第二百三十二話:英雄の牙



 ≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫の戦いは正しく天変地異であった。



 両者が咆哮を上げれば火炎の嵐が踊り狂い、凍てつく波動が周囲を襲う。

 のみならず、自らの爪や牙で相手を傷つけようと襲い掛かり衝突する。




 世界が悲鳴を上げるかのような壮絶な戦いの光景だった。

 モンスターを狩るのが生業である経験豊富な狩人とて、あれは別の存在だと諦めるほどに外れたモンスター同士の戦い。


 如何な狩人とて人でしかなく、介入できる戦いではない。

 ≪マルドゥーク≫に乗船している狩人の誰もがそう思った。



 ただ、一人を除いて……と注釈をつけるだろうが。



「うわー、凄い。いくらある程度経験があるとはいえ、二体相手によくもまああれだけ戦えますね」


「しかも、あの≪無窮≫とかいう空中機動のスキルを使って……だろう? 本当に初めて使ったのか?」


「ええ、精々テストぐらいでそもそも≪龍喰らい≫が形になってからちゃんと使えるようになったわけで……案外、≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫だけでも同じことをしようと構想自体は練っていたのかもしれませんね」


「だとしてもあの戦いぶりとはな」


 スピネルのどこか呆れすら含んだ物言い、それに対して私も内心で同意した。

 上空でぶつかり合う二体の≪龍種≫、それに絡みつくような紫闇色の軌跡を残し渡り合うアルマンの姿を見て本当に大概だと思う。


 確かに彼には≪シャ・ウリシュ≫に対しても、≪ザー・ニュロウ≫に対しても戦ってきた膨大な経験の記憶があるのだろうが、それでもゲーム内においてはなかった空中機動まで含めての戦いっぷり、




「なるほど、戦いの記憶と狩人としての経験の積み重ね、その結実……。アンダーマンが求めた英雄としてのアルマン様の力」



 こうして客観的に見ればよくわかる。

 ≪イシ・ユクル≫の時にも思ったが明らかに他の狩人とは違う――一線を画した動きになっている。


「気付いているんですかね、ほんと」


「さて、どうだろうな。あいつは記憶がある分、価値観がズレているからな」


「そういうところ、ありますよね」


「……なんか、聞いてない振りをしていた方が良い感じの話かしら?」


「そうですね、面倒なので。その方がいいと思いますよ、レメディオスさん」


「助言ありがとう、ルキちゃん」


 自身があるように見せかけて実は微妙に自らを信じていない英雄様、それに思うことがないわけではないのだ。


「まあ、多少になりましたけどね」


「?? それはどういう……」


「いえ、大したことではありません、それよりも状況は?」


 この≪マルドゥーク≫を運行する責任者へと私は話しかけた。

 出向前の際には色々と不躾な目線で見られたものの、アルマン様のお陰で私も……そして、スピネルたちもおおよその権限が与えられている。



「一先ず、機関部の方に問題が無いかと」


「では、そのまま円を描くように航路を維持してください。アルマン様の援護をしなくいと……」


「そうね、ルキちゃんの言う通りに。たぶん、一番現状について認識できているから」


「はっ!」


 本来であればこの場において私の地位というのはさして高くはない。

 実力社会の狩人の世界において求められるのは実績、目立った討伐をした記録がない≪銀級≫の狩人など偉そうに指示を出せる立場ではないのだが、そこは高見であるアルマン様の存在と≪マルドゥーク≫の建設にあたってそれなりに顔を繋いでいたお陰かスムーズに指示には従ってくれた。

 レメディオスの口添えも効果があったのだろうけども。



「それでは≪大砲≫らの用意を進めてください」


「しかし、射角の問題で……」


「問題ありません、アルマン様のことですから――あとは……」



                  ◆



 ――≪無窮≫


 ≪龍喰らい≫のいたる所から一気に噴出されるエネルギー、それを推進力にして俺は眼下に見える≪マルドゥーク≫が小さく見えるほどの上空で体勢を整えて――そして、天を翔ける。


 言葉にするのは簡単だが、実際にするのは恐ろしく神経を使う作業だ。

 自由に飛べるわけではなく、あくまで跳躍の一種でしかない。

 それも回数制限もある以上、使うタイミング、方向、飛距離に気を付けなければそのまま真っ逆さまだ。


 ルキの手によって≪龍喰らい≫そのものが俺の思考に反応して、最適な反応を返すから出来る曲芸の部類である。

 俺は≪シャ・ウリシュ≫の背に飛び乗りながらしみじみと思った。


「ふぅ……こんな大道芸染みたことをすることになるとは――なっ!」


 などと呟きながら遠慮なく≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫をその無防備な背中に突き刺した。

 ザシュッと肉を切り裂く音とも≪シャ・ウリシュ≫の悲鳴にも似た叫び声が響いた。

 傷口から吹き出すように溢れ出た紅蓮の炎、俺はそれに対抗するように刃を更に押し込もうとはせず、引き抜いて下がった。



 そして、大きく跳躍。



 それと同時に≪シャ・ウリシュ≫は



 自爆、というわけではない。

 彼のモンスターが使う技の一つだ、全身から炎を全方位に放ちその爆発力でプレイヤーを吹き飛ばして距離を作らせるための爆炎。


 近距離で張り付いて景気よく攻撃を続けていると前兆動作に気付かず、うっかりと食らって弾き飛ばされてダウン、そこに更に追撃が襲い掛かり――というのは≪シャ・ウリシュ≫との戦闘で気を付けなければならないポイントの一つだ。

 天月翔吾も初めの頃はこのコンボで仕留められていたものだ。


「初見殺しだからなぁ……それ」


 初見どころか慣れて来ても時たまに喰らってしまう近接殺しの全方位爆炎、その爆風の勢いに乗るように俺は跳躍を決め、そして≪無窮≫によって空中で方向を修正し、次は≪ザー・ニュロウ≫の長大な尾の部分へと着地する。

 鬱陶しく飛び掛かっては攻撃を加え、払おうとすると逃れる俺という存在にイラついたのだろうか、≪シャ・ウリシュ≫は怒りの目を向けてこちらに向けてブレスを放った。


 巨大な火球のブレス。

 とはいえ、当然ブレスのようなモンスターにとって基本攻撃のような技の前兆動作を今更に見誤るわけもなく、放たれる直前には既に回避行動を取っていた俺。



 攻撃は俺に当たることもなく――だが、俺が足場にしていた≪ザー・ニュロウ≫は回避することが出来ず……直撃。



 そのダメージに今度は≪ザー・ニュロウ≫が怒りの咆哮を上げ、自らの絶対零度のブレスを≪シャ・ウリシュ≫へと叩き込んだ。



「ふぅ……全く」



 当然、攻撃を受けた≪シャ・ウリシュ≫は≪ザー・ニュロウ≫へと敵意を向け、お返しだと言わんばかりに攻撃を放った。

 対する≪ザー・ニュロウ≫もその反撃を捌き、そして排除するべき敵としての視線を向け、氷嵐を呼び解き放つ。


 俺はその両者のぶつかり合いを尻目に≪ザー・ニュロウ≫の身体を駆け上がり、そしてその頭部へと≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を振りかぶった。



「堕ちろ……っ!!」

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