第二百十四話:祭りの準備、それと
「で、祭りってか?」
「そっ、名前は≪覇龍祭≫……と」
「中々にご機嫌な名前の祭りだな? アルマン様よぉ?」
「全くですねぇ、アルマン様」
「よしてくれゴース。それにレメディオスも……」
祭りの件も決まり、一先ず街の視察に回っていた俺はゴースの工房を訪れていた。
色々と用件もあったのだがそれも済んだ上で――話しているのは件の祭りの話。
偶々その最中に工房を訪れたレメディオスも交えて男三人での雑談だ。
「だが、まあ、いいんじゃないか? 確かにピリピリとした雰囲気はあったからなぁ。ここらで色々と一息入れて気を抜いておくのは良いことじゃろう。張り詰めた糸はど切れやすいもの物もない」
「そうですね、東の方で何かが起きていることは察しのいい同業なら肌で感じています。それに対応するためにアルマン様や上の方々も動いている――というのはみんなわかっていますとも」
「あー、その……なんだ」
「ふふっ、無理に聞こうとはしませんよ。アルマン様が内密にしているのにはそれだけの理由がある、と信じてとりあえず従っている者たちが大半です。……ただ、やはりどうにも落ち着かない、不安な気分になるのは致し方ないことかと」
「ああ、だからそこ許可を出した。少しでも息抜きになるなら、とね」
「ふむっ、アルマン様の事だからまた祭りの名前が嫌だのなんだの言うかと思ったが……最近は案外そうでも無いか?」
「いやぁ、そんなことは……無かったと思うけど……」
「いえいえ、アルマン様は昔から卑屈に過ぎますよ。むしろ、もっと誇って偉ぶってもいいほどに領主としての役目に従事し、狩人としても偉業を為し続けているというのに」
「目立つことは生来的に苦手というか、私は謙虚――慎ましい性格なんだよ」
「はんっ! アルマン様のようなのは自信がない、あるいは卑屈というんだ」
「そうですねぇ」
「だが、まあ……だったというべきか」
「ですね」
ゴースとレメディオスは意味ありげに視線を交わし、次いで俺の方へと視線を向けた。
「……そんなに変わったか?」
「憑き物が取れたような顔はしておるな」
「アルマン様は昔から何処か苦しんでおられるように見えましたから。ただ、若い身空というのもあってその重圧で……とも思っていましたが」
伺うような二つの視線に俺は照れたように頬を掻いた。
アンダーマンの地下施設で知った真実。
「英雄計画」という計画の為に用意された、俺という存在の秘密。
それは何というか……色々な意味で意識を変えてくれるものであった。
無論、ショックもあったがそれでも俺は真実この時代を、世界を生きている「アルマン」という少年であったというのは――何処か救われる真実であった。
だからこそかもしれない。
俺は最近少し明るくなった、といわれることが多い。
まあ、そこまで普段から暗く振る舞っていたわけではないので長年付き合いがあって親密な相手からは――という注意書きがあるが。
そして、その条件に当てはまるゴースとレメディオスたちには見抜かれているらしい。
それがどうにも照れ臭い。
だから、俺はそれ以上追及されないように話を進めることにした。
「まあ、そんなわけで祭りだ。エヴァの話だと帝都の商人たちの受けもよくてな、色々と融通を利かせて向こうの酒やら食い物とかも回してくれるらしい」
「ほう? 帝都の酒か? そりゃいいな、ここ最近はそれなりにこっちでも出回るようになったとはいえやはり高いからなぁ」
「酒や食べ物もいいけど、やはり化粧品や服なんかもいいわね。やはり帝都のものは一味違うわ!」
「ははっ、そこら辺もまあ祭りの日には色々と出回るんじゃないかな?」
「あら、本当にアルマン様!? レメディオス嬉しいわ!」
「ああ、うまく乗せたんだと。あっちからすれば今後のことも考えれば、広まってくれれば商いをしやすくなる。それに俺からの要請ということもあれば……それを受ければ覚えも目出度くなると、そう考えたのか結構乗り気らしい。思った以上に豪勢なものになるかもしれない」
「そりゃ、いいな。祭りとなれば商人たちが活気づくのは常というものだが……やるじゃねぇか、アルマン様」
「いや、上手くやったのはエヴァだよ。俺としては≪グレイシア≫に余剰に集まった物資でやろうと考えてたんだけど、彼女が口先で丸め込んでね。勝手に向こうの商会が拠出する運びになってね」
「あん? アルマン様からの要請って話じゃなかったのか?」
「俺自身は言ったことは無いし記録にも残ってない。向こうがそう受け取ったというだけ、だそうだ」
「ほほほ、それは何ともエヴァンジェル様らしいと申しますか」
「何というか、そりゃ……頼りになることで」
「本当にな。正直、そう言った貴族的会話というか政治力というか……エヴァには敵いそうもない。どうにも俺は苦手だ」
「まあ、アルマン様はこの≪グレイシア≫じゃ、辺境伯という貴族であり領主であり英雄的な狩人でもある。そりゃ、そんな相手に強く出れる相手は居ないからな。話術なんて磨く必要もないわなぁ」
「本当にな。彼女を見ていると常々思うよ、俺には何というか向いていない。一から始めたエヴァと比べると……」
「ほほほっ、よいじゃありませんか。夫婦というのは互いを補える関係のこと。アルマン様が苦手とすることはエヴァンジェル様は出来る……それでよいではありませんか」
「奥方……まあ、そうはなるんだろうけどさ」
「なんだよアルマン様。エヴァンジェル様に不満があるっていうのか? あの方ほど才色兼備で欠点もない方もいないだろう? それに何よりもアルマン様にぞっこんだ」
「……そうかな?」
「そりゃ、そうだろう。じゃなきゃ、あんなに楽しそうにしてはいないさ。儂のところにもアルマン様の活躍を広めたいからと武具のレプリカの依頼を工房に直接依頼にしたぐらいだぞ?」
「ええぇ……」
「アルマン様が使ったとされる武具や防具のレプリカ、それだけでも売れるという話でな」
「おや、そんなのを? 確かに私も一つ欲しいかも」
「レメディオス??」
「≪龍種≫を討った狩人の誉ですからね。それに肖りたい気分はわかりますよ」
「やっぱ売れそうだよなぁ? 武具じゃなくていい、形だけってんなら作るのは難しくもないし流石はエヴァンジェル様だ。愛されているなぁ?」
「……単に儲け話だったからじゃない?」
「みりゃ、わかるさ。ありゃ、ぞっこんだ。本当にアルマン様の偉業を広めたいから動いているだけさ。商売っ気も好きではあるんだろうが……それぐらいわかっているんだろう?」
ゴースの揶揄うような言葉に俺はただ視線を逸らして答えた。
本当はわかっているのだ、わかっているのだが……だからこそ、対応に困るというか。
いや、いい。
俺も男だ。
ここら辺で少し勇気を出してみようじゃないか。
「あー、うん。その……なんだ。ゴース、それにレメディオス。折り入って頼みがある」
「おや、なんでしょう?」
「ほう、アルマン様が直々に……珍しいねぇ。で、どんな頼みだ?」
「え、エヴァを今度の祭りの日、改めてデートに誘うつもりなんだけど……その……そこら辺の相談をだな」
「「は??」」
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