第二百三十話:同時狩猟


 俺の視線の先には二体の龍がいる。



 一体は炎の翼を持つ日輪の化身とも呼ばれる――烈日龍≪シャ・ウリシュ≫



 彼の存在が放つ熱によって大気は乾き、地面は枯れまるで砂漠の如き様相。

 翼をはためかせる度に舞う火の粉がまるで花弁のように宙を舞い、そこは確かに灼熱の領域と化している。



 もう一体は宙を浮かぶ蛇のような、東洋の龍にも似た姿を持った北風の化身とも呼ばれる――銀征龍≪ザー・ニュロウ≫



 彼の存在が放つ冷気によって吹雪が起こり、大地は死の凍土へと変え、生きとし生けるを凍えさせる銀の世界と化していた。

 口から零れるように揺蕩う吐息は全てを凍てつかせる死の息吹、威嚇するように≪ザー・ニュロウ≫が唸り声をあげるとそれに後押しされるように――



「こうなるのか……」


「完全にバグ挙動じゃないか」


「そりゃ、こうなることを想定していないからな」



 そんな俺たちの会話を無視しつつ、≪シャ・ウリシュ≫は一つ声を上げた。

 ≪ザー・ニュロウ≫へと向けて威嚇をするように鋭く、羽根の炎の勢いが強くなったかと思うと――



 鬩ぎ合う。

 俺の目の前には地獄のような光景がそこにはあった。



 向かって右側に居るのが≪シャ・ウリシュ≫で、その周囲は灼熱の領域と化している。

 その反対側には≪ザー・ニュロウ≫、その周囲は全てを凍てつかせる死の領域と化している。



 ――右は灼熱、左は氷点下。……うん、地獄だな。



 ≪枯渇領域≫と≪死氷領域≫、どちらも周囲の環境にも影響を与える≪龍種≫の力の大きさを表すかのような能力だ。

 天候すら変えてしまう……生態系の頂点たるモンスターに相応しい力であり――


「二体揃うとこうなるのかー」


 その結果がこの様相である。



「いやー、天候変える力を持ったモンスターが二体同じ場に揃ったらどうなるかなー……っと。案外、打ち消し合ったりしないかなとか思ってましたが」


「本来なら≪龍種≫同士は別に仲が良くないという設定もあるからな。基本的に二体が同時に同じ場に揃うことはないんだよ。だから、≪シャ・ウリシュ≫を引っ張って≪ザー・ニュロウ≫のところまで行こうというお前の案も、片方が去るだろうと思って賛同はしたんだが……」



 ≪シャ・ウリシュ≫が咆哮を轟かせ、火炎の竜巻を作り出す。

 対する≪ザー・ニュロウ≫も低く唸り、巨大な氷柱を生み出すとその先端を向ける。



「どちらもやる気満々ですねー」


「だな」


 ルキのどこか緊張感のない声が響いた。

 この賢い少女が現在の状況を分かっていないというわけではないだろう。


 別に二体が牽制しあってるのは悪いことじゃない。

 互いに攻撃しあってくれるなら是非とも勝手にやって欲しいところだが、≪シャ・ウリシュ≫も≪ザー・ニュロウ≫もこちらをしっかりと認識しているのが厄介だ。


 隠し切れない敵意の視線が突き刺さって来る。

 それも二方向からだ。


「……状況悪化してないか?」


「まとめて倒せば解決ですよ、アルマン様」


「お前はこの状況でも気楽だなー」


 生態系の頂点たるモンスター、≪龍種≫である二体が同じところに存在し敵意をぶつけ合っているという状況、海千山千の経験を持つ選りすぐりの狩人たちとて冷や汗を流しているというのに……コイツと来たら。


 そもそもこんな状況になったのはルキの発案だった。

 ≪シャ・ウリシュ≫との短期決戦が難しいならいっその事、引き連れたまま北上すればいいのではないかと彼女は言い出したのだ。


 ≪アジル砂漠≫は川のように北部から南部にかけて貫く砂漠地帯。

 それ故に砂漠地帯を北上することで≪アナトゥム雪山≫がある山岳地帯の近くまで行くことが出来る。


 倒せないなら引っ張って行ってしまおうということだ。

 どうにも獲物としてロックオンされているらしく、逃げても追ってくるようだから好都合ではあった。


 とはいえ、思い付きでの作戦で問題もある。

 予定ではレメディオスが率いていた対≪ザー・ニュロウ≫の部隊は、≪アナトゥム雪山≫の山岳部で迎え撃っていたはずである。


 砂漠地帯を北上して北部にまで行くのはいいが、それからどうするか……と悩みはしていたがそれは北部一帯についてからはあっさり解決した。

 まだ冬も深くないというのに一帯の大地は雪景色に覆われていたのだ。


 季節外れの豪雪。

 それは≪ザー・ニュロウ≫の影響によるものだろう、分厚く降り積もった雪のカーペット――その上を≪マルドゥーク≫は航行して辿り着いたのだ。


「砂上船って雪の上も行けるんだ」


「ああ、そうか。お前はアップデートを知らないから……」


「待って? 何のこと? 雪の上を渡る船が出て来るアップデート。もしかして、新エリアとかそっち系の――」


「そこら辺は今度な。それよりも今は目の前に集中しろ」


「はいはい」


 スピネルの言葉にまたもや聞き捨てならないものを察知し、俺は少しだけテンションがある。

 是非とも「天月翔吾」の死後のアップデート関連を一度腰を据えてじっくりと……。


 まあ、その前にだ。


「この状況を打破するのが先か……。レメディオスたちの隊の回収は?」


「無事に」


「被害」


「レメディオスは≪災疫災禍≫による反動と常に先陣をきって戦い続けていたために今は……」


「動けないか、いや……良く生き延びた」


「総員の二割が死亡、三割は重軽傷で……」


「絶対に死なせるな。≪龍種≫と戦い、生き延びた、類い稀な狩人たちだ。それから動けるものは集めよ」





「――さて、龍狩りを始めるぞ」





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