第二百十七話:三人寄れば
「全くもう……っ! アルマンったら!」
「ふふっ、まあ仕方ないですよ。理由があってのことですし」
「それはわかるんだけど」
「アルマン様は何というか間が悪いですねー」
「本当にねぇ」
その日の≪グレイシア≫はガヤガヤと普段とは違う活気に満ち溢れていた。
パレードが催され出店が立ち並び、おいしそうな食べ物の匂いや帝都から流れてきた珍しいものがこれでもかと並んでいる。
日が落ちたというのにも関わらず、至る所に光が灯され不夜城の如き明るさだ。
「それにしても凄いですねー、私は≪ニフル≫から出たことはなかったので話に聞いていただけですけど≪ドルマ祭≫ってのもこんな感じなんですか?」
「そうねー、確かに≪ドルマ祭≫にも負けず劣らずの熱気かも……。急だったからそれほど準備が出来て催せたわけではないはずなんだけど」
「アリーが帝都に赴いた後と前とじゃ、全然交易の量が違いますからね。帝都の商人も挙って先行投資と割り切って張り切っていますし、その熱量の違いでしょうね」
「商人たちが張りきっているんじゃなくて、商人たちを張りきらせたの間違いでは? いやー、身銭を切らずに口先で転がして言質は取らせずその気にさせるなんて、エヴァンジェル様は流石だと――」
「ははは、今月のお小遣いは要らないらしいね? さっきから勢いよく食べているようだけど、手持ちは大丈夫かな? ここはアリーの行きつけだから、それなりにお高いよ?」
「そんな無慈悲な!? てっきり、奢ってくれるとばかりに!? ……というかなんで私ってお小遣い制なんですか!? そしてエヴァンジェル様が握ってるんですか!?」
「最初、研究資金等とは別にアリーが渡していたのに受け取ったその日に全部使って生活費すらままならなくなったの誰だっけ……?」
「……私ですぅ」
「ルキちゃんすぐに金を持たせるに使い込んじゃうから……」
「というわけでルキの財布は僕が握ることになったわけだ。アリーやアンネリーゼ様はなんだかんだ君に甘いからねぇ。それで僕のどこが腹黒貴族系美少女お嬢様だって?」
「いや、そこまでは……言ったかな? でも、わりと打算を働かせるというか強かな所もあるから別に事実だと――」
「なんだ、来年までお小遣いなしでいいのかー。ルキは質素な生活が好きなんだね。安心したまえ、研究費と最低限の食事や生活の世話はしてあげよう。キミの頭脳は必要だからね。逆に言えば頭脳だけあれば首から下は別にいらないんじゃないかなー、なんて」
「エヴァンジェル様は完璧な知的で聡明で美しい! 気品あふれる淑女の鑑! 英雄であるアルマン様の伴侶に相応しき御方です! 二人はベストカップ! お似合い! むしろアルマン様とエヴァンジェル様の組み合わせ以外にありえない! みたいな!」
「ふふっ、よし。……アルフレッド」
とりあえず納得したのかエヴァンジェルがチラリと視線を飛ばすと側に控えていたアルフレッドが意を受け取り、店の者にへ食事の手配を頼みに下がった。
本来であればディナーを楽しむために貸し切りの状態にしていた時間帯、店の中には三人とアルフレッドしかおらず店主も厨房の方に居るためだ。
しばらくして新しい料理がアルフレッドの手によって運ばれてきた。
中々に食にはうるさいアルマンのお気に入りの店だけあって、舌の肥えたエヴァンジェルだって及第点を出す美味しさだ。
まだまだ子供なルキは運ばれてきた御馳走に眼を輝かせた。
「どうぞ」
「さっきのは流石に冗談さ。というかそもそもアリーが既に払っているからね、気にせずに食べるといい」
「わーい!!」
「ルキちゃん……」
促されるままに食べるルキの様子に私は何とも言えない顔になった。
一旦、𠮟って落ち込んだら褒めてご褒美に食事を与える一連の流れ、フェイルに躾をしている時の彼女の様子に重なったのだ。
――いやいや、まさか……ねぇ?
まあ、元気というか欲に忠実で困ったちゃんというか。
ちょっと動物らしいところがとてもたくさんある少女ではあるが……。
それはともかく、話を戻すとして。
「ごめんなさいね。アルマンったら」
「それは何度も聞きましたよ、アンネリーゼ様。別に私的なことで離れたわけではないわけですし」
「それはそれとして、やっぱり……ねえ?」
自分が色々と後押ししたという自覚があるのでどうにもこんな結果になってしまったことに罪悪感を覚える。
最初こそ気乗りしない風ではあったものの、結局のところエヴァンジェルを憎からず思っているのは母親としてはバレバレだ。
だからこそ、ちょっと頭がアレな感じになってしまったが最近は安定しているので問題はない。
いや、取られてしまうのではないかという寂しさというか物悲しさは軽減されては無いのだが、受け止めることが出来るようになったというかむしろなんかキュッとなる感じが癖になって来たというか――うん、そこら辺は深く考えるのはやめておくとして。
とにもかくにもアルマンを乗り気にさせてデートに誘うように仕向けたのは私だ。
誘われたエヴァンジェルをも嬉しそうで、彼女が今着ている明らかに高級そうで良く似合っている黒を基調としたドレスも、デートの為に用意したのだろうというのが伺える。
アルマンに見て欲しかっただろうに肝心の息子は昨日から≪シグラット≫へ赴いている。
彼も楽しみにしていたことは知っている。
不本意ではあったのだろうが……。
「アルマン様も運が悪いですねー。というか真面目過ぎるというか。全く……」
ルキも何故か少し不機嫌そうな態度であった。
美味しい料理を食べているというのに、少し眉間に皴が寄っている。
女性とのデートをすっぽかした男に対して義憤を抱いている……というわけではなく、恐らく何だかんだ懐いているこの少女は祭りの最中にアルマンに絡みたかったのだろうと見抜いた。
流石にデートの邪魔まではしないだろうが、それはそれとしてちょっかいでもかけようと考えていたのか……。
恐らく雑に扱われて憤激する展開になっていだろうが、どうにも彼女はアルマンに雑に対応されることを楽しんでいる節がある。
「それにしてもエヴァンジェル様はあまり怒ってないようですね。もうちょっと何かあってもいいとは思いますけど」
「さっきも言った通り、事情に関しては説明はされているしね。真面目過ぎるきらいはあるけど、僕はアリーのそう言ったところを含めて好きなわけだしね。彼の……彼という英雄の在り方を含めてね。そういうった可能性を放置できる性格じゃあないだろ?」
「まあ、そうですね。アルマン様って自分では現実が見えてます主義を気取ってますけど、実際はわりと馬鹿ですからね」
「ルキちゃん……またアルマンに頭を掴まれるわよ?」
「あれ痛いのでやめて欲しいのですけど。私の頭脳はロルツィング辺境伯領の……いや、世界の宝ですよ??」
ならば、その一言二言以上に多い口をどうにかすればいいのに……と思わなくもない。
良くも悪くも裏表がなく直接的過ぎるのがルキという少女だ。
「まあ、ルキの言い過ぎ……でもないかな? まっ、そういうところ丸ごとにして僕はアリーという存在を見ているからね。それで文句を言うのも違うだろう?」
「そういうものですか」
「それに、だ。約束をしているからね」
「約束ですか?」
「そうさ。昨日、≪グレイシア≫を離れる時に「必ず明日には帰る」とアリーは約束してくれたからね」
エヴァンジェルがふふっと楽し気な笑みを浮かべている様子を横目に、ルキはバルコニーの外の景色を見た。
煌々と光が灯され、わかりづらいが既に完全に日も落ちて夜の闇が空を覆っている。
「もう、今日も終わりに近づいてますけど」
「でも、まだ今日は終わりじゃない。だから、まだ約束を破ったわけじゃないわけだ」
髪を弄りながら愉快そうにエヴァンジェルは笑った。
その笑顔は信じ切っている顔だった。
「アリーは約束したことはキッチリ守るさ。そういう人さ」
「守れなかったら?」
「そうだな……」
少し考えて思いついたように蠱惑的な笑みを彼女は浮かべた。
「その場合は悲しげな顔をして罪悪感を煽るだけ煽って、色々と埋め合わせの約束でもさせようかな?」
「やっぱ悪女の才能有りますね、エヴァンジェル様。将来、尻にしかれそうですねアルマン様」
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