第二百十二話:会議


 政庁における俺の執務室。

 ここに立ち入ることが出来る人間は限られている。

 事実上、ここでロルツィング辺境伯領の全体の統治の方針が決めているからだ。

 故に入ることを許されるのはその決定に介入が出来る立場と能力を持った人物の身ということになる。


「――という感じですね。質問はありませんか? アルマン様」


「んー、今のところ特にはない。流石だ、シェイラ」


 そしてその括りに俺の右腕とも言えるシェイラは当然含まれる。

 いや、というよりも右腕というより必要不可欠という意味では心臓に近いのかもしれない。


 彼女が居るからどうにか狩人としての活動に集中できるのであって、居なければ恐らく領主としての仕事に専念するしかなかっただろう。

 そうなると「英雄計画」云々とやらは御破算だったわけで……。


「いつもながらありがとうなシェイラ」


「な、何ですか急に……最近の超過勤務をそれで誤魔化そうとしているなら、そうはいきませんからね?」


 ここしばらく……というかだいぶ前から苦労しかかけてないなと思いつき、感謝の言葉を口にしたら何故かジト目をされてしまった。

 まあ、シェイラがそういう少女であるのは付き合いも長いためにこちらとてわかっているので問題はない。


「いや、そんなことはないんだが……。ほら、昨日の帝都からの定期便で西の珍しい果物も来たんだ。それで菓子を作らせているから、な?」


「……まったく、もー」


「ふふふっ、相変わらず仲がいいね」


 珍しく、そして甘い菓子の期待に少しだけ相好を崩したシェイラを見ながらクスクスと笑うのは、部屋の中に居る最後の一人であるエヴァンジェルだ。

 彼女は俺の婚約者という立場であり、ほぼほぼロルツィング家の身内判定というのもあるが、それを除いても既に領内でも確固たる地位を築ていた。


 そもそも彼女は≪暁の星≫商会という商会のトップだ。

 元はそれを発展させて貴族の地位を取り戻してゆくゆくは……と進めていたところに俺との婚約の話やら何やらが起こったわけだが、その地位まで無くしたわけではない。

 商会は幾つもの部門にわかれてこの≪グレイシア≫に深く食い込んでいった。

 元は公爵家の連枝で商業規模としても大きい帝都で活動していたのだから彼らはやはり優秀で、そもそも≪グレイシア≫の都市運営の為に足りない内政官にするために一部引き抜いたぐらいだ。

 そのお陰で俺の婚約者云々を抜きにしても、エヴァンジェルの権勢というのはこの辺境伯領にて既に根付いている。


 つまるところ、十分な都市の有力者として名を馳せているということだ。


 まあ、かなりの人気コンテンツとなり始めている「ロルツィング辺境伯領特別広報委員会」云々の影響も十分に強いらしいが……。


 ――今更言わないけど、出来れば程々にね……。


 切実に思いはすれど、口に出すとアンネリーゼとエヴァンジェルの挟撃に会うことを理解している賢明な俺は口噤むことしかできない。


「そんなことありませんよ、エヴァンジェル様。普通、普通です」


「別にいいじゃないか。仲が良いのはいいことさ、アリーだってキミにはいつも感謝している」


「そうだぞ。俺は何時もシェイラに助けられている。お前が居なければ俺はきっと……」


「信頼されていて灼けちゃうなぁ?」


「あー、はいはい。話を元に戻しますからね」


 俺とエヴァンジェルが息を合わせて、シェイラを褒め称えるも彼女はおざなりな返事を一つ。

 だが、ファッションとしてかけている度の入っていないメガネを弄る仕草から、照れていることを見抜いた俺たちはこっそりと視線を合わせて笑みを浮かべた。


「とにかく、今のところの辺境伯領の大まかな情勢です」


「見た限りは大きな問題はないように思えるな」


「うん、流通の方は問題ないね。帝都の方からガンガンと物資は届いている」


「一定期間の関税の引き下げに、それに多少高めでもロルツィング辺境伯領で買い上げると布告を出したので」


「よほど、不当な釣り上げでもない限りはな……今までの貯蓄もあるとはいえ、万全を期するならあればあるほどいい。特に回復アイテムはな。いくらうちで≪回復薬ポーション≫の増産をしているとはいえ、消耗品だからな」


「それに≪イシ・ユクル≫のことも考えると状態異常用の回復アイテムもやっぱり重要だからね」


「≪毒≫とか≪麻痺≫とかのポピュラーなものならともかく、希少系の状態異常用の回復アイテムはどうしてもな……」


「まあ、そもそも≪依頼クエスト≫で討伐対象にした時とか、そういう状態異常を使うモンスターの多くいる場所に向かう必要が出来た時に用意するぐらいですからね。普段から使うものじゃないというか」


「とはいえ、いざという時に無いと困るものだと再認識した。素材から集めて調合するのも面倒だから輸入した方が手っ取り早い、か。それから帝都からの狩人の派遣についてはどうなっている?」


「そちらは順調ですね。評価は悪くないようです。ちょっとこっちとの文化的差異に戸惑っている感じはありますけど」


「西と東とじゃ、全然狩人の在り方が変わっているからねぇ。僕も結構驚いたし」


「あっちは集団戦法が基本だからな……。「個人技では改善するべきところも多いが、全体的な気質として良くも悪くも従順で軋轢などは発生していない」か。ふむ、戦力の拡充としては上手く行きそうな感じか」


「アルマン様が結構な大盤振る舞いで集めましたからね。それに帝都の方でも後押しする動きがあったみたいで……まあ、あっちではモンスターの数も少ないので狩人のパイも今居る分でだいぶ埋まっていますから新天地で――というのはわかる話です」


「そうか、帝都の方でも……」


 ――陛下の手による動きなのか? まあ、自然に起こってもおかしくない動きだし……有難いことには変わらないから真実はどうでもいいか。


 少なくとも俺にとって重要なのは狩人の数が増えたという一点だ。


「上手く行っているならそれでいいんだ。城壁等の施工は?」


「少々滞っていますが、おおよその想定内の進捗状況です」


「……ふむ、ギルドからの報告は? 最近のモンスターたちの動向について」


「その点はこちらに報告書が。あとで細かい部分については目を通して貰うとして、おおまかに纏めるとやはり出没する頭数や種類などが去年と同じ時期に比べると明らかに増えているようです。他にも生息域的に逸脱した場所で目撃されたモンスターのことを考えると、生息域自体が変化しているのか」


「冬が近づいて来ているのに、か」


「はい、冬期が近づいて来ているこの時期なのに……です」


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