第六章:北風西日編

第一幕:覇龍祭

第二百十一話:ルキ専用工房兼研究所


「おっ、良い感じですよー。アルマン様ー」


「おー……なんか妙な感じだな、これ」


 ≪グレイシア≫の一画、そこに作られたルキ専用の工房兼研究所。

 そのグラウンドにて俺とルキはとある実験を行っていた。


「もう一回お願いしまーす」


「はいよ」


 ルキに言われるがまま、俺は腕を装着された籠手ガントレットを動かした。

 握り拳を作るように拳を固め、そして開く。

 その繰り返しだ。


「ふむふむ、ここをこうしてこうして……」


 何か特別なことをしているわけではないのだが、ルキは何やら手元のタブレットを操作している。

 元は≪アトラーシス号≫の備品だったのだが、アンダーマンの地下研究所からこっそり持ってきた機材と組み合わせ改造して完全に自分専用に使っている。

 一応、≪アトラーシス号≫はロルツィング家の所有物なんだが……まあ、一番有効活用できそうなので特段文句は言わないが。


「これでどうです?」


「おっ、何かピリって来た」


 ルキがそう言って何かの操作をすると、俺の脳内に不思議な感覚が奔った。

 例えるならスキルを使っている時と同じ感覚に近いのかもしれない。


「じゃあ、もう一度。今度は外してやってみてください」


 言われた通りに籠手を外し、同じように拳を作ると……何故かテーブルに置かれた籠手もまるで俺の動きを真似するかのように拳を作る動きを行った。

 それだけではなく、慣れてくると実際に拳を作らなくても「拳を作る。手を開く」という俺の意思を再現するかのように動いたのだ。


「よしよし、リンクは順調ですね」


 ルキはその様子を眺めながら機嫌が良さそうにデータを打ち込んでいた。


「ナノマシンを介した遠隔操作か……よくもまあ、考え作るものだ」


 その姿を呆れたように見て口を挟んできたのはスピネルだ。


「考え自体は前からあったんですよ。スキルという形で武具や防具が相互に干渉し合っているなら、それを利用すればもっと応用範囲を広げられるかもしれないって」


「俺たちの体内にあるE・リンカーとモンスターを構成するナノマシンは繋がっているんだったっけか。確か……」


「ああ、そうだ。モンスターの素材が防具や武具となり、感応することによってスキルは発生する。まあ、別にモンスターに限った話ではないがな」


「もっと巨大な枠組み。「楽園」は世界自体が複雑なシステムという理によって結びついている。それをコッソリと間借りして利用したんですよ」


 いひひ、と笑うルキの笑顔はまるで悪戯をする悪ガキそのものだ。


「よくやる。「ノア」が知ったら言い訳の余地なく不正認定だな。……まぁ、今更か。それにしてもこの実験は結局どんな技術の実験なんだ? ナノマシンを介した遠隔操作技術?」


「うーん、近いものではあります。ただ、私が目指しているのはもっと先ですね。ナノマシンネットワークを介することで、使用者の思考を直接に落とし込んで……ほら、≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫に変形機構あったでしょう?」


「あー、あったあった! なんか自動で俺の戦いをアシストするように放出したエネルギーをブースターみたいに変換して、お陰で扱いづらいはずの≪大剣≫が自由自在に振るえた」


「それは凄いな」


 スピネルは感心したように言っているがあの快適さ使ってみないとわからない。

 それに最初はオートかと思っていたら、完熟すると俺の望むタイミングで望む変形をするようにもなったのだ。


 まるで≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫がこちらの意思を読み取っているかのように。


「なんかSFみたいな機構を搭載していたんだな。一応、世界観のモデルとしては中世っぽい雰囲気の設定なのに」


「実態としては完全なSF世界だからセーフだ」


「それはまぁ、確かにそうなんだが……。やっぱり、少し異色なデザインだな」


 スピネルはそう言ってテーブルの上に安置された≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫に目を向けた。

 確かに改めて言われるとかなり世界観から外れたデザインだ。


「でも、の方がアレじゃないか?」


「いや、それはそうかもしれないが……」


 ヒラメというのはそのまんま魚のヒラメの形をした≪大剣≫のことだ。

 一応、ちゃんとした名前があった気がするがみんなヒラメとしか言わないので普通に忘れた。

 所謂、ネタ装備とかいう括りの装備の筆頭。


「えー、そんなのあるんですか?」


「ああ、一度ゴースに作って貰ったんだが生臭かった」


「作って貰ったんですか、っていうか生臭かったんですか……」


「完全に巨大なヒラメだった。ゲームの中だと単なるネタだったんだが、こっちではああなるんだなー。リアル志向というか、この「楽園」を作った開発者の細部への拘りを感じるクオリティだった」


「というかなんで頼んだんだ、≪龍狩り≫。あれって、確か性能も大して良くないだろう」


「いや、ゲームの中でのネタ装備がこっちでもどれくらい作れるか気になって調べた時期があってな……。とりあえず、片っ端から必要素材を集めてゴースに頼んで色々と」


「そういえば街の住人がそんなことを話していたな。貴様の過去の奇行という形で……。一時期、狂ったようにとても独創的な武具や防具を作るのに嵌っていたとか何とか言っていたが」


「ああ、事実だなそれ。いや、やり始めると結構面白くて止まらなくて……色々とストレスもあったからなー、当時は。その反動というか」


「それで作ったはいいものの管理はギルドに任せて押し付けたと?」


「別にネタ装備だけを押し付けたわけじゃないから……。レンタル装備としての寄付の割合で言えば圧倒的に普通の装備の方が多いんだ。まあ、一回使って満足したから邪魔だったのは確かだけど」


 ギルドのレンタル装備保管所、その一つに奇妙奇天烈な装備が集められている特殊な一画があるという噂があったりする。


「≪プリンハンマー≫とか有ったな」


「えっ、なんですかそれ。なんか美味しそうな名称……」


「今度見てみろ。凄いプニプニしてて面白いぞー」


「貴様、結構楽しんでたんだな……」


 ルキに見た眼に特徴のあるネタ装備のことを説明していると、スピネルは形容しがたいジト目をしながらそう呟いた。


「思い返してみると結構アレな見た目の防具や武具って結構あるな」


「言っておくがお前が記憶している以上にあるからな? 天月翔吾が死んで以降のことは知らないだろうが、当然ゲームのアップデートは続いていたんだからな。それに応じて新装備なども――」


「な――っ!?」


 ある意味、当然と言えば当然とも言えることを彼女の口から聞かされて俺は衝撃を受けた。

 まるで雷が奔ったかのような衝撃が全身を貫いた。



「必要素材のレシピをお願いします!! とりあえず、片っ端から試したい!」


「今はそっちよりも≪龍殺し≫の方だろうが! そんな色々やれるほど、リソースは余ってないだろうが!」



 咄嗟に口から出た頼みは、スピネルの突っ込みによって一刀に切り伏せられてしまった。

 まあ、都市を上げて来るべき時の為に急速に準備を進めている段階だ。

 頼りになるルキも本筋に掛かり切りになって貰っている以上、確かに余力がないのも事実。


 ――色々問題が解決したら改めて吐かせよう。いや、自分で探すのもそれはそれでありか……?


「全く……ただ、まあ、なんだ。色々と貴様が知らない武具もあるだろうが、少なくともこういったデザインの武具はなかったな。ネタ装備とか言われる奇抜なデザインの武具も多いが、なんというか系統が違うというか何というか……なんで光るんだ?」


 スピネルが言っているのは恐らく≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫を使用した際にSFチックに蛍光色っぽく光る刀身の紋様の事だろう。


「≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫の力を使うためにはああなっちゃうんじゃないのか?」


「いえ、あれは趣味です」


「趣味なのか!?」


 てっきりそんな感じの仕様上の機構だと思っていたのだが、ルキにあっさりと否定されてしまった。

 別に無くても問題はないらしい、というかああいった演出を見せるためにあえて手間すらかけたとか。



「だってカッコいいじゃないですか!」



 というのがルキの主張だ。

 俺は全面的に同意する。


「カッコいいって……まあ、使っている当人が気に入っているならそれに越したことはないんだろうが。それで? 今回の実験とやらは≪龍殺し≫の強化のために必要だと聞いていたがどんな風に強化するんだ? というか聞いている限り、≪龍≫属性なんていう対龍特攻の属性武具というだけである程度完成しているようだが」


「ああ、いえ。私の≪龍殺し≫はこれでは完成はしていないんです。あくまで基礎的な段階が済んだだけで、今回のテストでアルマン様のE・リンカーの発する信号を大まかに解析出来たのでそれをフィードバックしてモンスター側のナノマシンとのシンクロ適合率を向上させて、拡大させることによって――」


 ぺらぺらと喋り始めるルキに対して、その内容を半分ほど聞き流しながら俺はまた長くなりそうだなと思いながらふと時計を見ると、次の用事の時間が迫っていることに気付いた。




「ルキ、済まないがそろそれ俺は政庁に行かないと。会議があるんだ」


「っと、そうでしたね。データは既に取っているので大丈夫ですよ。いいところだったのがアレですけど」


「スピネル相手にでも話しておいてくれ」


「おい、バカやめ――」






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