第二百二十三話:ルキ・アンダーマンは取扱注意
この世界において所謂兵器とされる存在は少ない。
人類の強大な脅威として存在する大型モンスターというのは非情に屈強であり、並の攻撃を受けたところで死にはしない。
更には生き物である以上当たり前のように動くので相応にダメージを与えられる≪大砲≫やら≪大型バリスタ≫なども、そう簡単に当たってくれる相手でもない。
そして何より、十分にダメージを与えられるような兵器は基本的に大型で拠点などを守るために設置されているのが精々だ。
そして、大型であるために一度設置すると動かすのも一苦労で利便性も低い。
要するに重くて大きくて動かしづらい。
あっちこっちに直ぐに動かせるものではない。
ということはそれなりに効果的に防衛設備として運用しようとなると相応に数もそろえる必要がある。
そうなるとそれに対する維持費やら何やらもかかることになるし、そもそも拠点を防衛したいならそんな金をかけるよりも、対大型モンスターの存在である狩人に金をかけた方が安上がりではないかという考え方が主流だ。
まあ、狩人が活躍する世界の設定だから――と言ってしまうと身も蓋もないのだが、そんなわけでこの世界における兵器の扱いというのはこの程度のものだった。
威力はある、威力はあるよ。
でも、それわざわざ前線に持っていける?
弾だって必要だよね?
大きいし重いから動きが遅くて咄嗟の対応力にも難があるし……。
最強の対モンスター兵器である狩人でいいだろ、という結論は――まあそうである。
実際、効果的な運用が出来るのは城塞都市として周囲を巨大な城壁で囲い、そこに金の糸目もつけずに並べるという札束で顔を殴るような行為をしている
こんなの他の領地が真似をしようとしても出来ることではないので、実質兵器関連はほぼロルツィング辺境伯領の専売と言ってもいい事業だ。
というか西の方は兵器が必要なほど、モンスターの脅威にされされておらず、だからこそ下火であった兵器関連技術、事業。
それを拾ったのが七年ほど前だった。
狩人は確かに強いが人間でしかなく、返り討ちにあったり怪我で引退したり、単純に老いによって現場にたてなくなる――なんてことも考えられる。
それはどうしたって起きる問題で、それを上手くフォローできるのが兵器産業であると当時の俺は考えたのだ。
実際、原作のゲーム以上に充実した防衛設備を敷くことで金は飛んだが、その分いざという時のためにと≪グレイシア≫防衛のために負担させていた狩人の負担も減った。
万々歳というやつだ。
緊急事態を想定して一定数以上の狩人を常に≪グレイシア≫の防衛のために残しておくなんて風習は人的資源の活用を妨げていただけだったわけで……そんなこんなで引っこ抜いてきた兵器関連の技術者の主な仕事は防衛設備の改良、メンテナンスが仕事であったのだが――
「最近……というか、≪災疫事変≫のすぐ後の辺りからかな? 色々と考えを改めてな」
手段を選ばなくなったというか、吹っ切れたというか。
確かに弱点、欠点もあるもののやはり兵器の攻撃力というのは魅力であるのも間違いない。
問題はどうしても取り回しが効かないということであり、
「逆を言えばそこさえクリアできれば試してみる価値はあるかと」
「それで作っていたのがコレだと……?」
「うん」
引き攣った顔をしているスピネルに俺は答えた。
彼女の言いたいこともわかる、手に取るように理解した上でそれでも肯定した。
俺たちが居るのは≪シグラット≫にある造船所の一つ。
限られた者しか入ることを許されていない三番ドッグの中、そこではとある船が作られていた。
名は≪マルドゥーク≫。
この世界で唯一の戦うための船として作られし船――戦艦マルドゥーク。
「お前、こんなのをこっそり作っておいて何で自分は「不正行為なんてしていません」みたいな顔が出来たんだ!?」
「いや、ゲームの中でも船上で戦ったりする≪
「アウトだ、バカ者ぉ!!」
◆
基本的にこの世界における船。
というか主に砂漠を渡る砂上船という不思議船が主流で、外洋船なんてものはないのだが……まあ、それはともかくとして。
この世界における船という存在の役割は人や物を運ぶ手段でしかない。
モンスターに襲われた時のため、≪大砲≫などを載せてはいるもののこれらの用途はあくまでも威嚇として運用することを想定している。
交易船として多くの物や人を乗せる以上、それ以外の部分では出来るだけ重量を切り詰める必要があるからだ。
そのため搭載できる≪大砲≫の数や砲弾の数も限りがあるため、あくまでも船に迫ろうとするモンスターに向けて撃って、追い散らすために載せているものであって戦うために載せているわけではない。
船というのはモノを運ぶ存在であって、戦闘というものを主眼に置いていないのだから当然だ。
だが、この戦艦≪マルドゥーク≫は設計思想から違う。
これは対モンスターを想定して戦うことを主眼として作られた船――
「つまり、戦艦!! かーっ!! さっすが、アルマン様ぁ!! わかっていますねぇ!!」
「ふっ、だろう?」
「お前らって何だかんだ仲が良すぎだろう?」
「実は血の繋がった兄妹とかだったりしない?」
何やらゲッソリとした顔で後ろをついてくるスピネルとルドウィーク。
相も変わらず、浪漫に欠けたやつらである。
「なんでそんなに気を落としているというのですか! 戦艦! 戦艦ですよ!? なんという心に響く言霊でしょうか! 私の胸の奥が熱くなります!」
「この「楽園」の中に戦艦なんて概念はないはずなのに、どうしてそこまで熱くなれるのだ」
「火砲を乗せまった巨大な船が砂の大地を行く……かぁー、たまりません!! 想像しただけでワクワクしますし、一斉に砲撃した時の轟音や火薬の匂いを思うと……っ! くぅーー!!」
「コイツ、ヤバいな」
「今更だ」
「こんなのでも今後の≪グレイシア≫にとって最重要人物であるのが悔しい」
俺とスピネルとルドウィークで散々に言っているが、そんなの聞き流しつつ船内を興奮気味に走り回るルキは年相応の可愛らしい少女に見える。
いや、実際可愛らしい少女ではあるのだが彼女が興奮しているのは主に「初めて乗った船」という意味での興奮ではなく、どれだけ火力を出せるかという意味での興奮であるのは明白なので……。
「純粋無垢さが皆無なのがな」
「純粋ではあるし無垢でもあるぞ」
「……方向性がな」
疲れたような溜息を吐くルドウィークから視線を逸らしつつ、スピネルが俺に尋ねてきた。
「それにしてもこんなものを用意していたとはな……というか、なんでアイツを混ぜた?」
そう言いながら顎で指す方向にはルキがいて、
「ダメだろ、色々と……」
「いや、しかしだな。あいつは火薬の使い方について一言がある程度には詳しいからな。最初は軽いアドバイスを聞くだけだったんだけど」
今でこそ何でも屋のように手広くやっているものの、ルキの本質は火力厨である。
ついで爆発狂いでもあって、目をキラキラさせる少女だ。
なので戦艦の建造計画について、主に搭載する火砲や武装についての相談を軽くしたのだ。
そしたら、
「次の日には興奮した様子で図案を引いて来てな。それから≪マルドゥーク≫の図面も寄越せと」
「あいつ、≪龍殺し≫の作製やら何やら。それ以外にも色々やって忙しいだろうに」
「好きなものだと時間が気にならなくなる感覚……わからないでもないんだがな」
「だとしてもアレは異常だ。全く、アレに関わらせておいて変なことになっても知らないからな?」
「ははは、大丈夫さ。知っての通り、ルキは自分の研究や頼まれた仕事の関係上、基本的には≪グレイシア≫には缶詰だから≪シグラット≫には来ていない。ルキが改良する火砲の件もあって何度もやり取りをしていたらしいが、≪マルドゥーク≫自体を作っているのは≪シグラット≫の技師だからね。精々、高性能、高威力になった火砲が搭載されたぐらいで――」
「う、うぉおおおおおおおっ!!! さ、流石は≪シグラット≫一の造船技師のサイチョウ様! この――≪三重螺旋巨大撃龍槍≫を完成させるなんて!」
「ふはははっ! こんなどでかいもの! 作ってみるもんじゃな! こいつで≪龍種≫だってイチコロじゃー! ぶち抜いてやぞぉ!」
「みーたい! みーたい! ね、アルマンさm――マッ!?」
興奮気味にぴょんぴょんと飛んでいたルキ。
そのままのテンションでこちらへと振り向き――
「知らないんだが?? 最後に貰った時の図面にはあんなのなかったんだが??」
「はい」
「はい、じゃないが??」
とりあえずルキを正座させ、問い詰める俺を眺めながらスピネルは零した。
「ほら、やっぱり」
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