第二百十三話:祭り


 ロルツィング辺境伯領は間もなく冬を迎える。

 モンスターといえども基本的には生物なので、冬の時期になると活動が鈍くなるモンスターは多い。

 無論、寒くなると活動を開始するモンスターもいるが……概ね冬期に近づくとモンスターの動きは全体として大人しくなるのが通例だ。


 だが、今年はそれに反している。

 去年の今頃だったら徐々に大型モンスターの目撃例が減り始める頃なのだが一向に減る様子が無いという。


 ――東の奥、≪霊廟≫の影響か。


 スピネルの話によればそこにモンスターを生産するプラント施設が存在しているとのことだ。

 そして、それを管理している「ノア」は俺やエヴァンジェル、そしてスピネルらの≪深海の遺跡≫に侵入し、そしてシステムに干渉しようとした行為を不正行為として判断し排除しようと行動している。


 それも極めて物理的な手段で、だ。


 特に≪龍殺し≫不正ツールを使っている俺や≪龍の乙女≫システムへの不正アクセス権を持っているエヴァンジェルは、「楽園」の意義を揺るがす存在として認識されている。

 まず、見逃す理由がないだろうというのがスピネルたちの見解だ。


 ――森の奥で何が起こっているのか……あまり、見たくも知りたくもないなぁ。


 少なくとも見て楽しいものでないのは間違いないだろう。


 ――ただ現状、わかってはいてもこっちがどうにか出来る手段がないのが問題なんだよなー。


 ≪霊廟≫に近づくということは、それだけ大型モンスターの密度も増えるということになる。

 単純にその点だけで簡単にできるものではないし、更に言えば有害因子である俺たちを排除しようとする「ノア」の動きと、≪龍種≫が襲い掛かって来るストーリーイベントは完全に別口というのも問題だ。

 まだ都市を簡単に滅ぼせる≪龍種≫が三体も残っている以上、あまり迂闊なことも出来ない。


「……そうか、一先ずは現状維持。そのまま備えを忘れないように進めるように各所には言っておいてくれ」


「はい、わかりました」


 故に俺として出せる指示はそれくらいしかない。

 原因がわかっているというのに手出しが出来ず対応するための準備を整えるだけというのは……もどかしい気分ではあるが。


「他にはないか?」


「ええ、そうですね。問題があるとすれば一つ」


「なんだい?」


「市民の間に不安が広まっています。アルマン様がこうも強権的に物事を進めるのは珍しく、それに規模も大きいので……」


「ああ、なるほど。だろうね」


 シェイラの言葉にエヴァンジェルが頷いた。

 さもありなんと言った風だ。


 皇帝の勅命という建前もあり、更には辺境伯領として地位を使って色々と説明を省いて進めたのだ、何かあると思って不安に思うのも当然だろう。

 事実としてギルドの報告により、モンスターたちの異変も現場の狩人から噂は広まっているだろうから「もしかしたら大事が起きるのではないか」と考えるのも無理はない。


 実際、起こることを想定して進めているのだから。


 とはいえ、ことがことだけに詳しく説明するのも難しい。

 何せ詳しく説明しようとすればこの世界――「楽園」についてまで説明する必要があるが……流石にそれは無理があるというもの。

 シェイラにすら言っていないのだ。


 そして、「楽園」云々を説明できないなれば今後の想定についても説明するのは難しく、精々カバーストーリーとしての「モンスターの支配領域で異常が起こっている可能性が高いのでその対応」というスタンスで貫くしかない。

 

 だが、曖昧にしか説明できないものというのは得てして不安を増大させやすいものだ。


「特に最近は伝説のはずの≪龍種≫が三体も討伐されるという出来事が起きましたからね。無論、それ自体は偉業であり称えられるべきものですが……」


「あるいは天変地異の前触れでもある、と?」


「そう捉える者も居なくはない……という話です」


 ――実際のところ、「楽園」の管理者である「ノア」が殺しにかかってくるのだから世界が敵になって襲ってくるも同義。天変地異ってのもあながち嘘ではない……か。





「そこで私から提案があります」


「なにを?」


「祭りを――催しませんか?」





 シェイラの提案に俺とエヴァンジェルは顔を見合わせた。


「祭り?」


「ええ。何か催し物を行って空気を払拭する必要があると思うのです。今は確かに小さな不安の種でも、このまま放置するのは些か……」


「確かに気晴らしも必要か」


「それもそうだね、緊張状態が続くってのもあまりいいものじゃない。適度には抜く分はいいだろう。それに≪グレイシア≫には少し物資を集め過ぎた……細かい見積もりを出して用意したわけじゃないからね。そう言った意味で少し管理が」


「なら、それの調整も兼ねてしまうか。だが、名目はどうするか……祭りを催すなら一応名目は必要だろう」


「それこそアリーの主演、というか三龍討伐の祝して……ってことでいいんじゃないかな? むしろ、毎回開いててもおかしくはなかったぐらいには偉業だとは思うんけど?」


「それもそうですね。≪龍種≫討伐の後は、大抵色々と問題が山積み過ぎて催す機会が無かったですけど……うん、いいんじゃないでしょうか!」


 話自体はあっさりと決まった。

 俺の功績を記念して、というのは少し気恥しいものがあるがそれを名目に領民が祭りを楽しめるのならそれに越したことはないだろう。

 ある意味、こういう時に晒し者というか色々とのも領主の仕事というやつだ。



「三龍を模した作り物を作って街を練り歩かせて、パレードのような見世物を行うのはどうでしょう!」


「いいね、それ! 僕も――いや、「ロルツィング辺境伯領特別広報委員会」も是非とも協力させて頂くよ。これはチャンスだ。アンネリーゼにも早く教えなくては……予定よりも早いけど、祭りの日に合わせて次の本の出版も」


「えっ、本当ですか!?」



 いや、まあ、うん、領主の仕事なんだ。

 領民が楽しんでくれれば……そうだ、いいんだよ。


 ――というかシェイラの目をキラキラと輝かせて……思いっきり買ってたのか。


 尋ねたところ、顔を真っ赤にしながら「こ、これは市場調査の一環です!」という返答が返って来た模様。


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