第二百十話:帰還
凱旋パレードというものがある、大物のモンスターを狩った時に起こる習わしだ。
とはいえ、このロルツィング辺境伯領では大型モンスターなどしょっちゅう狩られるので、その中でも特に狂暴で並の狩人では手が付けられなかったモンスターだったり、被害を出し続けていたモンスターの狩猟に成功した場合などだ。
「うおぉおおっ! すげー!」
「あれがアルマンの……」
「人知れずに狩ったのだと!」
とはいえ、今回の凱旋パレードの目玉は誰が見ても大物という基準に相応しき獲物だった。
六龍の一つ、冥霧龍の亡骸と共に帰還した俺は歓声と共に称えられた。
「アルマン様は何かしら騒ぎを起こさないと気がすまないのでしょうか? 確かただの調査だったと記憶していたのですが?」
「すみません」
まあ、そんな外の歓声とは裏腹に俺はやってきたシェイラにくどくどと文句を言われていた。
彼女からしてみるとただの調査で街を出たかと思いきや、帰ってきたら≪龍種≫を討って帰って来たのだ。
このパレードの用意や街の住人への布告なども急遽行ったらしい。
どうしたって目立つ以上、あらかじめ準備を行って派手に取り仕切った方が混乱も少なくなる。
こうしてシェイラの睡眠時間は短縮された。
「アンネリーゼ様やエヴァンジェル様も出て行くなら、もうちょっと私の方に伝えていくとかですね」
「「ごめんなさい」」
ついでに言えば、アンネリーゼたちは俺のピンチに気付いて≪アトラーシス号≫で駆けつけてくれたわけだが、その際に特に詳しく説明とかはせずに≪グレイシア≫を出て来たらしい。
迅速な動きだったからこそ、俺は辛うじて命を拾えたのだがそれはそれとして困るのはシェイラである。
領主である俺が≪グレイシア≫から離れ、ついでにアンネリーゼやエヴァンジェルらも飛び出してしまっては気が気ではない。
命令上位者が行方不明となってしまえばトップは彼女だ。
何かしらのトラブルや事件が発生した場合、全ての処理をすることになる。
こうしてシェイラの睡眠時間は短縮された。
「とりあえず、アルマン様。しばらくは執務室に缶詰めですからね。決裁が必要な資料がたまっていますので」
「えっ。いや、俺としては≪
「は? やめますよ?」
「はい、わかりました。お願いですからやめないでください、シェイラ様。そこら辺は合間合間にするので……ええ、はい」
シェイラの目に俺は一瞬で前言を翻した。
だって本気なんだもん……。
――最近の急速な軍拡路線で色々無理をさせ過ぎたかもしれない。
彼女がストライキを起こした場合、間違いなく≪グレイシア≫は機能を停止するので俺は大人しく降伏することにした。
「ルキ、そっちの解析とかは頼む。ルドウィークも」
「任せてください! ≪イシ・ユクル≫の素材も使っていいんですよね! ね! 試したい技術も……ふひひ、≪龍殺し≫ももっと強化して」
「まあ、乗り掛かった舟だからな。一応、分析や精査はまあいいんだが……なあ、ルキの面倒は別の誰かに――」
「さあ、行きますよ。
「おい、待て。今、私のことをなんて……って、引っ張るな!? 力が強いなぁ!?」
「ルキ……≪
「っ、はい!! 任せてください!」
「ああ、ルドウィークに存分に手伝って貰え」
「ふざけるなぁ!? なんでやる気で刺激して、こいつは確かに優秀だが付き合うのは……やめろ、離せェ!」
ルドウィークは悲鳴を上げているが放置だ。
残念ながら常時ルキのテンションの相手をするのは疲れる。
多分、地下研究所で得た資料のデータの整理やら≪龍殺し≫の研究の推進などもあるだろうから……しばらくは寝かさないぞ、状態なのは間違いない。
「南無」
「いや、可哀想だと思うなら助けてあげたらどうです?」
「シェイラが変わって監視するなら……」
「遠慮しておきます」
「こっちも変なの作っても驚き過ぎないように覚悟しておくから、ルドウィークも頑張れ……はい」
「頑張るってそっちの方面なんだね。予想外のものを作ってくるのはもう諦めているんだアリー」
「まあ、ね」
せめて、事前に言って欲しいという気持ちはあるがルキの力は必要なので好きにさせるしかない。
っていうか≪
「アルマン、ご機嫌ねー。やっぱり、ルキちゃんの武具が気に入ったから?」
「そうなんですか、アンネリーゼ様」
「ええ、アルマンはモンスターの討伐だけならそこまで機嫌は持続しないんだけど、気に入った武具とかが手に入ったり、上手くその力を発揮出来て満足に戦えた後の機嫌は長く続くから」
「おや、おやおや?」
揶揄うような視線をエヴァンジェルが飛ばしてくる。
俺はその視線から微妙に逸らして対応するしかない。
図星だからだ。
「結構、子供っぽいところがあるから」
ぐさりっと突き刺さった。
「母さん……」
「ふふっ、でもいいじゃないか。確かに良いセンスをしていた≪大剣≫だった。見ていたけど随分と様になっていたよ、アリー」
「っ、そうだろう? うん、中々にな」
「ええ、とってもカッコよかったわ」
戦いを見ていた二人の言葉に俺は気分が良くなった。
――そうだよ、あれだけかっこ良かったんだ。ちょっとぐらいはしゃいだって仕方ないことのはず。
うんうん、自分を納得させていると更なる追撃。
「じゃあ、今度あの武具を持って構えているところをスケッチさせてね? 防具も今回ので。≪イシ・ユクル≫を倒した時の再現をする感じで。本に収録するから」
「ああ、じゃあ私もフィギュアを作るからその特にその協力を……」
「はい、エヴァ。そして、母さん」
一転してしょぼんとする。
仕方ないとは思うし、それぐらならという気持ちがないわけではないのだがどうにもモデルになるのだけ慣れない。
もしかしたら、英雄をやるには必要なのかもしれないが。
「あっ、もうそろそろね。我が家は」
「アルマン様、一先ずはしばらくの休憩。その次は……わかっていますね?」
シェイラからも釘を刺されつつも俺たちを乗せた≪アトラーシス号≫は自宅の前まで辿り着いた。
なんか普通に足に使っているな……と思わなくもないが、どう考えてもこの世界の世界観をぶっ壊している乗り物だというのに、俺の乗り物だからということで納得されて受け入れられているらしい。
それはそれでどうなんだと思う気もするが、実際とても早く移動出来て中には冷暖房まで完備しているので正直普段の足に使いたいのも事実。
とはいえ、しばらくはルキの便利な研究施設として酷使されるのだろうが……。
「ほら、アリー着いたよ?」
「っ!? あ、ああ、すまない」
そんなことをぼんやり考えていると不意にエヴァンジェルに手を引かれた。
柔らかな同世代の女の子の手の感触に俺はドキリとするも、咄嗟に表情を隠す。
エヴァンジェルと手を握ったことなど、既に何度もあるというのに俺の理性を離れて起こる動揺を狩人として培ってきた冷静さで抑え込む。
これでバレていない――
「……ふーん。ルキの言った通りか」
――はず。
何か聞き逃せない言葉をエヴァンジェルが呟いていたが、それに気を回せるほどの余裕は俺には無かった。
「少し疲れを癒してからにしようか、アリー。資料仕事も大変だろうし、僕も手伝うよ」
「そうか? エヴァの手助けがあればずっと楽に……あのエヴァさん?」
何故かただ単に手を繋ぐだけではなく、指を絡めるようにして握って来るエヴァンジェルに俺は思わず敬語になった。
「いや、なに……これは攻め時なのかなって?」
「え、エヴァさんー?」
「ふふっ、逃がさないから」
愛らしく顔を寄せ囁いてきた愛しき婚約者の姿に俺はただただ思った。
どうやら、また厄介な問題が浮上してきたようだ。
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