第二百三十三話:閃



 目の前に波濤のように押し寄せる氷獄のブレスに対し、俺はただ踏み込んだ。



 ≪龍喰らい≫の防御力は凡そ感覚は掴めたし、何よりも全身鎧タイプの防具というのが良い。

 『Hunters Story』では多様なデザインの防具があり、ただの服や着物のような防具も数多くある。

 デザインと性能は必ずしも繋がるものではなく、明らかに硬そうな金属製の防具よりも布の服のような防具の方が防御力が高い……ということも良くあることだ。


 それはこの「楽園」においても変わらない。


 敵のモンスターの攻撃とそれを受ける防具を装備したプレイヤー、他複数の因子を含めE・リンカーがダメージへの干渉を行うわけだ。

 つまりは重要なのはシステムにおける設定上の性能ということだ。


 ただの衣服のような防具でも、高い防御力を持っていると設定されていれば相応のダメージの減衰が期待できる。

 まあ、基本的にモンスターの攻撃力というのは過剰なのでよほど格下の相手でも無ければ諸に連続で食らえば素の防御力耐えるのは難しいのだが……それはともかく。


 つまりは重要なのは「楽園」のシステムに設定されているデータで防具自体のデザインはそれほど性能には関係はない、ということ。


 とはいえ、だ。


 いくらそれが真実であるとは言っても、精神的、感情的なことは別だ。

 衣服のような防具よりも金属製の全身鎧の方が安心感があるというのは摂理であろう。


 一般的な狩人たちとは違い、この世界を支配している「楽園」のシステムという真理を知ってなお――ずっしりとした鎧の重厚さは俺に踏み出す勇気を与えてくれる。



「ぉぉおおおぉおおっ!!」


 振り下ろす≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を盾に俺は強引に身も心も凍り付きそうな≪ザー・ニュロウ≫のブレスの中を掻き分けていく。


 いける、はずだ……と思う。


 ≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫をまとめて相手してから……恐ろしく濃密に感じたが、実際に戦った時間は十分を超えてはないだろう。


 それでもわかったことはある。


 真面な攻撃こそ受けないように気を付けてはいたが、それでも防具としての性能を知るためにわざと何度か攻撃は受けみた。

 無論、リカバリーが出来る範囲の中で……だ。


 ――大量の物資を運べる船での狩猟というのはこういう利点もある。個人や小隊で動き時にはこうはいかないからな……。


 飲食アイテム、という概念が『Hunters Story』には存在する。

 言葉通り、摂取することで効果を発揮するアイテムのことだ。

 キノコや薬草類など、原材料そのままでも効果は発揮するが基本的に加工するほど効果も持続時間も増加する。


 物によっては結構馬鹿に出来ないバフなども得られるのだがこの持続時間というのが有効活用するには難物だったりする。


 ゲーム内ならともかく、いくら効果が出るとは言っても制限時間内に目的のモンスターに会えなければ意味がなくなるのであらかじめタイミングを計って使用しておくというのは難しい。

 かといって持ち運ぶには≪アイテムボックス≫もない以上、この「楽園」内ではどうしても物理的な制限がかかってしまう。

 正直、その分≪回復薬ポーション≫を持てなくなったりするぐらいなら……ということで効果はあるものの一般的な狩人の優先度的には低い、というのが普通の飲食アイテムの括りだ。


 順番を付けるなら、回復用のアイテム、次に状態異常対策アイテム、その次にその他の飲食アイテムと言ったところ。

 持ち運べる量に限界がある以上、普段の狩猟で後回しにされるのは仕方ない。


 だが、これが船であれば話は別だ。

 飲食アイテムというのは基本的に使用得でデメリットがない。


 ≪龍種≫討伐という大一番である今回、当然のように≪マルドゥーク≫に大量の飲食アイテムを持ち込んでいた。


 ――ある程度予想は出来てたけど、≪シャ・ウリシュ≫のせいで用意していた飲食アイテムの半分ほどはダメになったけどね……。それでも全滅というわけじゃない。


 二体の≪龍種≫によるアイテム封じ、だがすべての飲食アイテムを封じれるわけではない。

 俺にリジェネ効果の体力回復効果を与えている丸薬系のアイテムとてそうだ。


 ――ゲームの時は結構こういったアイテムは≪依頼クエスト≫の報酬で貯まるだけ貯まってたけど、結局いちいち使うのが面倒だからって放置してたな。高級で作るのに手間がかかる丸薬も使うのがもったいないって……。


 だが、今の俺は違う。

 貴族であり領主でもある権力と財力の使い所、使い得なアイテムなら湯水にように使うのが当然というものだ。


 ――リジェネ、攻撃力アップ、防御力アップ、感覚鋭敏化……時間には気を付けないと。


 リスクのある行為であるとはわかってはいるが、危険が何時襲ってくるのがわからないのが狩猟というものだ。

 カタログスペックだけではなく、実感としてのダメージや防御力の感覚が欲しかったのだ。


 ――「楽園」にはHPバーが無いのが不親切仕様だぞ……。


 俺は運営である「ノア」に内心で不平不満を零しつつも、それでも危険を冒してでもわかったことを挙げていく。


 ――≪龍喰らい≫の素の防御力は上位防具でも上の方だな、だが最高位ってわけじゃない。


 天月翔吾の記憶や経験からそう判断する。

 元が『Hunters Story』には存在しない防具なので≪龍喰らい≫の性能は未だに未知数だ、だから手探りの感覚ではあるが素の防御力が際立って高いわけではない……と俺は感じた。


 ――だが、総合的な防御力自体は恐らく……絡繰りはあの青紫色の燐光か?


 俺が気になったのは素の防御力だけじゃ辻褄の合わない防御力、そして攻撃を受けた際に奔る≪龍喰らい≫の周囲で発生する燐光。

 その正体については薄々と感づいていた。


 ――≪龍≫属性エネルギーによる……障壁?


 バリアのようなものが発生し、敵の攻撃を減衰させているが故のダメージの低さであると。


 ――よくもまあ、こんなのを作ったものだ。


 内心で苦笑する。

 希少な素材で堅牢に作られた防具は、その実は恐ろしいほどに緻密な計算のもとの作られている。

 本来、存在していなかった属性のエネルギーを利用し、疑似的なスキルもかくやという性能を発揮している。


 これで未完成というのだから驚きだ。

 現状の完成度だけでもキスをしてやりたいぐらいだ。



「……いや、冗談でもやめておこう。俺にはエヴァが居るし」



 ぼそりっと零しながら、俺は強引に≪ザー・ニュロウ≫のブレスの中を掻き分けていく。

 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫から放たれる≪龍≫属性のエネルギーの奔流がブレスの勢いをかき乱し、その中を強引に≪龍喰らい≫の防御力を以って踏破する。


 並の上位防具であるなら如何にかき乱しとはいえブレスの中を掻き分けて進むなど、出来るはずもない芸当――だったはずである。


「るァァアアああァ!!」


 だが、やらなければならない。

 どれだけ困難であっても、やる必要があるなら俺をそれを為さねばならない。




 何故なら、俺こと――アルマン・ロルツィングは英雄だからだ。




 ≪ザー・ニュロウ≫の放つ暴力的な瀑布、それを踏破した俺はただ振り下ろす。

 その二対の角に目掛けて、それは≪ザー・ニュロウ≫が天を飛ぶための器官だと知って、冷酷に、徹底的に、破壊する為に。



 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の刃がミシリという音を立てて、≪ザー・ニュロウ≫の巨大な角にめり込んだ。

 一撃、とはいかなかった。

 傷を与えるのが精一杯な大きさ、そして硬度。


 けれどもそれは小さくとも確かな亀裂であることは間違いなく――故に≪ザー・ニュロウ≫を大きな呻き声を受け、そしてグラリと足場としてしていたその長大な身体を空で戦慄かせた。



 落ちる、そう察したのは間違いではないだろう。

 天を操る力を持つ≪ザー・ニュロウ≫、その力の基点となっているのが≪銀征龍の大角≫という部分であると――設定ではなっていた。

 ゲームの中においても角を破壊することで、行動パターンを制限することも可能だったし、設定集においては明確に≪ザー・ニュロウ≫の弱点として明言されていたりもする。



 無論、ゲーム的にはただのギミックでしかないのだが――この「楽園」において、――というのは、かなり重要な部分だ。


 仮想世界をこれでもかと精密に現実に創り上げた開発者たちの熱意、だからこそそういうギミックも明確に再現されている。



 バギンッ!!



 砕けるような音と共に≪ザー・ニュロウ≫の巨大な角が折れると同時に周囲の空気が乱流を起こした。

 どのような原理で浮かび飛んでいたのかは定かではないが、≪ザー・ニュロウ≫の巨体を浮かせていた力に綻びが出たのであろう。


「まだァ!」


 苦悶の声を上げ、低下した力で何とか空中で立て直そうとする銀色の巨竜。

 当然の如く、俺はそれを許さずに角をへし折った勢いをそのままに≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を振りかぶり、刀身に溜まったエネルギーを開放する。



「吹き飛べ……っ!」



 横から殴りつけるように豪快な一撃を叩き込む、体勢が崩れた≪ザー・ニュロウ≫はこちらへと迫る≪シャ・ウリシュ≫へと倒れ込んだ。

 俺が≪ザー・ニュロウ≫の角を折り、力が弱まったと察しその隙を突こうとその顎で以って喉笛にかみついてやろう、とでも思っていたのだろうか。



 大きく体勢を崩し、≪シャ・ウリシュ≫へと倒れ込む≪ザー・ニュロウ≫に目測がズレたのか衝突、二体の≪龍種≫はその巨体をぶつけ絡み合い――



 

「――ここだな」




 無数の≪大砲≫の音が鳴り響いた。

 その瞬間、夕暮れから闇色に染まり始める空を――数十もの強力なが染め上げて、



「馬鹿っ! 多すぎだ……っ!!」



 その閃光を受けた二体の≪龍種≫まるで糸が切れたかのように地表へと落下していった。


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