第二百十五話:≪龍狩り≫は助けを求める



「――それでエヴァンジェルちゃんとの関係はどうなの?」


「母さん??」



 アンダーマンの地下の研究施設に行った後のこと、≪イシ・ユクル≫も倒し終えた後で俺はアンネリーゼと二人で話し合う時間を作った。

 「英雄計画」の内容、それによって生まれた俺は前世の記憶――と思い込んでいた「天月翔吾」の記憶を植え付けられただけの……間違いなく、彼女の息子でアルマンであったと話した。


 当然のように、アンネリーゼはショックを受けていたし、条件に当てはまっていたからという理由で勝手に巻き込んだアンダーマンらに強い怒りを発してはいたたものすぐに落ち着いた。

 彼女にとってもたぶん、その部分はとてもデリケートな部分ではあったのだろう。


 気にしないように気を付けても、どうしても気になってしまう。


 それは俺だって同じだったからすごくわかるのだ。

 アンネリーゼを今生の母と愛したいのに、それをするのは前世の母に申し訳ないような、そしてこの事実を隠して愛して貰うのは何やら後ろめたいような……だから、俺はあの日、全ての思いを吐露した。



 ――「生まれる前に記憶や人格を植え付けられて、どこからどこまでが「天月翔吾」なのか「アルマン・ロルツィング」なのか……。それでも俺は……貴方を母と呼びたい。後ろめたさもなく、ただそう呼べればとずっと思っていた。それこそが俺がアンネリーゼの子でしかない「アルマン」である証拠だと――そう信じたい」


 ――「…………」


 ――「母さんの立場からすればそう簡単に割り切れるもじゃないと思っている。それでも、俺は……俺は……こんな俺に今後も「アンネリーゼ・ヴォルツ」を母であると呼ぶこと――お許しください」


 ――「……何を言っているのよ、もう。ぐすっ、アルマンは私の息子。仮に誰が何という言おうと、大事で自慢の優しい一人息子。そうよ、私はもう疑わない。揺るがない。私たちはたった二人の親子なのだから……っ!」



 そんな話があった。

 実際はもっと過密というか、アンネリーゼはこのセリフの後で大層な暴走を果たし、俺に対する甘やかし攻めを行って精神力をガリガリと削りにかかってきたのだが……まあ、それは別の話として。


 一先ず、俺とアンネリーゼとの親子関係は改善を果たしたわけだ。

 色々と微妙に感じていた距離感も無くなり、これならば今後は問題ないだろう――そんなことを考えていた矢先のことだった。



 我が母である、アンネリーゼがそんなことを言い出したのは……。



                  ◆



「それでデートという話に?」


「何ともまあ……アンネリーゼ様は時々極端に走るからなぁ。特にアルマン様のこととなると」


 俺が内情を話すとレメディオスもゴースも微妙そうな顔をしながら口を開き、各々の感想を呟いた。

 彼らは今までのアンネリーゼの態度を知っているので、いきなりの態度の変化に戸惑っているようだ。


 まあ、それはそうだろう。

 基本的にアンネリーゼは一応公的な場所なら律してはいるものの、身近な人間であればわかりやすいほどに俺のことを溺愛している。


 なので、その息子の婚約者という立場であるエヴァンジェルに対してはかなり入り混じった感情を持っているようで……実際、態度に出ることもあったりする。


「個人としてはアンネリーゼ様とエヴァンジェル様は仲がよろしいのに」


「アルマン様という共通の趣味もあるしの」


「とはいえ、それとこれとは話が別というか。個人としては好ましく、エヴァンジェル様を気に入っておられても親心は別というか」


「うむ、エヴァンジェル様と仲睦まじくしているところを遠目から覗いて頭を抱えっておったり、ブツブツ呟いていたり」


「ある意味でエヴァンジェル様が気に入らなかったらアンネリーゼ様も気が楽ではあったんでしょうけど」


「その場合は俺の胃があれるから勘弁してくれ。婚約者と親が仲が悪いとか最悪じゃないか」


 レメディオスとゴースの言った通り、アンネリーゼは偶に奇行を起こす。

 彼女の若干偏執的なまでの俺に対する愛情がロジックエラーを起こしているようだ。


「親としては子供が幸せになって欲しい、幸せな家庭を築いて欲しいという気持ちは当然。でも、同時に子供には何時までも子供でいて欲しい。自分だけの子供で居て欲しいというのは……人情ですからねぇ」


「ああ、特にアンネリーゼ様は情が深いお方だからな」


「まあ、な」


 更に言えば、話が急だったのもあるだろう。

 アンネリーゼ様もちょくちょく話を振ってはいたので俺に婚約者が出来る、最終的には妻が出来るというのは当然受け止める気はあったのだと思う。


 だが、ロルツィング家は色々と特殊過ぎる立場だ。

 辺境伯という爵位の高さ、領地はモンスターが跳梁跋扈する辺境……貴族の嫁をと考えてはいてもまあ難しい。


 そう言う意味で楽観していた部分もアンネリーゼにも会ったのだろう。

 実際、俺も婚約者などが出来るにしても家と家との交渉やら何やら必要になるだろうと考えていたし、その交渉だってスムーズにいくかどうか……何度もした上で迎え入れる運びになるだろうな、と漠然と考えていた。


 なのに蓋を開けてみれば、いろんなものすっ飛ばしてエヴァンジェルは俺の婚約者におさまって、しかもそのまま≪グレイシア≫に居を移してしまったのだ。

 アンネリーゼからすると碌に心構えが出来る前でそりゃバグのような挙動をたまに起こすというもの。

 そして、レメディオスが言っているように個人としては非常に好ましく、エヴァンジェルのことを気に入ってるが故に、漫画やらゲームで出てくるような嫌味な姑のような態度も取れない。

 処理できない感情をぶつけることも出来ず、自分に返ってしまうために更に感情のエラーが発生して……という風に。


「どうにかしたいとは思ってはいたんだが……」


「どうにか出来るもんでもないだろう、そういうの。誰が悪いという話でもない」


「結局のところ折り合いの問題ですからね。上手くアンネリーゼ様の中で感情の折り合いが出来るかどうか……それで今回のようなことを言い出したということは折り合いがついたということでしょう? では、よかったじゃないですか」


「それはそうなんだが……」


「歯切れが悪いなぁ。何か問題があるのか? 変に爆発する前にアンネリーゼ様が納得できてよかったじゃねぇか」


「いや、今度は逆にエヴァとの仲を後押しするような言動を度々に……」


 前まで自分のペースで頑張りなさい、みたいな「応援はしているけど急ぎすぎなくてもいいのよ?」的なニュアンスだったのに最近のアンネリーゼは恋愛関係を積極的に推すようになってきたのだ。


「あー、それは……」


「まあ、仕方ないんじゃないか? エヴァンジェル様のことに隔意が無くなれば、そうなるも仕方ない、のか?」


「ええ、不思議ではありませんね。とはいえ、流石にあっさりと変わり過ぎな気もしますが」


 二人はアンネリーゼの変わり様に首を傾げている。

 まあ、深い事情というか俺と彼女の間にあった問題というのはまず間違いなく余人では理解できない類の親子問題であったのでわからないのも無理はない。


 ただ、やはり俺の――「アルマン」の親はアンネリーゼただ一人で、そしてちゃんと愛されていたという事実は想定以上の精神の安定をもたらしたのだろう。


「とにかく、アンネリーゼ様はエヴァンジェル様との交際に積極的になられた……と。まあ、いいことなのでは? アルマン様も気兼ねする必要もなくなったわけですし」


「ふむ、それで最初の頼みに繋がるのか? 祭りでのデートがどうこう」


「そうなる、な」


 俺は前髪を弄りつつ、少し視線を横にずらした。

 ここからが本題なのだ。


 アンネリーゼから言われたのもあって、確かに祭りを催すならば婚約者なのだしデートにぐらい誘った方がいいなと俺は考えたのだ。


「しかし、デートの相談といわれてもですねぇ」


「そもそも、アルマン様は既に何度となくエヴァンジェル様とデートをしただろう。≪エンリル≫へと行った時なぞ、ずっと一緒であっただろうに」


「だって……き………く……って」


 考えたのだ、が!!


「はい?」


「なんだ?」




「な、なんか急に気恥ずかしくなってきて……」



「「…………」」


「なんだよ、何か言えよ……っ」


「「ええっ……」」


 何言ってんだこいつ、という視線が突き刺さった。


 いや、凄くわかる。

 俺だってそっちの立場だったら「今更そこなの??」という顔をするだろう。


 だが、違うのだ。

 これも二人には決してわからないだろうが……確かにアンダーマンの地下研究所で得た真実は、概ね俺にはいい結果をもたらしてくれた。


 生まれた時からあった疑念や後ろめたさとか、それらを払拭できたのは素直に心の重荷が取れた気分だった。

 アンネリーゼとの関係も向き合えるようになって改善できたし、良いことずくめ――ということでもなかったのだ。


 俺は実際の精神年齢は今の歳に「天月翔吾」分の年齢が加算されていると思っていた。

 そうなるとエヴァンジェルは年下の少女ということになる。


 異性と特別な関係になった経験など一度もなかったが、それでも見かけは同世代でも精神年齢では俺の方が上である……という精神的なアドバンテージがあるという認識があったからこそ、今までは上手く行っていたのだ。

 それにルキにも零してしまったが精神的な年齢に差があるという事実が、無意識の一種の壁になっていたのも経験ゼロでも今まで上手く付き合えていた要因であろうと分析する。



 だが、それが無くなってしまったら?

 その前提が間違っていたのなら?



 ――つまりは俺とエヴァンジェルは正真正銘同世代で、婚約者で、最終的には俺の嫁になるというか妻になる人で。しかも俺のことが好きでいてくれて、綺麗で可愛くて聡明でご令嬢なボクッ娘で……才女としての力をいかんなく発揮して仕事をサラサラと進めている姿はカッコいいし、食事の作法やふとした仕草が優雅で、でもちょっとお転婆な所があるのが可愛いくてボクっ娘で……あっ、好き。えっ、婚約者で良いの? 彼女とか恋人とかすっ飛ばして……えっ? えっ?


 どうしよう、とても大変なことになった。

 考えれば考えるほど等身大になった彼女はとても魅力的な少女で、改めて考えるとちょっと畏れ多いレベルだ。


 激しくぶっちゃけよう。




「俺の婚約者が綺麗で可愛くてその他諸々魅力的過ぎて困る! 今更だけどデートとかどうすればいいんだっけ?! レメディオスは色々と浮名を流してるって聞いてるし、ゴースも妻帯者だったんだろう!? 領主命令だ! 何か色々アドバイスをですね!」


「アンネリーゼ様が治まったと思ったら……」


「今度はアルマン様か」


「こうして見てると似てるんですかねぇ」


「しかし、あのアルマン様が……なぁ? なんというかいつも泰然と為され、大人と間違うばかりに落ち着かれていたというのに」


「いやはや、アンネリーゼ様にしてもアルマン様にしても一体この変わりようは……」




「こんなことを相談できるのは野郎しか居ないんだ! だから、プリーズ・ヘルプミー!」




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