第二百二十二話:こんなこともあろうかと……一度は言ってみたい言葉
「――いや、どうしろと!?」
俺は詳しい報告を受けてロルツィングの私邸の戻り、そして――ようやく叫んだ。
「言いたくなる気持ちもわかるが落ち着け」
うがー、と吠え立てた俺に対してそんな声がかけられた。
振り向くとそこにはスピネルにルドウィーク、そしてルキも居た。
事情を聞きつけて駆けつけてきたのだろうか……。
「なんだ、お前たち来てたのか」
「はい、≪龍種≫が二体も現れたんですよね! 水臭いですよ、アルマン様! 私を一番に呼ぶべきでしょう! この天才少女たるルキ様を! 後世には「あの≪龍殺し≫を生み出した偉大なる天才ルキ・アンダーマン」と称される私を! さあ、どっちから狩りますか!? 残る≪龍種≫のデータなら穴が開くほど睨み合って確認してますから当然個体はわかっています。状況や目撃されたモンスターの特徴から烈日龍≪シャ・ウリシュ≫と銀征龍≪ザー・ニュロウ≫であることに間違いありません。彼らの能力は――もががっ!」
「……話を聞いたらいきなり飛び出してな」
「ああ、なるほどそれで追いかけてきたと。ご苦労さん」
暴走機関車のように喋りまくる口を手で塞ぎならルドウィークが答えた。
二人は事情を聞いてやってきたのではなく、ルキに引きづられる形でやってきたようだ。
事情を知らない人間にルキを任せるわけにはいかず、だが目を離すと何をするかわからない。
なのでスピネルたちが監視的な立場なのだが、無駄にエネルギッシュというか情熱的な少女なので振り回されているようだ。
というか二人は純正のエルフィアンで、ルキは幼くても普通に≪銀級≫の狩人。
見た目的には大人と子供に見えていても実際の身体能力は――
「何時も単純そうでいいな、ルキは……」
「この天才の頭脳を持つルキ様に単純だとぉ」
「頭の良さと性格と行動が≪ボアズ≫なのは矛盾しないんだぞ?」
「誰が向う見ずに真っ直ぐに突っ込む以外に能がないモンスターですか?!」
「いいからロックを外せ! 白黒女ぁ!!」
「おや、失礼」
口を塞いでいたルドウィークをあっさり撃退し、関節技に移行していたルキは彼を解放した。
というか一体どこで関節技なんて習得したのだろうか、対モンスターにはミリにも掠らない技術のはずだが。
「何でもE・リンカーのこともあって単に武具や防具、素材などの研究だけを進めていくだけでは足りないと思ったらしくてな。人体そのものも学び直している最中だとか何とか。その副産物らしいぞ」
確かに真の意味でこの「楽園」で強くなるには、人体と密接に絡んだE・リンカーの存在は必須だ。
この間の実験もそうだったし、ルキは高い向上心を持って今も成長を続けているのだろう。
そういうところ、何というか嫌いになれない。
まあ、その向上心の結果がルドウィークに対する関節技なのだが……。
「くそぅ、痛い……」
「悪気はないんだ。単に実験に使えそうだなって瞬間的に思いついちゃっただけで……試してみたくなっちゃったんだ」
「なっちゃったんです!」
「うるさいわ!」
ルドウィークのキレた声が響き、とりあえずルキの額にデコピンを叩き込んだところで――閑話休題。
それはともかくとして、だ。
「厄介なことになった」
「二体の≪龍種≫の同時発生か……」
「まあ、順番に一体ずつ出てくる道理はないと言えばそれはそうなんだが」
「むしろ、そもそもストーリーイベントの再現しかないからな。ゲーム内はどうだった≪龍狩り≫」
「あー、そう言えば≪討伐
「まあ、そこまで忠実に再現しているわけでもなくそこまで確実というわけではないがな。決まっているのは、最初の≪龍種≫が災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫であるということぐらいだ。その後は特に順番が決まっているわけではなく、同時期に発生するのもあったりなかったり」
「確か他のサブの≪
「同時発生は予期していなかった……と?」
「いや、それはない。可能性としてはそりゃ考慮はしていたが……実際に起こるとな」
一体一体順番にちゃんとスパンを開けて来てくれるならそれに越したことはないが、それはそれとしてそうではない場合についても想定自体は進めていた。
仮に順番に来たとしても連続ですぐに来る場合もあるのだから、どのみち残り全部の≪龍種≫の対策は同時進行で進めていた。
五体も居たら同時進行なんてのは無理だったが、三体ぐらいだったら無理をすればいけなくもないのだ。
それ故に烈日龍≪シャ・ウリシュ≫にしろ、銀征龍≪ザー・ニュロウ≫にしろ、準備自体はもうある程度出来ている。
難敵ではあるし、油断できない相手であるのは間違いないが、それでも討伐自体は難しくはない。
「≪龍殺し≫もあるからな」
「ふふんー、そうでしょうそうでしょう!」
「ただ問題は別々の場所に現れていることだな、どっちかを先に倒しに行ってそれからもう一体のところへ……というのは些か」
「まあ、無理があるな。≪シャ・ウリシュ≫が≪アジル砂漠≫で≪ザー・ニュロウ≫が≪アナトゥム雪山≫で見つかったというわけで、実際に討伐するにはまず見つけるところか始める必要がある。それを考慮すると時間はどうしてもかかる」
「その間、もう一体は完全にフリーになるわけだ」
≪龍種≫の力は上位の大型モンスターとは隔絶したものがある。
一応、ゲームのシステム面的には戦闘能力に差があるわけではないのだが、それはそれとして設定を正確に再現している関係上、何というか非常に周囲に与える影響力が強すぎるのが≪龍種≫の特徴だ。
モンスターを暴走させて操る力を持つ災疫龍。
ただ動くだけで大地を揺らし、通るだけで全てを破壊する溶獄龍。
強制的に眠らせる霧を自身を中心に発生させる冥霧龍。
そのどれもが大きな被害を出す前に処理することが出来たのは幸運だったと言ってもいい。
これら三体が自由に暴れて居たらどれほどの被害が出ていたことやら……。
「というか≪ニフル≫は何気に危機が多くありません? 地下には≪ジグ・ラウド≫が居るし≪イシ・ユクル≫も近くに来ていたし」
「ついでに今回は≪アナトゥム雪山≫の≪ザー・ニュロウ≫だな。まあ、それなりに距離はあるとはいえ南下して来たら……」
「私の故郷が何をしたと」
「場所が悪いというか、そもそも『Hunters Story』のストーリーで出来るエリアって限られてるのもあるからもしれない。そこは考えても仕方ない」
「ああ、問題は二体を放置した場合の被害だ。今のところは目立った被害は出ていないが、やつらが活発に動き始めるととんでもないことになるぞ」
スピネルの言葉に俺は同意して頷いた。
≪シャ・ウリシュ≫に関しては交易船を攻撃しているので交易に大打撃の影響を与えているが、ある意味ではそれだけで済んでいるだけマシとも言える。
何せ、≪シャ・ウリシュ≫にしろ≪ザー・ニュロウ≫にしろコイツらは環境に対する影響が半端ではないのだ。
≪シャ・ウリシュ≫――烈日龍。
餓死を司る龍と呼ばれ、地上に落ちたもう一つの太陽とされる彼のモンスターは天候を変化させ日照りを起こし、更に自身が放つ熱量によってただその場に居るだけで一帯の植物を枯らす力があり、干ばつを引き起こす……という設定を持っている。
≪ザー・ニュロウ≫――銀征龍。
彼の龍もまた、死を司る龍と呼ばれ、北風の化身とされ天候を変えて吹雪を呼び、全身から放つ冷気によって一帯を極寒の世界に変え、生きとし生けるものに死を与える……という設定を持っている。
これらはあくまでゲーム中においては大した意味を持たない設定だ。
あくまでもモンスターの存在を深堀するための設定でしかないのだが、この「楽園」に置いては違う、無駄に設定に準拠した力をモンスターたちが持っているのは知られており、彼の二龍だけが違うといえる根拠は特にない。
仮に設定された通りの力があるとしたら、彼らがただ通るだけで植生やら生態系やらに影響が出てしまうだろう。
ハッキリ言って冗談ではない。
「≪龍種≫ってどいつもこいつも……」
「基本的に一体で国を滅ぼせる設定だからな」
「とにかく、迅速に倒すに越したことはない」
「そうなるとどっちかのところに向かって、見つけて速攻で倒して、もう一体のところに……ってするしかないんじゃないですか? で、どっちから行きますー?」
「……お前は本当に」
「でも、それしかないと思うんですけど」
「まあ、それはそうなんだけど」
非常に事態を単純化するとそうなる……というかそれしかないのも事実だ。
ただ、その場合、後回しにした方はどうしたって危険になる。
≪龍種≫がどういった動きをするかわからないのだ。
「≪シャ・ウリシュ≫を放置すれば交易船が危うくなるし、≪シグラット≫も危険だ。≪ザー・ニュロウ≫を放置して南下した場合、危険になるのは≪ニフル≫か」
幸いと言っていいのか≪ザー・ニュロウ≫が出没した≪アナトゥム雪山≫の周囲は自然の厳しい場所なので、狩人が入るぐらいで基本的に人工物は存在しない。
なので多少好き放題やられても間接的な影響は後で出るかもしれないが、多少暴れて貰っても構わないのだが問題は南下した場合。
最小限に抑えたとはいえ、≪ジグ・ラウド≫の被害の爪痕が大きい≪ニフル≫だ。
更に≪ザー・ニュロウ≫の襲撃を受けたら今度は本当に滅びるかもしれない。
そうなるとロルツィング辺境伯領内の鉱石アイテムの流通に壊滅的な打撃を受けることになる。
交易が荒らされるのも問題だが、そっちだって十分に問題だ。
「どっちを危険に晒すべきか、という判断をする必要がある……か」
「領主としては頭が痛い問題だな。一応、≪龍種≫の情報については回しているんだろう?」
「まあ、な」
情報源自体はボカしつつも、≪龍種≫の大まかな情報については流布していた。
特に出現しそうなエリアの周囲には念入りに、だ。
≪シャ・ウリシュ≫も≪ザー・ニュロウ≫も出没エリア時点はそれぞれ砂漠と雪山という予想は立てていたので、それぞれ対応には動くはずだ。
大まかな攻撃方法、特徴のある攻撃、得意とする属性、苦手とする属性。
それらの情報があれば一先ずは火属性が弱点の防具で≪シャ・ウリシュ≫とやり合う……などという事故は防げる。
とはいえ、耐性のある防具に身を包んで弱点になる武具を揃えれば勝てる相手かといえばそうでもない。
「ただ、出来ても時間稼ぎが精いっぱいだと思う」
「だろうな、それで倒せる相手ならこれだけ苦労はしない。≪龍種≫を倒すなら≪龍狩り≫が直接出るべきであろう」
ただ、片方に手を付けるとなるともう片方が……という問題になる。
ネックとなるのは移動時間だ、この世界において抜群の機動力を持つ≪アトラーシス号≫とて≪アジル砂漠≫から≪アナトゥム雪山≫までの道のりは長すぎる。
というか道の都合上、一度≪グレイシア≫を経由しないといけないのが問題なのだ。
そこにどうしてもロスが生まれる。
直接突っ切れないこともないが……忘れてはいけないのがロルツィング辺境伯領はそこら中にモンスターが居る場所であるということだ、≪アトラーシス号≫はそれなりに大きな乗り物とはいえ、それ以上に体躯の大きなモンスターなんていくらでもいるわけで……。
――まあ、前に母さんがやったらしいけど生きた心地がしなかったとか言ってたし……。
アンネリーゼ的に交通事故というものへの危機意識が薄かったから出来た荒業である。
というか一応はある程度整備した通りの道を使用して≪グレイシア≫から≪ニフル≫へと向かった時のこと、今回の場合は根本的に事情が異なる。
そうなると、だ。
「残された手段は一つか……」
「うむ? 何か手を打っていたのか?」
「いや、打っていたというか……ルキ、例のモノは完成しているのか?」
「はい! アレですね! アレを使う時が来たんですね! 大丈夫です、順調に出来ているはず!」
「おい、こいつが関わっているのか……大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だろう、大本の部分は別に進んでいたし。ルキが関わっているのは武装というかそっち関係の追加部分の設計で好きにやれと――不安になってきた」
「ダメじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます