第二百二十七話:襲来


 それは≪シグラット≫を出て数時間ほど経った頃だった。


 太陽は空高く浮かび、真昼の頃合い。

 航行中、押し寄せる世に襲い掛かってきたモンスターの波が途絶えた。


「数が減ったな……」


「流石に引き付け過ぎたのだろう」


 ゲームならば無限湧きというのもあり得るが、ここ「楽園」においては流石にそんなことはない。

 純然たる……と言っていいかは微妙な所だが、ただの電子データではなく生物である以上は有限だ。


 だからこそ、小康状態になったのを俺たちはそう判断した。


「今の内に色々と立て直せ。乗り込んできたモンスターの死骸の処理や、弾薬などの補充も急げ。負傷者には≪回復薬ポーション≫を……っ! それから今の備蓄の状態を概算でいいから報告を――」


 この機会を逃してはいけないと俺は矢継ぎ早に指示を出す。

 現状ではそこまで問題は出てないように見えるが、問題というのは出てからでは遅いのだ。


 可能性は潰すに限る、そのために今の状況を活かして態勢を立て直す。


「流石に火力支援がある分、討ち取りやすくはあったけど想定以上の数に負傷者もそれなりに出たようだな」


「≪挑発≫によるヘイト稼ぎの影響だな、モンスターの種類によっては温厚で縄張りを侵されても強いアクションをしないタイプのモンスターも、スキルの効果で攻撃を仕掛けてきたからな」


「気性が荒いタイプのモンスターは嬉々として襲ってくるだろうとは思っていたけど、なるほど……」


 などとスピネルたちと俺は顔を突き合わせ今までのことを分析をしていた。




 そんな時だった。




「とりあえず、一旦落ち着いてきたし食事休憩でもするか?」


「……そうだな、もう昼だし順番に――」






「あれ?」


「なんだろう」


「太陽が――二つ?」






 モンスターの襲撃も小康状態になったのが大きかったのだろう、暇を持て余して空を見ていたルキがそう零した。



「っ!? 面舵一杯!!」


「わ、わかった!」



 ザラリとした感覚、彼女の零した言葉の意味を理解するよりも早く咄嗟に声に出した。

 俺の声に危機感を抱いたのか舵を握る役目を任せていたルドウィークは思いっきり≪マルドゥーク≫の進行方向を右へと取った。


「なんだ!?」


「しがみつけ、振り落とされるぞ!」


 突如の急旋回に悲鳴が至る所で上がり――直後。



 ≪マルドゥーク≫の左舷で火柱があった。



「これは……」


「上だ、上から来るぞ!」


 火柱が上がる直前を見ていなかったものには、まるで砂の大地から突然火柱が上がったかのように見えたかもしれない。

 だが、直前や偶々上を見ていた者は気づけたのだろう。



 あれは上空から降り注いできたのだ。

 しかも、これで終わりではない。



「アルマン様、アルマン様! これって……っ!」


「どうやら釣れたようだぞ、≪龍狩り≫!」


「そうみたいだ……なっ!」



 俺は駆け出した。

 空を見上げると太陽が一つ、二つ、三つ……いや、もっとだ。

 当然、それら全てが本物のわけもない。



 アレは≪火≫属性のブレスだ。



 ≪火≫属性のブレス自体は使うモンスターはポピュラーで、帝都で戦った≪リンドヴァーン≫もその一体だが――左舷の近くに落ちたものはそれとはモノが違う。

 巨大な船である≪マルドゥーク≫は高さも相応にある。

 だというのに甲板に居る俺たちが見上げるほどに炸裂したブレスの火柱は高く上がり、その威力を物語っていた。


 そして、それが一発では終わらず更に複数。


「避けられたのが気に入らなかったのか……なっ、と!」


 降り注ぐブレスの炎弾。

 全部の回避は到底不可能と直感したために、俺は指示を出すより早くマストを駆け上がった。


 ――いくら何でもあれだけ貰ったら≪マルドゥーク≫の被害も洒落にならない。乗船させている狩人には火耐性は積ませてはいるけど……。


 即死は避けられるだけで死ぬときは死ぬ。

 故に俺が取る手段は一つだ。


 ――まずはこれを凌ぐ! こんなごあいさつで死人を出すわけにもいかないしな!


 垂直に≪マルドゥーク≫の大型マストを駆け上がり終えると同時に、≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を抜き放つと同時に、直撃コースに入っていた炎弾のブレスを一つ斬り裂いた。


 斬り裂く最中に刀身から放出させた≪龍≫属性のエネルギーが炎弾を内部からかき乱し霧散させる。


「一つ」


 だが、降り注いでいるのは一つではない。

 一拍遅れて次弾が直撃コースになりそうな炎弾のブレスが二つ。


 宙に跳び上がってしまっている以上、普通なら着地するまでは何も出来ないが――≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫が輝いた。


 膨大なエネルギーを圧縮、そして放出。

 それを運動エネルギーに変換。


 俺は≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫から放出されたエネルギーを使って強引に体勢を整えて更にもう一閃。


「二つ」


 身動きの取れない空中で強引に動けば当然のように体勢は崩れる、それは必然だ。

 半ば吹き飛ぶ形で無理矢理に動いて二つ目の炎弾を斬り捨てたのだから。


 だが、これで終わりではない。


 不意に≪龍喰らい≫が輝いた。

 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫と同じように紋様が光ったかと思うと、その鎧から≪龍≫属性のエネルギーが至る所から放出され俺の望んだように体勢を整え、



「三つ」



 ≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫は再度輝き、そして三つ目の炎弾すらも俺は斬り落とすことに成功した。


「っ!? 流石に二度が限界か……だけど――」


 放出するエネルギーが一旦切れたのか、そのまま重力に引かれ落下するも上手く着地した頃には再充填できた感覚が知覚出来た。


 推進力に変換して空中機動出来るのはおよそ二回。

 ≪龍喰らい≫各所からのエネルギー放出による補正での運動能力の向上、それこそが――


「アルマン様ー、どうですかー! 私の≪龍喰らい≫の力ー!」


「良い感じだ! 巻き込まれれないように気を付けておけ」



 ≪龍喰らい≫の力のである。


 

 ナノマシンネットワークを介することで俺の思考からダイレクトに反応して、鎧自体が最適に応えるという仕組みだ。

 例えば一気に踏み込んで距離を潰したい時には跳躍を強化したり、体勢を崩した時にはすぐさま整えるように反応する。


 若干、反応が敏感すぎるところもあった。

 今の感じで大体掴んだ。


 ――とはいえ、放出するエネルギーも無限じゃない。使い切ったら再充填リチャージが必要だし、配分には気を付けないと……。


 それでも自身の運動性能を補正して、空中で二回まで行動が出来ると考えれば破格の力と言える。

 スキルで言えば複数分にも相当する性能なのだから恐れ入る。



 特異スキル――≪無窮≫



 ルキはこの力にそう名付けた。

 その力を確かめ、俺は天を見上げる。



 炎の翼を持った巨大なる龍のモンスター――≪シャ・ウリシュ≫がそこには飛んでいた。




「さて、お出ましだな。――お前で四体目だ」





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