第二百三十一話:龍と龍と人と
天に轟くは二体の龍の咆哮。
それは灼熱の地獄を呼び、吹きすさぶ白銀の世界を顕現させる。
「右舷からは火の嵐が……嵐がっ!?」
「さ、左舷から氷の刃が……うわぁあああっ!? 着弾したら凍り付いた!?」
「上空で≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫が食らい合って――こっちにブレスが飛んできたぁ!?」
「流れ弾だ! 何とか防げェ!」
至る所で悲鳴のような怒声が響き渡っている。
歴戦の狩人たちでさえ、動揺を隠しきれないような戦いがこの北の砂漠地帯では行われていた。
≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫。
両者の攻撃による余波、両者が持つ環境を変化させる力のせめぎ合い。
灼熱の炎と絶対零度の氷が降り注ぎ、熱波と寒波が目まぐるしく入れ替わる。
その温度による変化だけで常人では耐え切れず死んでしまいそうな環境だ。
「……暑いのか寒いのかわからなくなってきた。この時ほどエルフィアンに環境適応調整機能が入ってて良かったと思った日はない」
「私もだ。しかし、それでもキツイな」
「こんな状況にでも対応できるってやはり未来の技術は素晴らしいですねー!」
気温の上下の変化の幅は最大で八十℃にも及ぶ、常識的に考えて純粋な生き物なら秒単位で変化する気温に対応できず死にそうなものだが、備品として「楽園」内でのスムーズな活動が出来るように環境に適応しやすく調整されたエルフィアン、そして狩人の活性化したE・リンカーによる調整は別だ。
色々な環境での狩猟に適応するため、狩人の身体は環境に応じて適応しやすくなるように出来ている。
とはいえ、その両者の環境に適応する能力を以ってしてもこの状況は流石に地獄だが……。
――意識してないと気が遠くなりそうですね。まあ、基本的にE・リンカーによる環境適応って「慣れやすい」レベルのもので問答無用に無効化しているようなものでも無いですし、当然と言えば当然か……。
私は冷静に今起きている現象を確かめる。
自らの身を以ってE・リンカーの力を実感できる機会などそうはない、貴重なチャンスである。
「おい、ルキ大丈夫か?」
「ええ、問題はありません!」
手を開いたり閉じたりしている私に不安を抱いたのか、ルドウィークが話しかけてきた。
「しっかりしてくれ、流れ弾でも私たちは致命傷なのだから」
「わかってますよー、ルキにお任せです」
そう返しながら≪
ルキの役目は彼女らの護衛をしつつ、冷静に状況を見て支援を行うことだ。
「やってやりますよー!」
「あら、やる気満々で可愛いわねぇ。そんなに任されたのが嬉しいのかしら?」
「ふふん、そろそろ迷惑ばかりをかけているルキちゃんのイメージを払拭しようかと思って」
「いえ、頼りにはしているとは思うのよねアルマン様。それ以上にアレな時があるだけで……それにしてもお荷物でもごめんなさいね?」
「いえいえ、レメディオスさんも頑張ってたんでしょ? それにそのスキルの反動は仕様ですから……まあ、守られててください!」
≪ザー・ニュロウ≫を足止めする役割として暴れ、≪災疫災禍≫によって動けなくなったレメディオス、それらを背に不意に飛んで来る攻撃の余波を蹴散らしながらルキは冷静に周囲を観察する。
灼熱と氷獄の砂漠の中を行く、≪マルドゥーク≫に乗りながら――
二頭の≪龍種≫と――そして一人の狩人の食らい合いを見ながら……どう動くべきかと思案に暮れた。
◆
「キッツ……いなァ!」
何がと言えばこの状況だ。
――≪龍種≫二体との同時狩猟なんて……。イベントの時以来だな。
基本、ストーリーイベントでは一体一体しか出て来ず、戦うのだって当然タイマンだ。
他の大型モンスターだと二体同時の≪
製作サイドとしてはゲーム的にボス的存在なのであまり安売りをしたくはなかったのだろう。
プレイヤーサイドからするともっと色んな≪
なのでリリースからの三周年イベントとして、様々な組み合わせの≪龍種≫との≪同時狩猟
天月翔吾もその期間は齧りついて狩猟を楽しんだものだ。
「――っとぉ!?」
その経験があったからこそ、俺は≪シャ・ウリシュ≫と≪ザー・ニュロウ≫。
二体の≪龍種≫と渡り合うことを可能としていた。
無論、それはルキの≪龍殺し≫の力とそして二体の≪龍種≫が互いを敵視し攻撃しあっているため、二対一ではなく一対一対一という構図となっているのが大きく影響していた。
ゲームの中では基本プレイヤー狙いだったためにこれは良いことと呼べるだろう。
「楽園」における仕様なのか、あるいは本来ストーリーイベントで出会うはずもない二体が接触したバグの挙動なのか知らないが。
「好都合ではある……けど、早々良いことばかりでもないか」
俺は思わず呟いた。
眼下、いや上空でも起きている≪シャ・ウリシュ≫の灼熱の領域と≪ザー・ニュロウ≫の冷獄の領域の鬩ぎ合い……打ち消し合うのではなく、まさかのぶつかり合いによって一帯の環境は無茶苦茶、正しく地獄のような様相だ。
――こんなのイベントの時には無かったな。
≪シャ・ウリシュ≫らが持つ環境を変える力、これらはストーリーイベントの際にこそはこれでもかと描写されるのだが、それ以外の時の≪
それは三周年イベントの時とてそうだった。
こんな地獄みたいな周りにならず、普通に素の力で襲ってくる二体の≪龍種≫……まあ、それでも強かったのだが。
何というか描写の問題だったのだろう。
ストーリーの時だけ特別――みたいな、アイテム制限も解除されていたし。
あくまでストーリーイベントの≪龍種≫は特別だった……ということだろう。
だから、三周年イベントの時の≪
だが、残念ながら今目の前で暴れている≪シャ・ウリシュ≫も≪ザー・ニュロウ≫も領域を変化させる力に陰りはない。
故に火災旋風が巻き起こったかと思うと氷嵐が吹き荒れたりととても酷いことになっているわけだ。
「……っ!?」
熱波と寒波が荒れ来るようにぶつかり、上下左右に無茶苦茶な気温差によって起こった凶風の中、俺は斬り裂くように飛んでいく。
――≪無窮≫
≪龍喰らい≫の力、それによる限定的な空中機動。
それによって空を翔け、そして≪ザー・ニュロウ≫の身体へと着地する。
溶獄龍≪ジグ・ラウド≫程ではないものの、山を巻くとも言われるほどの長大、強大な体躯を持つ銀色の龍。
地を這う大蛇のように、天でうねるその体躯を足場に、俺はエネルギーの再充填のタイミングを計りながら疾走した。
≪シャ・ウリシュ≫に追われていた時は手が届かなかった空中……だが、同じ飛行できる≪ザー・ニュロウ≫との戦いのせいもあってか二体の≪龍種≫は高度を下ろしており――だからこそ、届く。
それに一体の敵に向かっていくのなら手も足も出なかったが、二体も居るなら足場として使うことだって可能だ。
「さて、何とかやるしかない……か。タイミングは外すなよ、ルキ」
俺はそう言うと≪
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