第二百三十五話:窮地にこそ力あれ
襲い掛かる真白なる波濤。
巨大な戦艦であるはずの≪マルドゥーク≫を呑み込むような規模の≪ザー・ニュロウ≫の伊吹、それはまるで吹雪という現象を圧縮して解き放ったかのような暴力的なまでの極寒のブレスだった。
その寒さを表す言葉に「身を切るような寒さ」と呼ぶときがあるが、なるほど冷たさとは刃に似ているのだと身を以って知ることになった。
一瞬で視界が白銀に覆われ、ついで体内を刃でズタズタにされるような痛みが襲われ、そして意識が遠くなった。
「被害報告!」
「ダメだ! くそっ、砲が全部凍り付いた! 溶かさないと……っ!」
「航行がきくだけマシか」
パシャリと液体がかかり、それによって私は意識が浮上していくのを感じた。
「イタタ……レメディオスさん?」
「はぁい、無事かしらルキちゃん」
視界に飛び込んできたとても濃ゆい顔のお陰で、ぼんやりとしていた思考が急速に回り始めたこと自覚する。
――レメディオスさんのお顔は気付けにはとても有用かもしれません。
だいぶ失礼なことを考えつつ、私は話しかけた。
「……私どうなって」
「貴方気絶してたのよ。状況を確認する為に身を晒していたせいで諸にあのブレスを受けてね」
「ああ、そうか。思い出してきました。レメディオスさんたちはよく無事で」
チラリッと視線を動かすと瞬間的に一気に低下した寒さに震えてはいるものの、生きてはいるスピネルとルドウィークの姿が。
まあ、「流石に死んだかと思った」としきりに呟いているので震えているのは寒さだけではなさそうだが。
「遮蔽物の影に隠れていたのが良かったんでしょうね。どのみち私は動けないし、二人も出ようとしなかったら。≪マルドゥーク≫の堅牢さに救われたわね」
「それだけじゃないと思います。たぶん、攻撃対象を≪マルドゥーク≫そのものにしていたからこんな広範囲のブレスになって分散したから……」
資料で知っている≪ザー・ニュロウ≫の収束したブレス――≪ノルド・ヴィント≫とという技だったか、それならば無防備に受けてしまった私は生きていないはずだし、遮蔽物があったとしても彼らも無事じゃすまなかったはずだ。
「つまりは運が良かったってことですね。イタタ……」
「大丈夫? ルキちゃんまだ≪
「頂きます。……というかよく使えるの有りましたね?」
「ああ、恐らく距離を取って航行していたのもあって≪ザー・ニュロウ≫の領域の影響が弱体化したんだろう。いや、それとも≪シャ・ウリシュ≫とのぶつかりもあって影響が出ているのか?」
「まあ、何にしろ凍り付いていた≪
「なるほど」
スピネルとルドウィークの言葉に私は納得した。
≪枯渇領域≫と≪死氷領域≫のぶつかり合いは双方ともに弱体化をさせているらしい、よくよく辺りを見渡すと一帯全てを支配下に置くはずの力だというのに範囲がかなり狭くなっているように感じる。
力の中心である≪ザー・ニュロウ≫と≪シャ・ウリシュ≫らがいる辺りは、吹雪と火焔旋風が同時に発生してぶつかり合っているような地獄の様相をしてはいるものの。
「あの中で良く生きていられますね、アルマン様」
とにもかくにも二体の力が良い感じで打ち消し合っているのは良いことだ。
互いが互いの強みを潰し、そして潰し合うのを上手く利用して狩猟する――賭けの部分も多かったが上手くいっているようには感じる。
とはいえ、
「それで……状況は?」
「見てのとおりよ」
レメディオスに促されて辺りを見渡すも中々に酷い状況だった。
ブレスを諸に受けた≪マルドゥーク≫の左舷の大部分は凍り付き損壊している。
負傷した狩人や凍らされて甲板や壁に縫い付けられるように動けなくなっている者もチラホラと負傷者の数はかなり多い。
とはいえ、狩人としての丈夫な身体と防具のお陰で幸い死傷者自体は少なそうに見えた。
船の奥に運んで≪
「問題は船の方ですね」
「ええ、そうね。見ての通り、左舷の砲門は凍り付いちゃったみたいで使えそうにないわ。まあ、まだ右舷の砲は無事だけど」
「……難しいですね」
≪マルドゥーク≫は巨船である、だからこそ小回りはあまり効かない。
左舷がダメになったから右舷の砲を使おうとするなら、反時計回りを基本に円を描くように航行していた航路を反転する必要があるが、大幅に方向転換する際には船速を落とす必要があるわけで――
「いくら何でもそう何度もブレスの直撃なんて耐え切れないぞ? むしろ、諸に浴びたのに航行不能にならずに動けている現状の方が驚きだ」
「随分と丈夫には作りましたからね」
ルドウィークの言葉に同意した。
彼の言った通り、私の目から見ても≪マルドゥーク≫にはかなりダメージが蓄積していることがわかる。
≪ザー・ニュロウ≫のブレスだけでなく、その前にここに来るまでの≪シャ・ウリシュ≫に追い掛け回されている時もやりたい放題やられたのだ、あの規模の攻撃だと後一度か二度が限界だろうと見立てだ。
「想定はしているつもりだったんですけど、本当に理不尽な力をしてますね。並の上位モンスターの攻撃を受けてもへっちゃらなぐらいの強度があるはずなんですけど」
「それぐらい≪龍種≫というのは特別なんだ。しかし、どうする……?」
「砲戦が出来ないなら≪マルドゥーク≫がここに居る意味が……とはいえ、今の状況で船速を下げてでも反転するのはリスクがある……」
私はチラリッとアルマンらの戦いの様子に目を移した。
砲撃の嵐が止み、好きに動けるようになり暴れ出した≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫。
それらを相手に抑え込むように縦横無尽にアルマンは戦っていた。
また飛び立たれては堪らないとばかりに攻撃を誘って互いにぶつけ合わせたりと、巧みに立ち回って抑制をしていた――だが、
「それに――そろそろ、か」
「だろうな」
私の呟きを肯定するかのようにスピネルが答えたと同時に――二体の≪龍種≫の様子が一転した。
二体の≪龍種≫が同時に咆哮した。
まるで天地全てを震わすが如くの大咆哮、そして迸るほどのエネルギーが解放されるかのように輝き――
≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫はその姿を変えた。
その身に纏う荒れ狂う炎は紅蓮の華のように咲き誇り、
全てを凍てつかせる白銀の風は美しきのその身を彩るかのように煌めいて、
「来ましたね、≪龍種≫の――」
『Hunters Story』においてHPが一定を下回ると攻撃パターンの変化や攻撃力が上昇するモンスターが存在している。
生き物であるモンスターは死に瀕した時、余力を残さずに力を振り絞るからだという考えからだ。
つまりは本気中の本気。
所謂、第二形態と呼ばれるもの。
「――≪激昂状態≫」
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