第二百二十八話:烈日龍≪シャ・ウリシュ≫
唐突だが『Hunters Story』というのは強大なモンスターに狩人が身一つで挑み狩猟するゲームである。
頼れるのはこれまで勝ち取ってきたモンスターの素材から武具と防具、それらを身に纏い、経験によって裏打ちされた純粋に自らの自身の力を以て狩猟をする。
そこに浪漫があるのだ。
自身よりも遥かに巨大なモンスター相手に挑み打倒する――これほどの原始的で興奮する戦いがあるだろうか。
俺は無いと思う。
そんな『Hunters Story』の世界だからこそ、人は空を飛べないというのは当然の理だった。
いや、跳躍攻撃で大型モンスターの上を取ったりもするが、あれはあくまで跳んだだけだ。
それは特異スキルである≪無窮≫もそうだ、アレだって飛行といよりは吹っ飛んでいると言った方が近い。
つまり何が言いたいかというと、これは世界観の問題だ。
人である狩人はどうあがいても空を飛べないので大地を駆け、泥と砂埃にまみれながら戦うのが理。
根幹とも言える世界観の問題。
だが、ここで疑問に出てくるのが飛行できるモンスターというのが割と居るということだ。
飛行モンスターが宙を飛んで遠距離攻撃を延々と続けられたら何も出来ずに死ぬのでは?
という疑問が湧いてくるが『Hunters Story』はあくまでもそこはゲームだ。
モンスターの設定として飛行できるモンスターはブレスを何度も撃てないとか、爪とか嘴での攻撃が得意だからなどという理由を付けて、何だかんだ地上に降りて来て戦ってくれる。
まあ、そうじゃないと遠距離武具持ち以外クリアできないことになってしまうし。
他にも飛んでいる最中のモンスターを叩き落とすアイテムとか、色々駆使して地上で戦うのが『Hunters Story』の基本スタイルなのだが……。
「降りてこねぇ!!」
「畜生! ずっと飛び続けやがって!」
「≪大砲≫は!?」
「≪マルドゥーク≫の真上に使い位置取りをされて……射角が」
「っ!?
凄まじい熱気を放ちながら甲板目掛けて突っ込んでくる≪シャ・ウリシュ≫の突撃。
それを何とかやり過ごしつつ、俺は嘆息した。
「くそっ、ゲームと同じ仕様か。あの糞
何事も例外というものがある。
烈日龍≪シャ・ウリシュ≫。
わりとカッコいいビジュアルであまりゲームをやっていない人間には人気なモンスターだが、プレイヤーの目線だと評価が一変する。
龍のようでいて鳥のような炎の羽根を持っているのもあってチキンの呼び名がついたのには……それなりに理由があった。
根本的な要因は≪シャ・ウリシュ≫の戦い方だろう。
一度言ったが、基本的に狩人というのは地上戦を主とし、飛行できるモンスターは色々と理屈をつけて地上戦に付き合って大地で戦う。
それが
所謂、ゲーム的都合というやつだ。
だが、そんな
やつは空中に跳び上がってからの炎弾ブレス攻撃を良く使う……というか無茶苦茶使って来る。
よほど偏ったスキル構成でもない限り、近接系の武具では攻撃できない高度を保ちながらブレス連打してくるのだ。
それ自体はまあ、避けやすくはあるのだが……問題は全然地上に降りてこないこと。
他の飛行できるモンスターも迂闊に攻撃できない宙に対比してブレス攻撃をしてくるというのは行うのだが、≪シャ・ウリシュ≫はその頻度と滞空時間が妙に長いのだ。
そのせいで遠距離武具持ちじゃなければただ攻撃から逃げ回るだけで反撃できず、ただ時間を浪費するという時間が生まれる。
つまり、狩猟時間がダラダラと伸びてしまうことに繋がるわけだ。
それ故にプレイヤーの多くが嫌い、界隈ではチキン龍として名を馳せた≪シャ・ウリシュ≫なのだが――
「どうしよ」
「うーむ、これだけの狩人が一カ所に集中しているのが≪シャ・ウリシュ≫のルーチンに異常をきたしているのか? 全然降りてくる気配がない。いや、稀に迫って攻撃はしてくるが……」
それも飛翔しながらの
「これはおかしいぞ」
確かに滞空しながらの攻撃が多い≪シャ・ウリシュ≫だが、既に戦闘を開始して二十分を過ぎるというのに碌に降りて来ないというのは……まずゲームではなかった行動だ。
そのせいで碌に攻撃も出来ていない。
何度か
「このままの調子じゃ、埒が明かないぞ。幸い、乗員である狩人たちもベテランだ。もう自分たちである程度、上から降り注ぐ炎弾のブレスには対処が出来るようになった。長期戦に持ち込む――というのも次が無ければ手段としてはありだったんだが」
「…………」
「――で、どう思う? 生き字引」
「誰が生き字引だ」
「こんな時の為に連れて来たんだ。意見を聞かせてくれ? あの≪シャ・ウリシュ≫の動き……戦闘パターン、おかしくないか?」
俺はそう言ってスピネルへと話しかけた。
彼女はこちらの言葉にイラッとした様子を見せつつも考え込んでいる。
どうやら疑問を感じたのはスピネルたちもだったようだ。
「俺とルキは確かに残されてた「楽園」の≪龍種≫の資料を読みはしたが、所詮はデータでしかないからな……」
「……確かに前に見た時の≪シャ・ウリシュ≫とはどうにも違う、ルーティンで動いているように感じる。確かに滞空しながらの攻撃こそ多かったものの、それでも一応は地上に降りて戦うのがメインだった。ゲーム内での戦闘に出来る限りよせる戦闘ルーティンが組まれているはずだからな」
「≪シャ・ウリシュ≫は≪龍種≫の中で一番飛行高度も距離が長く、飛ぶことが得意なモンスター……なんて設定があったはずだから、それのせいかとも思ったけども」
「それは無いな。少なくとも戦闘に関することは『Hunters Story』に出来る限り準拠しているはずだし、実際そうだった。となると今回こんな特異な攻撃パターンを駆使している要因は別にある」
「要因……」
「思いつくのは……まず、一つ。これが通常のエンカウントではなく、≪マルドゥーク≫という改造された砂上船に乗った状態であったこと。ただの砂上船ならともかく特殊な魔改造が施されているし、更には≪アミュレット≫による≪挑発≫効果の複数効果によって強引に引き寄せられた結果となると……」
「む……」
「更に一つ。≪龍殺し≫とかいう不正行為の塊のような存在。まあ、それ自体もシステム的には度し難い存在だが、≪龍殺し≫の素材にはまだ倒されていないはずの≪シャ・ウリシュ≫の素材も含まれている。それを≪シャ・ウリシュ≫が察知したのだとしたら……」
「あー」
なるほど、バグ的なものが発生してもおかしくないと……。
「つまりはルキのせいか」
「許可出したのはアルマン様です!」
「どっちもだよ」
ルドウィークに突っ込まれたが、とりあえず流すとして。
――ともかく、状況はわかった。色々とやり過ぎたせいで向こうにも影響が出てしまった……と。あちらを立てればこちらが立たずとは言うが、問題を解決する為に手を出してそれが原因で別の問題が生まれるとは……。
儘ならないものだ、と胸の中で零しながら俺はすぐに頭を切り替える。
「≪シャ・ウリシュ≫の戦闘ルーティンが変わっている理由は理解した。さて、問題はこの状況でどうするかということだ」
相手は滞空しながら遠距離攻撃を中心に、偶に近づいて来て攻撃……というルーティンを繰り返している。
稀にヒヤッとする船ごとひっくり返してやろうと言わんばかりの大技の際は、前兆動作から俺が航行に口を出すか、あるいは強引に攻撃して封じているため何とかなっている。
≪マルドゥーク≫という動く船上で戦っているというのも良かったのかもしれない。
幸い、こっちの被害も軽微な状況でやり合っている。
「とはいえ、長期戦というのはな……」
「≪ザー・ニュロウ≫のこともあるからな」
「それもあるが、≪シャ・ウリシュ≫の≪枯渇領域≫のことだ」
「≪枯渇領域≫……ああ、それもあったか」
≪枯渇領域≫とは≪シャ・ウリシュ≫の持つ力のことだ。
烈日龍が存在するところに太陽は存在する。
大いなる炎は敵対者に審判を与え、命あるものに渇きを与える。
そんな文がモンスター設定にはあるのだが、その言葉通りに≪枯渇領域≫とは≪シャ・ウリシュ≫が戦う際にフィールド全体を塗り替える能力だ。
プレイヤーが攻撃する際に≪シャ・ウリシュ≫に近づくほどに≪火≫属性ダメージを受け、そして一部の飲食用のアイテムが使用不可になる効果がある。
前者の定数ダメージは≪火≫耐性を積んでいれば軽減できるのでそれほど問題ないのだが、もう一つの一部の飲食用のアイテムが使用不可になる――というのが厄介だ。
――いや、ゲームの中では単に使えないだけで済んだのだがこの「楽園」ではどうなるか……。
「ああ!? いざという時の為の食料や……他にも≪薬草≫などのアイテムが!?」
「……ダメになったか」
ゲームにおける設定では一部のアイテムが使えなくなる程度の能力で大した意味はなかった。
まあ、バフ系統の木の実やキノコなどが戦闘中に使えなくなるのは煩わしかったものの、加工品の≪
だが、それが現実となった「楽園」ではどうなるかといえば――こうなったわけだ。
――凶悪過ぎるだろ。こんなの砂漠から外に出たらそれだけでどれだけ荒廃するか……。
飢饉なんて冗談ではない。
故に確実に狩猟しなければない、と再度決意を固めつつ俺は考える。
――さて、どうする。相手は飛び回って容易には落とせないし、かといって長期戦にもつれ込んでも……それに≪アナトゥム雪山≫の方も気になる。あっちはあっちで抑え込んだ状態で狩猟しないといけない。足止めは頼んでいるとはいえ……。
故に俺は一つの決断をすることにした。
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