、確か≪シャ・ウリシュ≫の爪や尻尾の攻撃は纏う火炎の勢いが強くなったせいで範囲が変わるんだっけか? ≪ザー・ニュロウ≫の場合は散弾銃みたいに範囲攻撃してくるのが対処が難しいやつで、次点だと……。
努めて冷静を装いながら情報を整理する。
状況は悪いがまだ想定されていた範囲内ではある。
――このモードになった以上、二体が大きくダメージを受けているのは間違いない。
全身から迸るエネルギー、一部隆起し変容した肉体など等の変化に隠れてはいるもの蓄積されたダメージは無くなったわけではない。
血こそは一旦止まってはいるものの、今までの戦いで蓄積した痛々しい傷跡は消えていない。
――そもそも≪激昂状態≫があと「もう少しで倒せますよ」というメッセージみたいなもの。つまり終わりが見えてきたと喜ぶべきなんだけど……。
思考しつつも動き回るのはやめない俺に向けて無数の氷柱が散弾銃よろしく降り注いだ。
≪死氷雨≫
鋭利な刃物のような氷の雨は相手を傷を与え、突き刺さるとプレイヤーの肉体の血を凍らせ、刃へと変わった血は肉体を内部から突き破ってダメージを一定期間与え続ける。
広範囲を覆う一見ランダムに見える攻撃、だがゲーム内でやった時の記憶を引き出して対応する。
――この攻撃は実際は三つのパターンしかない、それを見極めれば……っ!
設定通りであることを祈りつつ、パターンを見切っての最小限の動きで回避する――それと同時に仕留めるように振るわれた≪ザー・ニュロウ≫の長い尾によるフルスイングが視界の端に微かに捕らえた。
上から降り注ぐ攻撃に中位を引きつけ、そこにプレイヤーの死角を狙っての動き。
それは今までの≪ザー・ニュロウ≫にはなかった攻撃のパターン。
だが、それは知っている。
俺は危なげなくそれも回避し、大ぶりの攻撃が外れた隙を突こうと大地を蹴り上げる――直前、
「っ!? これは……っ!!」
プレイヤーの周囲の気温が一気に上がったような感覚。
それは前兆、
「っ……ぐうううぅっ!!」
前に飛び込もうとした運動エネルギーを無理矢理に押し留め、逆の大きく後ろへと飛び去った。
その瞬間、一瞬先に俺が居た場所とその周囲に火焔の竜巻が発生した。
≪地獄天≫
プレイヤーの周囲に唐突に攻撃が発生するという特殊な発生タイプの≪シャ・ウリシュ≫の技。
ブレスなどは軌道が予想が出来るので避けやすくはあるのだが、ただ発生するというのは本当に微細な前兆動作を察して避け始めなければならないので厄介だ。
そして、これも当然先程までは使っていなかった技。
俺が一瞬前まで居た場所に発生した三つの火焔の竜巻。
だが、それを回避したこちらのことなどどうでもいいと言わんばかりに荒れ狂い、≪ザー・ニュロウ≫へとぶつかる。
対する≪ザー・ニュロウ≫も負けていない、全てを灼き尽くさんとばかりに荒れ狂う≪地獄天≫を耐えると、そのお陰とばかりに巨大な尾を持ち上げ――そして、地面に叩きつつけた。
「や、ば……っ!!」
≪氷柱津波≫
大地が揺れ動き、凍り付いていくのと同時に無数の氷柱が発生し、それはまるで津波のように襲い掛かって来た。
途轍もないスケールの攻撃、初動が間に合わないと回避が難しい広範囲攻撃。
今の俺なら≪無窮≫で空に躱すことは可能だが、それは取らずに別の凌ぐ方法を選ぶ。
即ち、障害物に身を隠して攻撃を凌ぐ方法。
装備が盾持ちの武具種以外の時の手段だ。
破壊不可能オブジェクトは用意されていないので、≪シャ・ウリシュ≫という盾を使うことになるわけだが。
「これで――」
俺は≪無窮≫の推進力を使って≪シャ・ウリシュ≫の後ろに回り込んだ。
燃え盛る烈日龍はこちらを一瞬だけ眼で追ったものの、迫り来る鋭い氷槍の津波に向けて劫火のブレスで対応する。
二つの力がぶつかり合い、爆発的な白い煙が周囲を覆った。
莫大な熱エネルギーによって発生した水蒸気がスチームのように拡散したのだ。
「熱っ……くそっ、面倒だな」
俺はそう毒づいた。
≪激昂状態≫に入り、特殊攻撃と行動を解禁した二体は改めて厄介極まりない存在だと認識した。
攻撃の規模が上がり、避け辛くなるため反撃に転じるのが難易度が向上している。
それに攻撃力自体も上昇しているので多少のダメージを覚悟で……というリスクのある行動がしづらくなり、結果的に更に反撃の頻度が低下する。
そして、そのまま攻めあぐねて攻撃に捕まり負けてしまう……それはゲーム内ではよく聞いた話ではあった。
――記憶でも結構苦労したっけ……っ!
≪激昂状態≫までは追い込むことはできるけど、そこから倒すまでが長いとはよく言われたものだ。
天月翔吾もそれこそ慣れるまで何度この状態になってから負けたことか……それほどに強さが変わる。
だとしても、だ。
それは天月翔吾にとっては過去の思い出程度でしかない。
確かに苦労こそはしたものの、最終的にはさほど苦も無く倒せるように天月翔吾はなったのだ。
難易度こそ上昇し、隙も少なくなってはいるもののちゃんと反撃をしやすい行動、攻撃、パターンなどは存在しているわけでそれさえ分かれば後は経験で覚えていくのみ。
だからこそ、一対一なら確実に倒せるだけの自負はある。
ただ、問題は現状二体同時に戦っているという状況だ。
「動きが読み辛い……」
≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫、二体が互いにも攻撃しあっているのはこちらとしては嬉しいのだが、その分攻撃や行動パターンにもブレが生じるのでとても攻撃しづらい。
規模が大きくなった攻撃を二体がポンポンと放つようになったために、それに巻き込まれないようにするだけでも結構神経を使う羽目になるのだ。
――通常時ならともかく、≪激昂状態≫を二体相手にするのは無理があったか……いや、後悔しても今更か。引くことも出来なわけだし。
二体ともにダメージが蓄積して追い詰められているのは事実、ここで一気にトドメまで持っていきたい。
――だけど、一手足りない。……≪龍喰らい≫の使い方もわかってきた。それを使うにしても隙が必要だ。
荒ぶる自然を形にしたような災厄を撒き散らしながらぶつかり合う二体の≪龍種≫。
その勢いは弱まるどころか増しているようにすら見える。
あるい拮抗している状態だからこそ、互いが互いの刺激し合っている状態なのかもしれない。
ともかく、これ以上は側にいることすら難しくなる。
ぶつかり合いに巻き込まれて死にそうだ。
一瞬、片方にもう片方を倒して貰って残った方を狩る……というプランに変更しようかとも思うも、すぐにその案は破却した。
二体が喰らい合っている状態だからこそ、互いが互いを拘束しあっているが片方が倒れた場合、もう片方は解放されて自由に行動を開始する。
≪シャ・ウリシュ≫の行動を思い起こせばわかるように、こちら側の行動のせいかだいぶ行動にもバグが発生しているのは確かなのだ。
――それこそ、また空を飛ばれて延々と攻撃してくる可能性やどこかに逃走する可能性だって十分にある。
どうしたって飛行能力がある相手の方が機動力があるのだ、一旦逃げに転じられたらこちらとしては打つ手がない。
そして、相手は環境に強い影響を与える能力を持っているので広範囲を飛び回られるだけでロルフィング辺境伯領は無茶苦茶になる。
なのでこの砂漠の地にて、二体共に葬り去るのが俺の勝利の条件。
――だからこそ、今がチャンスなんだ。共にぶつかり合っている状況、互いの生命を削り合っている状況を活かして……同時に討つ、それが最適解。
だが、それをするには二体の力のぶつかり合いは苛烈であり、介入は極めて困難だ。
何か、何かが必要だ。
拮抗している≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫……そのぶつかり合いを崩す致命の何かが……。
そして、それは現れた。
……というよりも突っ込んできた。
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