第二幕:二天の龍
第二百二十一話:西から昇る太陽、北から下る銀風
ソレは天を駆り飛び回り最中に不意に大地を平原した。
一面を熱砂が広がる真昼の砂漠、それを渡る交易船とそれを守るための護衛船の群れ。
大型のモンスターよりもはるかに大きくも、ソレからすれば脆弱そうな木造の船舶
砂嵐にも負けずに≪アジル砂漠≫を横断しようと航行するそれらはソレの目に止まった。
止まってしまった。
「っ、酷い砂嵐ですね」
「ここらはいつもこんな感じだ。だが、砂嵐に紛れてモンスターが寄ってくることもあるちゃんと見張れ! 乗り込まれると面倒だからな、抜けるまでの辛抱だ」
「へいへい」
「わかっていますよ、ああ……それにしても暑い!」
「今はちょうど真昼だからな、それでも夏の真っ只中よりはマシだ。暑さだけで死ねるからな」
「鎧型の防具なんて来てるだけで死にかねない。それに比べれば幾分かマシだろう?」
「≪シグラット≫にまで付けば酒も飯もある。特に今は≪グレイシア≫ではお祭りらしいからな、そのお零れもあるだろうさ」
「≪覇龍祭≫でしったっけ? 豪気な祭りだって噂です、行ってみたいですねー」
「馬鹿いえ、そこまで足が運べるか。≪シグラット≫までだよ」
「あー、残念だな」
「なに、パンパンに詰まった交易船の中身をお前も知ってるだろう? 港町の≪シグラット≫も相応に賑わってるって話だ。着いたら珍しい酒でも買って――」
そんな言葉を船の甲板で生き物。
モンスターの気配を身に纏うその生き物目掛け、ソレは降下する・
理由は目に止まった、それだけ。
生きた災厄にとって襲うに足る理由などその程度でいい。
「……ああ、それにしても暑い」
「あんまり言うなよ、余計に暑くなる」
「暑いのは事実なんだから仕方ないだろう? 暑さに気が遠くなってきた……ほら、太陽が二つに――二つ……??」
「おい、お前何を言って――」
ソレの口から放たれた紅炎によって、その生き物の声はそこで途切れた。
天から降り注いだ太陽の如き劫火のブレス、ただそれに飲み込まれて死に絶えた。
「っ、ヘンリー!?」
「敵襲!?」
「なんだ、あのモンスターは!? 見たこともないぞ!」
いや、あるいは即死は免れていたのかもしれない。
区分的には限りなく下ではあるが、それでも身を包んでいたのは上位防具の一式だ。
如何に不意に攻撃を受けたとはいえ、一撃死だけは何とか避けられた可能性はある。
少なくも零ではない。
だが、あくまでもそれは可能性というだけで。
「船に穴が!?」
「ダメだ……っ!? 横転するぞ、何かに捕まれー!!」
天より舞い降りし、ソレに襲われた彼らにそのことを確かめる猶予などは――無かった。
「くそっ、生きているか!? 未知のモンスターの襲撃だ! 生きているものは武具を取れ!」
「……なんだ、このモンスター。船をこんな!」
「熱い!? 熱い熱い!? あああぁあああっ、誰か助け――」
「近づけない!? ダメだ、こいつは……アルマン様を!! ≪龍狩り≫様を……っ!!」
烈日龍。
もう一つの太陽と称されるソレ――≪シャ・ウリシュ≫の炎は、一流であるとされている狩人たちの命を無造作に摘み取っていく。
最初こそ、攻勢をかけられた彼らは近づくほどに身を灼かれ彼らは息を耐えた。
ある者は砂の大地に沈み、
ある者は燃え上がる船と共に、
僅かに生き残った者たちが満身創痍の状態で≪アジル砂漠≫を横断し、≪シグラット≫へと辿り着く三日前のことだった。
◆
≪アナゥム雪山≫、ロルツィング辺境伯領の北辺にある連山の一つ。
冬になり始めた頃合いのその一帯は既に雪景色に染まっていた。
いや、正確に言うのなら――
「……積り過ぎだ」
「そうなんですか?」
年季の入った防具を纏った壮年の男がそう零した言葉に、同じく別の防具を身に纏った男が尋ねた。
尋ねた方の男の声は若く、まだ二十代前半といった風情だ。
二人以外にも複数の狩人が近くにおり、彼らはそれぞれ行き交ってキャンプを張っている最中だった。
≪アナゥム雪山≫一帯の≪調査
「ああ、お前さんはここいらの出じゃなかったな。確かにこの時期の≪アナゥム雪山≫は麓まで届く雪と氷の世界なんだが……」
「ええ、来て見て驚きました。冬になり始めたばかりだというのにもうこんな……。それにこの吹雪……っ! 冬の≪アナゥム雪山≫は厳しいとは噂に聞いていましたが」
吹き荒れる一帯に吹き荒れる吹雪を見ながら若い方の男が言った。
彼らが夜に入る前に予定よりも前の場所でキャンプをすることにしたのはそのためだ、予定を遥かに上回る自然の脅威に≪銀級≫以上の狩人で構成された合同調査隊の足は止める羽目になったのだ。
「いや、いつもはここまで早くはねぇ」
「そう……なんですか?」
「ああ、確かにこの時期にはもう麓まで雪が積もるがそんなのは序の口だ。冬が厳しくなるにつれてもっと厳しくなっていく。特に中腹以上だと、運が悪いと鍛え抜かれた狩人さえ進むこともままならないほどの吹雪にもあう」
「ちょうどこんな風に?」
「正しくこんな風に、だ。だからおかしい。こんな吹雪が起こるようになるのはもう一月二月は後の話だ、それがこんな時期になぜ……?」
「気象なんてのは気まぐれなものですし、山の天気なんて特に……でしょう? 異常気象というやつでは?」
「ふむ、だったらいいんだがな……」
ここいら一帯での経験が長いのであろう壮年の男の狩人は、何処か納得できないように首を傾げるもやがて考えるのをやめたのか頭を振った。
「まあ、そこら辺は偉い学者さんたちがあとで勝手に結論を出してくれるか。俺たちの依頼はその異常気象とやらでモンスターたちに大きな変化が出てないのかで――」
そう言葉を続けようとした瞬間、不意に周囲を吹き荒れるように流れていた吹雪が止んだ。
「なんだ?」
「吹雪が止んだ?」
「いや、急すぎないか」
唐突だった。
煩いほどに風音を立てて吹き荒れ、視界を白く染めていた吹雪は消え、ただ深々と雪はそのまま空から降ってる景色。
何時の間にやら日も落ちて、月が天に昇り月光に照らされた白銀の世界は静かで美しく――
「なんだ……何かがマズい!」
そして、恐ろしい。
声上げたのは壮年の狩人、隊の中で最も狩人としての経験が長く、そして≪アナゥム雪山≫で生きた男。
とても恐ろしいものの前触れだ。
そう本能が叫び、気付いた時には口から声は飛び出していた。
「皆、気を付けろ! これは――」
「あ、あれは……っ、なんだ!? あんなモンスター見たこともない」
隊の中の一人が指を天に指して、そんな声をあげた。
咄嗟にその先を見るとそこには一体のモンスターが居た。
ソレは蛇のような長い胴体、手足があり、白銀に染まったそのモンスターは……翼もないのにうねる様にして宙に浮かんでいた。
雲の間から見える月を背にし、降り注ぐ雪の結晶の越しに天を泳ぐソレを見た時、そこに居る全ての狩人は一瞬だけ現実を忘れた。
それほどに幻想的で、現とは思えぬほどに冷然と美しい。
こんなモンスターが居るのか、と誰も思った。
不意に一人の狩人が言葉を零した。
あれこそは古の書物の絵にも描かれていた≪龍種≫の一体、銀征龍≪ザー・ニュロウ≫……ではないのか、と。
「……銀征龍≪ザー・ニュロウ≫」
誰が呆けたように呟いた。
あるいは言った当人ですら自覚はなかったかもしれない、そんな零れ落ちただけで雪に溶けるような小さな声だ。
上空に居る≪ザー・ニュロウ≫に聞こえるはずもない。
それでも何かを感じ取ったのか、ただの気まぐれか……ともかく≪ザー・ニュロウ≫はこちらへと――地上へと目を向けた。
「っ!? に、逃げる……ぞっ! 早くっ!!」
目が合った、ような気がしただけ。
ただ、それだけで歴戦の狩人たちは背筋に氷柱を突っ込まれたような恐怖を味わった。
狩人にとっては身近の、だが決して慣れることはない感覚――死の恐怖。
「俺たちは――殺される!! ≪龍狩り≫を!! アルマン様を―――」
死の恐怖は降ってきた。
それが≪覇龍祭≫、二日前の出来事であった。
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