第二百二十話:龍の呼び声



「で、どうじゃった?」


「昨夜はお楽しめたのですか?」


「やかましいわ!」



 ≪覇龍祭≫が終わって次の日の昼。

 ゴースの工房にて二人のむさ苦しい男に迫られて俺は思わず声をあげた。


「その様子じゃとまずまずと言ったところか」


「みたいですねぇ、婚約者なのですからそのまま夜をお供してもいいとは思うんですけど。この様子ではそこまでは言ってないご様子……」


「アルマン様もまだまだ子供じゃのう。しかし、一夜は明かしたのじゃろう? それなら接吻の一つや二つ――」


「……か、回答を拒否する」


「あっ、しましたねコレ。いやー、良かった良かった。まさか前日になって≪グレイシア≫から離れることになると思いもよらず」


「下手をするとエヴァンジェル様との仲が拗れるかと気を揉んだわい。こう言ったのは女は根に持つからのぉ。しかしも帰って来たのは夜も更けた頃合いじゃろう? そこからよくもまあうまく切り抜けたものじゃ」


「いえいえ、どちらかと言えばエヴァンジェル様が懐の広さを示したというか転がしたと見るべきでしょう。アルマン様にその状況を乗り切ることが出来たとは……」


「ああ、確かに。何せ女との付き合い方の相談をしてくるほどに初心な方じゃからなぁ。機嫌を損ねた女を相手に上手く立ち回れるはずも無し!」


「全くですね、おほほっ!」




「「わっはっはっー!!」」


「お前ら貴族に対する侮辱は罪で何時でもしょっ引けるということを覚えておけよ……っ!」




 ――事実だからあまり強くも言えないけどさ!


 何だかんだと迷惑をかけた自覚がある手前、あまり強くも言えないので耐えるしかない。

 どうにも彼ら二人の中ではエヴァンジェルとの関係では、どうにも彼女の方が優位で尻にひかれる未来しか見えていないらしい。


 それに関しては俺も同意だ。

 意識してしまうようになってからというものの、エヴァンジェルに勝てる気がしない。


 いや、でも初めての異性関係であんな美少女に好かれたら誰でもそうなってしまうはずだ。

 だから、俺は悪くはないはず……うん。


「とにかく、今回ここに来たのはそんなことを言いたくて来たんじゃなくてだな」


「なんじゃ、ってきり惚気話にでも来たのかと」


「あらー、それを楽しみに今日はここに居座って待っていたというのに」


「そんなことはしない! ……まあ、今後ともに色々と相談はするかもだけど」


「何というかアルマン様は本当にそっち方面じゃとダメダメじゃな」


「それ以外の部分では年齢を誤魔化しているのではないかと思うぐらいに大人だったアルマン様だったのに、どうしてその部分だけ年相応というか」


「そういう相手を今まで作る暇がなかったのは知っているだろう? 作るのも積極的じゃなかったし。エヴァという婚約者が出来てからもそう相談が出来る相手も居なかったし……」


 これでも立場のある人間なため私的な話を相談するには相応に近い人間でなければ不可能だ。

 というか近い人間でも無ければ貴族領主である俺から婚約者との仲の相談をされても困るだろう。


 そしてそうなってくると選択肢自体が非常に少なくなってしまうわけで。

 アルフレッドはエヴァンジェル側の人間なので漏れる可能性があるし、シェイラにはちょっとプライドもあるのでこれ以上情けないところを見せられないし、スピネルとルドウィークは……なんかそういう感情は薄そうで微妙。

 ルキに相談するほどほど俺も暇ではないし、まともな異性関係を持ったことがないアンネリーゼに相談するほど鬼畜ではない。


 そこら辺を考慮した結果、ゴースとレメディオスに行きついたのだが……まあ、それはともかくとして。


「って、そこはもういいんだよ。俺が今回来たのは昨日の件……≪シグラット≫での件でちょっとな」


 俺はそう言って二人に≪シグラット≫での出来事を話した。


「ふむ、なるほどのぉ」


「≪バルドゥル≫が……ですか」


「ああ、何かレメディオスは何か知らないか? 今回の異変、≪アジル砂漠≫で何らかの変化が起きていると思うんだが……」


「そうですねぇ」


 ≪アジル砂漠≫、帝都のある西とロルツィング辺境伯領のある東を分断する河のように伸びた砂漠地帯。

 そこを横断するための砂上船の港の都市である≪シグラット≫での異変、恐らくは≪アジル砂漠≫での変化が今回のような事件を引き起こしたのだろうと考えた。

 最初こそ、「ノア」の影響かとも考えていたが東での変化ではなく西での変化となるとそれは低いと考えられる。


 ――そうなると……。


 あの≪バルドゥル≫の異様な頭数が≪アジル砂漠≫の外側に位置する≪シグラット≫の近郊で発生したのは、に追い立てられた結果ではないかと俺は気づいた。

 下位とはいえ大型モンスターが大量に逃げるような存在、そんなもの考えられるのは一つしか無くて。


「そうですねぇ、≪アジル砂漠≫には最近≪依頼クエスト≫の関係で少し行きましたけどその時の話なら」


「続けて」


「どうにも≪アジル砂漠≫の方でも生態系に変化が起きているようで、本来では見かけない地域に大型モンスターが出没したり、その結果なのかあまり報告例のない大型モンスター同士での縄張り争いを目撃した……という話なら何例か」


「……ふむ、やはりか」


「なんでィ。そういうのはギルドやら何やらで集めてアルマン様のところに報告されるって話じゃなかったのかい? 今更、何でそんな話を?」


「こういうのどうしたって上にまで上がって来るには時間がかかるからな。レメディオスが聞いたという話も先日の報告には入ってなかったし、やっぱり現場に出てないと情報が遅いな」


「貴族の領主様がバンバンと最前線で≪依頼クエスト≫を受けて出ている方がおかしいがな」


 最近は領地全体の統治のための書類仕事や各所からの報告を漁ったり、ルキの実験に付き合ったりとまるで俺は前線に出ていなかった。

 ゴースの言葉通り、どちらかというとこちらの方が正しいのだがそれで異変の予兆に気付くのに送れてしまっては問題だ。

 とはいえ、伝達手段が限られている以上、辺境伯領全てに眼をやって随時知ることなど不可能で仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 ――まあ、致命傷でなかっただけマシか。


「それにしても、――とは? アルマン様には何か異変の原因について心当たりでも」


「恐らくは生態系に異変が出るほどの個体が≪アジル砂漠≫に出没したのだろうと推測している」


「……アルマン様、それは」


「ああ、そんな存在など一つしかいない。――≪龍種≫、そしてその個体はたぶん」


 俺は確信を以って言葉にした。



「烈日龍≪シャ・ウリシュ≫。太陽の化身、熱砂をもって大地を枯らし干害を撒き散らすと言われる≪龍種≫の一体だ」



 二人はその言葉に息を呑んだ。


「なにか根拠はあるので?」


「勘だ」


 ≪アジル砂漠≫に登場するならゲームでの設定を考慮すれば≪シャ・ウリシュ≫しかいない。

 というか、他の残り二体だとわかりやすい痕跡が残るはずなので消去法的にも居るのは≪シャ・ウリシュ≫しかいないので――などと言えるはずもないので、俺はそう答えることにした。

 一応適当なカバーストーリーを作ろうかとも考えたが、



「うーん、理由にはまるでなっていないのですけど……」


「むぅ、既に三体もの≪龍種≫をアルマン様がそういうとなると軽くは扱えぬか」



 今に至るまでの功績で黙らせた方が早いと判断した。

 実際に≪龍狩り≫である俺が自信満々に言い切ってしまえば、「そうなのかも」という表情にレメディオスもゴースもなってしまった。


 本来であれば伝説である存在を短期間に三体も倒したのだ。

 根拠の欠片もなくても説得力というものがあるらしい。


「ということは本当に四体目の≪龍種≫が……?」


「俺はそう考えている。それが≪アジル砂漠≫での異変の原因だ」


「なんてこと」


「それでゴース、例のモノについてなんだが――」


 言葉を続けようとした瞬間、部屋の外が騒がしくなったかと思うと一人の男が慌ただしく扉を開けて入ってきた。



「アルマン様、アルマン様はここに……っ! ああっ、おられましたかアルマン様!」


「あら、貴方は確かギルドの職員の……」



 そうレメディオスが溢した通り、入ってきたのはギルド職員の一人だ。


「どうした? そんなに慌てた様子で」


「実は緊急事態の報告が入って……強大なモンスターの……っ!」


 慌てた様子の職員の言葉に俺は理解した。

 恐らくは≪龍種≫の活動がギルドに露見したのだろう、と。


 ――≪シャ・ウリシュ≫は既に活動しているみたいだったからな、それがバレればこうもなるか……。


 とはいえ、≪イシ・ユクル≫の時とは違い既に俺は≪シャ・ウリシュ≫の活動については予想を立てていた。

 緊急ではあっても予想外の事態というわけではないので、慌てた様子で要領を得なく喋る職員へと落ち着いて尋ねた。


「≪アジル砂漠≫か?」


「っ!? どこで……いえ、予見してたということで? っ、流石はアルマン様です」


「むぅ、この反応ということは」


「ええ……みたいですね」


 レメディオスとゴースもその職員の言葉におおよその事態を悟ったのだろう、そんな言葉を交わしていた。

 それを尻目に俺は既に≪シャ・ウリシュ≫への対策について考えていた。 



「何が起こった?」


「≪アジル砂漠≫を航行中の交易船団の未知のモンスターに襲撃される事件が発生。護衛の狩人も乗せた護衛船も含め六隻の砂上船の内、≪シグラット≫に寄港したのは中破一隻のみという事態に……生き残った狩人の証言によれば、巨大な二対の角と燃える翼を持った――見たことのないモンスターだった、と」



 ――間違いない、≪シャ・ウリシュ≫だ。


 俺はその証言に確信した。

 可能性としては他の≪龍種≫も零ではなかったがこれで確実になった。


 交易船団に被害が出てしまったのは確かに痛い。

 出来れば被害が出る前に気付いて対処できれば良かったが、流石にそれは望み過ぎというものだ。


 ――今は失ったものよりもどれだけ速やかに討伐するか、それが重要だ。


 敵は強大で油断ならない相手ではあるが、今度は戦う前に相手の正体がわかっている。

 ならばあとは徹底的にメタを張って、確実に≪シャ・ウリシュ≫を狩ることに集中すれば――



――っ!」


「……ん?」


「北の果ての山岳地帯、≪アナゥム雪山≫にて近隣の生態系の≪調査依頼クエスト≫に出ていた合同調査隊も空を舞う白銀の未知のモンスターによる攻撃を受けたという事件が……」


「んん?」


「一帯には最近異常な気候の変動も観測されており、生き残った≪金級≫の狩人はあの強大な力を持ったモンスターは書物にもその姿を残した≪龍種≫の一体、銀征龍≪ザー・ニュロウ≫ではないかと――」




「……え?」





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