第二百二十五話:釣り餌


「ぎゃぁああああっ! 左舷より大型モンスターが三体、こちらに接近中!」


「上空からもだ! よく警戒をしろ!」


「待て、あの土煙……地中を潜行しているモンスターが!」


「乗り込んで来るぞォおおお!!」



 天には太陽が昇り、憎たらしいほどの暑さと日の光を振りまいている。

 一面を砂の大地で覆われた雄大なる≪アジル砂漠≫を≪マルドゥーク≫は風を切るように航行し、その船速の勢いにカラッとした乾いた風が心地よく俺の首筋を撫でていく。


 これがただの船旅であるなら、降り注ぐ熱さも砂漠に流れる乾いた風も――あるいは風情があるな、などと思えたかも知れない。



「あっ、アルマン様! モンスターが一体、そっちに――」



 後ろからそんな声が聞こえて来るのと同時に、敵意を以って背後から襲い掛かろうと俊敏な動きで飛び掛かって来たのは≪砂猫≫という別名を持つ≪獣種≫のモンスター。

 それに対して俺は、


「問題ない」



 背負っていた≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を引き抜くとそのまま一閃をお見舞いした。

 ≪龍種≫ではないために≪龍種≫特攻である≪龍属性≫ダメージは乗らないものの、それでも上位武具においても最上位と言える攻撃力による一撃。


 それは≪砂猫≫を怯ませるには十分過ぎる力があった。


 よろめくように勢いを殺したモンスター相手に、周囲の狩人が連携をして襲い掛かった。

 手慣れた動きであり、≪砂猫≫に主導権を握らせず翻弄するように勢いを逸らし、そして確実に追い詰めていく


 あの調子なら問題ないだろう。

 そう考えて俺は意識を周囲へと向けた。


 そこには地獄絵図のような景色があった。

 戦艦として作られ、兵器やら何やらを搭載しまくった≪マルドゥーク≫。


 俺の肝いりで進められていた船の現在は、まるで戦場のような様相を呈していた。


 ――いや、時たまに大型モンスターが船の上にまで乗り込んでくるんだ。まるでも何も戦場か……。


 乗り込んできたモンスターの処理もそうだが、それ以外にも≪マルドゥーク≫の船内の様子は大忙しだ。

 本格的に全力で運用したのは初めてだったのだろう、大量に設置されている≪大砲≫や≪大型バリスタ≫、そして≪銃座≫といった兵器……それらは航行中の≪マルドゥーク≫に襲い掛かろうと迫るモンスター相手に全力で稼働していた。



 そこら中でドカンドカンと炸裂する音が響き、狩人たちの怒声に悲鳴、モンスターたちの叫び声がBGMに。

 火薬の匂いに辺りに散乱する血や臓物の焼き焦げた匂いが鼻腔を擽る。



 まあ、控えめに言ってアレだ。



「地獄かここは……」


「はぁはぁ……こ、この火薬の匂いに胎の奥に響くような重低音の炸裂音。アルマン様、私もやっぱりあっちの方にですね」


「お座り」


「はい」



 一先ず、こんな状況にも関わらず指をくわえて羨ましそうに≪大砲≫を担当している狩人の様子を伺うルキ。

 もじもじとしながら頼み込んできた彼女だが、俺はただ冷酷に一刀に切り捨てたのであった。


「お前……よくこんな状況にしておいてそんなことが言えるな」


「えー、でも、アルマン様も向かってくるモンスターの群れに≪大砲≫をぶっ放す作業したくありません?」


「……まあ、やりたくないと言えば嘘になるけど」


「おい、流されるなよ≪龍狩り≫。お前まで勢いに流されると誰も止めようがなくなるからな?」


 スピネルの言葉に俺はわかっていると返した。

 色々と頭を空にして≪大砲≫を乱射する行為に魅力を感じなかったわけではないが、残念ながらそんなことを出来る立場でもない。



 現在、≪アジル砂漠≫を航行中の≪マルドゥーク≫だがあらゆる方向からモンスターの襲撃を受けている。

 無論、こんな巨大な乗り物でモンスターらの縄張りなどを無視して横断するのだから基本的に航行中の船というのは狙われやすいものではある。


 だが、この数は些か異常とも言える量と勢いでもあった。

 先日の一件のことを考慮に入れれば、単純にモンスターの生息域やバランスなどに変化が起こっているのは間違いないだろうが、だとしても複数のモンスターが一斉に同じ標的である≪マルドゥーク≫を襲うという現象は異様な光景であった。



 とはいえ、この異様な光景にも理由はあった。

 主な下手人は俺の命令に素直に応じて甲板の上に正座をしたルキである。



 ――いや、結局のところ許可出したのは俺だから今回に関してはルキだけが悪いとは言わないけど……。



 『Hunters Story』に限った話ではないが、ゲームにおいて「ヘイト」と呼ばれる概念が使われることがある。

 これはキャラクターに対する敵愾心を意味する言葉で、プレイヤー側が複数人居る場合、この値の高さによって敵は攻撃優先度を判定する。

 ソロ専だとあまり関係ないのだが、『Hunters Story』はパーティでの戦闘も推奨しているのでモンスター側にはそれらが設定されていた。

 あくまでもマスクデータではあったが、その設定を活かすためにスキルとしてヘイトを稼ぎやすくするスキルの≪挑発≫などのスキルがあったのがその証拠だ。


 そして、この設定はこの「楽園」においても引き継がれている。

 事実、≪挑発≫を発動する防具を着て森に入ったらモンスターのエンカウント率が明らかに高かった経験を持つ俺が言うのだ間違いはない。


 ただ、まあ、スキルなど基本的には使いようがない。

 ゲーム内でならともかく、リアル狩人生活なこっちでは産廃と言ってもいいスキルなので俺も忘れていたのだが……ルキはそれを利用したのだ。



「いやー、それにしても凄い効果ですねー」

 

「自分でやっておいてその言い草……というかよくこれだけの数を用意で来たな?」


「アルゴリズム自体は簡単ですからねー、このスキル」



 そう言ってルキは手首に装着していた≪アミュレット≫に触れた。

 彼女が作ったスキルを発動させるという今までの概念を覆す装飾品、よく周りを見渡せば動き回っている狩人らの腕には同じような≪アミュレット≫が嵌められているのがわかる。


 そして、その≪アミュレット≫に込められたスキルはすべて同一だ。

 つまるところ、モンスターのヘイト値を稼ぐスキル――≪挑発≫のスキル。



 ≪マルドゥーク≫に乗っている全ての狩人の腕にはそのスキルを発動させていた。



 その結果が今の状況であった。


「地下研究所の資料にも載っていましたからね。モンスターに組み込まれているヘイト値とスキル≪挑発≫の関連性」


 あくまでマスクデータなので俺も詳しくは知らないのだが、スキル≪挑発≫は自動で一帯のモンスターへプレイヤーへのヘイト値を加算させるものであるらしい。

 それが船の上という一ヶ所に固まって大量に発動しながら動いているのだ、それはさながら誘蛾灯のようにモンスターを引き付けることに成功。

 一つや二つの≪挑発≫スキルではこうもいかなかっただろうが、複数発動させていることにより影響範囲に入ったモンスターのヘイト値はマックス近くまで高まり攻撃を仕掛け――そして、≪マルドゥーク≫の兵装と狩人たちによって返り討ちにされる。



 その繰り返し。



「これぞ私の考えた秘策! ≪シャ・ウリシュ≫とてモンスターであることには変わりはありません。であるなら、ヘイト値が一定を超えてしまえば攻撃せざるを得ない……つまりは私たちの前に現れるしかないということ! いやー、ルキちゃんは賢いでしょう」


「まあ、確かに。スキルの影響範囲に入ったらあっちから勝手に出てくるだろうから、そう言った意味では可能性の高い作戦だ」


「えへへー、でしょう?」


「問題は度重なる他のモンスターの襲撃で、≪マルドゥーク≫に搭載された大量の砲弾や矢やらが恐ろしいスピードで消費されていることだな」


「まあ、そこら辺は全部撃ち尽くすまでに≪シャ・ウリシュ≫が現れるのを期待しましょう!」



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