第二百九話:三体目の龍の骸
「おい、さっさと運べ! まだたくさんあるんだぞ!」
「こりゃ、大変だ」
「こっちにもだ! 人手を頼む!」
「こいつは酷い、これじゃあ死の森だな……」
ざわざわ、わいわい。
少し前までは生き物の気配一つなかったアルサ地区の森。
だが、一帯を覆っていた霧も雲も晴れて三日ほど経ったその場所には大勢の人と飛び交う怒号で満ちていた。
「いやー、凄い騒ぎですね」
ルキが他人ごとにように忙しく動き回る彼らの様子を見ながら呟いた。
実際、他人事なのだろうが。
「そりゃあ、あれだけのモンスターの死体が出て来たんだもの……≪ニフル≫も目の色を変えるわよ」
「労せずに大量の素材が手に入るとなれば、それこそ大枚を払って急遽これだけの人手を集めてでも回収をしたくはなるだろうね。僕だってそうする」
「≪イシ・ユクル≫の接近には全く気付いていなくて倒したのもアルマンなのに……」
彼らは≪ニフル≫から派遣された者たちで、その目的は一帯に残された無数のモンスターたちの死骸だ。
考えて見れば当たり前なのだが、≪イシ・ユクル≫がこの一帯に現れたのは俺とルキが地下に潜っていた間。
様々な情報を複合すると数日間に渡ってこの近辺に居座っていたのだと推測される。
その期間、ずっと≪冥霧≫の影響で眠らされていたのだとしたら……普通に死んでいてもおかしくはない。
というか実際に、だ。
≪イシ・ユクル≫を倒した後、俺たちは一度≪ニフル≫へと撤退して改めてここに訪れたのだがそこら辺に死骸が転がっていたのだ。
その数は恐らく、大小のモンスターを含めて三桁に近い……と報告を受けて≪ニフル≫の政庁は驚愕し≪緊急
大量の狩人に、それに守られた運送業者や解体業者がモンスターの死骸の運送計画を真剣な表情で練っている。
何せモンスターの死骸……それもほぼ外傷による損壊もない、衰弱死したモンスターの死骸など素材の宝庫、宝の山といっていい。
それが大小含めて三桁……。
「≪災疫事変≫の時の後始末を思い出すわねー」
「ああ、あの時も大変だった」
思い出したくもない記憶だ。
「大量の素材、部位による需要と供給量の試算を出して……≪グレイシア≫内での素材価格の安定の為にロルツィング家での買い上げ作業やら何やら」
思い出すだけでも恐ろしいデスマーチだった。
俺はモンスターの頂点である≪龍種≫の≪ドグラ・マゴラ≫を倒しておいて、書類仕事でシェイラと共に殺されかかったのだ。
――まあ、今回に関しては≪ニフル≫に事後処理を任せればいいので気楽ではあるけど。
「うーん、でも勿体ないなぁ。アリーのお陰でもあるんだからちょっとぐらい≪グレイシア≫にも……」
「≪グレイシア≫まで運ぶとなると手間がかかり過ぎるからなぁ。まあ、≪ニフル≫でやってくれた方が色々と早い」
≪ニフル≫は≪ニフル≫でまだまだ大変という話でもあるわけで、少しでも補填のチャンスを掴みたいのだろう、それは動員された人の多さからも伺えた。
本来であれば一帯はモンスターの活動領域であり、大勢の人の動員など大型モンスターを刺激することに繋がるため滅多なことでは出来ないが今回は例外だ。
≪冥霧≫の影響で周辺のモンスターが眠ったまま死ぬか、影響から逃れたモンスターも周辺から逃げ出しているという事情もあっての力技だ。
「まあ、しばらくすればまたモンスターも戻ってくるか別の縄張りのモンスターたちが流れ込んで来るか……どちらにしろ、一時的なものだろうけど」
「束の間の平和というやつですね。その間に何としても取れる分だけ回収しようと」
「そういうことだな。まっ、頑張って貰いたいものだ。……後で税が沢山取れる」
「あー、アルマン様ー。あくどい顔してるー」
「正当な領主としての権利の行使だ」
≪ニフル≫から派遣された人々が忙しそうに行き交う中、俺たちは≪アトラーシス号≫の近くでシートを広げて食事をのんびりと取っていた。
忙しそうにしている彼らには悪いのだが、ここに残っているのはただの見学のついで……今日の午後には≪ニフル≫へと出立することになるだろう。
「あー、アリー。そっちのアンネリーゼ様のホットサンド……僕にも一口」
「そうですよ、アルマン様ー」
「ダメだ、これは俺が確保した最後の一つだ。やるわけにはいかないなー?」
「もう、アルマンったら」
≪ニフル≫からの食糧の融通があったので、≪アトラーシス号≫の中に置いていたキャンプ用具でアンネリーゼがテキパキと作た料理に舌鼓を打った。
一週間しか経っていないとは思えないほどに濃密な時間を送った気がする。
だが、その疲れもこうしてアンネリーゼの手料理を食べていると回復していく気がした。
「おい、どうやら準備も終わったようだ。そろそろ運び出すらしいがそれでいいか?」
「ああ、そうか。問題ない。そのまま進めてくれ。手間をかけると伝えておいてくれ」
「むしろ、光栄で孫の代まで自慢が出来ると喜んでいたがな……。まあ、伝えておこう。それよりも私の分の昼食は?」
「すまん、今全部食べ終わった」
「おい」
やってきたのはルドウィークだ。
話がついたのか報告に来た彼はその端正な顔を歪めた。
「アルマンがパクパク―ってね? すぐに作るから待っててね?」
「あ、いや……」
アンネリーゼはそういうとテキパキと食材を調理し始めた。
ルドウィークは咄嗟に止めようとしたのか口を開くも、やはり食べたかったのか口を気まずそうに口を閉ざした。
そんな中、ギィという音が響いた。
三日前とは全く別の喧騒に満ちた一帯ではあったものの、何故かその音はとても響いた。
「あっ、アルマン! 来ましたよ!」
「おぉおおおっ! あれがアリーの倒した……スケッチしなければ」
ルキとエヴァンジェルの声に促されるように、俺がそこに視線を移すと大型モンスターの運搬用の荷車に乗せられた≪イシ・ユクル≫――その亡骸がそこにはあった。
死してなお、その強大な力の感じ取れる威風に狩人たちは慄くように見ている。
紛れもない伝説。
一帯をただ居るだけで死の森へと変えた冥府の龍……それこそが、≪イシ・ユクル≫。
そして、それを討ったのは稀代の――このロルツィング辺境伯領の英雄。
「英雄、か」
「どうしたの?」
「それになるしかないなら……なってやるさ」
「……そっか。私は何時も一緒よ、アルマン」
「ああ、ずっと一緒だ」
これで≪龍種≫を三体打倒したことになるわけだ。
だが、そこに達成感は……無いわけではないけど。
少し溝が出来ていたアンネリーゼとの関係も改善し、こうやって気兼ねなく喋れるようになったことの方が俺には価値のあることだった。
「うん、美味い」
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