第二百十九話:一つでは済まない約束
エヴァンジェルとの語り合いは思った以上に弾んだ。
彼女の常識からすればあり得ない知識に技術、文明の話。
だが、そんなエヴァンジェル自身もその恩恵の結晶とも言える力を持っているからこそ、驚きはするものの素直には受け止められるのだろう。
≪深海の遺跡≫に踏み入れたことも大きく関係しているのかもしれない。
自身の想像をはるかに超える未知がこの世には存在する。
エヴァンジェルにとって当然として存在していた大地も、脅威であったモンスターすらも造られた存在であるということを知っているのだ。
ちゃんとした理解が及ばなくてもその前提があるからこそ、荒唐無稽に思える話でも「そういうものだ」と、受け入れられるのかもしれない。
彼女が強い興味を示したのはこの星の外――宇宙という存在だ。
この空と大地が全てであったエヴァンジェルにとって、その外に世界が比呂上がっているというのは……とても驚くべきことだったらしい。
「へえ、僕たちが今いるところは地球という惑星なのかい? それで丸いと?」
「ああ、そうだ。少なくとも記憶では……そうだ」
「なんだか曖昧だね」
「そもそも俺が持っているのが「記憶」だけだし、ルドウィークたちの話によるとそれから八百年以上も経っているらしいからな。何となく……ピンとこないんだ。本当に俺が今見ている夜空は、俺の記憶――「天月翔吾」の記憶で見た夜空の八百年後の景色なんだろうか……調べる術はないし、アンダーマンの地下研究所で見つかった資料からも、恐らくは間違いないだろうって結論はづけたんだけど」
「……何となく実感がわかない?」
「そうだな」
「八百年以上も前の記憶、か。そりゃピンと来ないよね。現実感というか」
「全くだ、理屈の上ではわかっているつもりなんだけど」
「八百年は……遠すぎるね」
「ああ、本当に」
エヴァンジェルの言葉に心底、俺は同意した。
いくらなんでも経っている時間が膨大過ぎて現実感がない。
「確かこの夜空の光もずっと実は昔の輝きで、何十年あるいは何百年も昔の輝きがこの星に届いているんだよね?」
「ああ」
「星の輝きは何年も膨大な旅をして……僕たちの見ている夜空で輝いている。もしかしら、今見ている星のいくつかはもう存在もしていないのかもしれない……か。不思議だ。でも、神秘的というか世界というものの途方もない広大さを感じる話だ」
彼女の言葉を聞きながら俺もまた夜空を見上げる。
記憶の中の星空と今見ている星空、そこに違いなどないように思えた。
「ねぇ、アリー」
「なんだ?」
「僕たちがいる……地球という星の外、そこには宇宙という世界が広がっているんだよね?」
「ああ」
「そして、この「楽園」の外にも世界は広がっている。人の手によって創られた人造の世界、その外側にも広大な世界が広がっている」
「そのはずだ」
「どんな世界が広がっているんだろうね」
「……さて、な。スピネルたちの話やアンダーマンらの資料にも、過去の経緯については載ってはいてもそれ以上のことは……。わかっているのは少なくとも「外」からの干渉と思われる事柄は起きなかったということだけだ」
「やっぱり何かあったのかな?」
「じゃなきゃ、ずっと放置されている理由がわからない。だけど、じゃあ外がどうなったのかと言われると……まるでわからない」
真実を聞いてずっと気になってはいることだ。
モンスターが解き放たれた、という話は聞いている。
もしかしてそれで滅んでしまったのかという考えもあるが、確かに強大な力を持つモンスターたちも多数いるとはいえ、それだけで滅ぶことなんてあり得るのか……という思いがある。
あの時代には優れた科学技術が存在していた。
今の時代から神といっても過言ではないほどの常軌を逸した科学、仮想の世界を再現するほどの力。
仮にモンスターの襲来が予期せぬ事態だったとしても、だからといってそんなことがあり得るのだろうか。
今はそれどころじゃない問題が多くあるので、普段は頭の隅に留めるに済ませてはいたのだが……。
「楽園」の外の世界はどうなったのか。
そんな疑問は俺の中に確かにあった。
「なら、いつか見に行けると良いね。色々と終わったらさ」
「……え?」
「龍種たちを倒し終えてイベントをクリアしたら、「ノア」も一先ずは正常化するかもしれないんだろ?」
「あくまでも可能性の話だけどね。「ノア」の暴走は「ノア」からすると本来はクリアできるはずのイベントクエストが、プレイヤーが死んでしまってクリア不可能になってしまうバグ……それが発生していると認識して、その改善の為に巻き戻している。手段は何であれ、クリアしてしまえばループからの脱出は可能――という希望的な観測だ。特に根拠がある話でもない」
「でも、可能性はあるわけだ。楽観的に考えるのもダメだけど、あまり悲観的に考えすぎるのも良くはないよ?」
「ふむ」
「それで、さ。一先ず、大きな問題を片付け終えたら何をやってみたいとかアリーはあるのかい? そういうのって大事だと思うんだ」
「それで外の世界を見に行く、という話に繋がるのか」
「どうかな?」
「≪
エヴァンジェルの言葉に少し考えてみた。
動き始めた≪龍種≫たちを倒し、危機を乗り越えた後のこと。
やりたいことはふと考えただけでも色々と浮かんだ。
――アンダーマンの地下研究所で得られた有用な資料やルキが実験の過程で生み出した技術、それらを有効活用して領地の発展に還元したりしたいな。それにフェイルのような存在も今後の狩人の在り方に一石を投じる形になるかも……。直ぐには無理だろうとは思うけど、時間をかけて馴染ませていけば……。
あとは――と考えてハタと気付いた。
――俺ってここまでワーカーホリックだったっけ?
思いつくのが公務の事ばかりだ。
いや、領主としては間違っていないとは思うがここまで仕事人間というのは少し問題な気もする。
そこら辺を考えると、
「外の世界を見に行く……か。目標としてはいいかもしれないな」
「だろう?」
その目標は確かに夢があるというか、少しワクワクする。
全くの未知の世界。
実際には難しいのだろうが、それでも――
「ああ、面白い。楽しみでもある」
「なら、約束だよアリー。全てが終わったら僕と一緒に外の世界を見に行こう。――約束だ」
「約束……約束、か」
「なんだよ、不満でも? それともデートの約束を一度すっぽかして待たせておいて、新たに約束するのはイヤとでも?」
痛いところを突かれて俺は呻いた。
いや、単にそういうのってフラグっぽいなと思ってしまっただけなのだが。
「わかった、降参だ。出来るかどうかはわからないが……ああ、約束だ。しようじゃないか、問題が片付いたら目指してやろうじゃないか」
「ふふっ、よろしい。じゃあ、他はねー」
「えっ、他にもあるの?」
「一つや二つだけじゃ、また破られそうだしね」
「うぐっ」
「ちゃんと僕のもとに帰ってくるように、この際に色々約束を結んでおこうかなって」
悪戯っぽく笑いながらにじり寄るエヴァンジェルに、俺は全面的な降伏の意を示すように両手を挙げた。
その日、俺は数えきれないほどの約束を結ばされた。
約束の雁字搦めと言ってもいいほどに、だがそれも全ては無事に乗り越えて帰ってきて欲しい――その思いがあると伝わったのもあってとても愛らしく感じた。
俺の婚約者は可愛い、それだけは間違いない。
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