第二百七話:英雄の胎動
ルドウィークにとって世界はさしたる意味を持たないものだった。
世界は創り物で、自身さえも人の業の果てにより生まれたもの。
人に限りなく近く、だがどこか違うエルフィアン。
そして、決して先へと辿り着かぬ「楽園」の真実。
どのように頑張ろうと終わりは決まっている。
ならば世界にどれだけの価値がある?
そう思っていたのだ。
行き止まりの世界、「ノア」という名の神に支配され繰り返す世界。
だけれども。
「なるほど、そんなことが……」
ルドウィークはルキからアンダーマンの地下施設での出来事の概略を聞き思わず呟いた。
「「英雄計画」……。アリーはそのために」
エヴァンジェルやアンネリーゼも衝撃を受けているようだが、それはルドウィークとて一緒だ。
そんな策謀を巡らせていたとは……と出し抜かれた気持ちも確かにあるが。
「――英雄を創る、か」
彼の眼はモニター越しの外――
≪アトラーシス号≫は戦闘に巻き込まれないだけの距離を取ると何時でも動ける状態のまま停止した。
戦いの行方を見るため、センサーを駆使して霧の向こうの二つの存在のぶつかり合いを四人は見ていた。
その戦い振りを見ていた。
「アルマン……」
「アルマン様」
「アリー」
エヴァンジェルたちが心配そうに見つめる中、ルドウィークはただその姿に魅了された。
アルマン・ロルツィングという狩人の戦いぶりに。
「これが≪龍狩り≫の戦いか……」
純正のエルフィアンであるルドウィークは、市井の者にすら劣る程度の力しかない。
一応、エルフィアンというのは「楽園」の備品に近い性質を持っているがために、モンスターからは多少狙われづらい程度の特徴も持つが……それは絶対ではない。
まともに襲われればまず食い殺される。
力、という意味ではモンスターに劣る人よりも更に劣るのがエルフィアンだ。
無論、だからといってそれで済ませているわけでなく、力の代わりに知識で色々と補えるところは補ってはいるのだが……個としての弱さ、という事実は変わらない。
だからこそ、ルドウィークは恐ろしい。
本来は遊興の為に消費されるためだけにデザインされた生命。
だが、安全装置が壊れ、設定通りに他の生き物の命を奪おうとするモンスター。
只人よりもなお、ルドウィークたちは恐れている。
そして、それは当然のようにモンスターの頂点である≪龍種≫にも向けられた。
モンスターを広域に操り、狂乱の大行進を引き起こす災疫龍。
ただ巨大で強く、頑強で、山すらも吹き飛ばすブレスを吐き出す溶獄龍。
一つの森を眠りの霧にて問答無用で支配し、眠らぬ敵も見通せぬ霧の中で縦横無尽に攻め立てる冥霧龍。
どれもこれも恐ろしい。
まともにやれば一線級の狩人がどれほど死ぬのか。
どれほど消費すれば討つことが叶うのか……そんな災害であろう。
そんなものが複数体だ。
「新しき世界へ、世界を進ませるには全て狩らねば……」などと、ルドウィークたちが諦めて≪神龍教≫として動くようになったのは仕方のないことだったと思っている。
前回の被害だってそれほどのものだったのだ
モンスターの頂点である≪龍種≫。
その力は間違いなく本物で――
だからこそ、その災厄相手にただ一人で立ち向かい互角の戦いを繰り広げる≪龍狩り≫の強さが際立った。
ルドウィークの知っている≪龍種≫との戦いは≪ジグ・ラウド≫の時のように、大量の狩人を動員した戦い方が普通だった。
とはいえ、≪ニフル≫の件は少々特殊で≪ジグ・ラウド≫の特性も生かしたルキの兵器の活躍によって鮮やかに倒されたが……。
一線級の狩人を集め、徒党を組んで戦いに挑み、そして少なくない犠牲の果てに――何とか勝利を得る。
それがこの「楽園」での≪龍種≫との戦いの……常識だったはずなのだ。
だというのに――。
――あの強さはなんだ?
確かに未完成といえどもルキの≪龍殺し≫は、≪龍種≫相手にかなりの効果を発揮しているのは見て取れた。
あの強靭な防御力を突破して≪イシ・ユクル≫の
煉獄の朱と闇色の輝きが軌跡を描くたびに、≪イシ・ユクル≫の身体に確かな傷が刻まれていくのだ。
何という武具だ。
設定上における最高峰の武具でもここまでのダメージは与えられない。
それを考えれば……ああ、なるほど見事な武具であると称賛しよう。
だが、違うのだ。
違う、違う違う。
ルドウィークは知っている。
≪龍種≫との戦い、そこで一方的なまでに揮われる≪龍種≫の力の暴力の嵐を。
≪龍狩り≫によって負わされたダメージに、遂に耐えかねたように≪イシ・ユクル≫は大咆哮を上げた。
森を覆っていた白き霧はその咆哮に吹き散らされたかのように消えた。
「弱って来たからこそ≪冥霧≫の発生が出来なくなったのか?」などと勘違いさせるような行動だが……実際のところは違う。
ゲームだったらムービーが入っていたであろう行動の後、≪イシ・ユクル≫の身体が禍々しいほどの赤みがかった紫へと変わる。
そして、今度は血のように毒々しいまでに紅い霧を発生させた。
≪血霧≫状態へ移行したのだ。
≪イシ・ユクル≫が通常時から攻撃特化モードへと変わり、発生させられた≪血霧≫は≪冥霧≫のように一帯の広範囲に広まらず、≪イシ・ユクル≫の周囲に纏わりついたかと思うと変幻自在に蠢き、不意に≪龍狩り≫へと襲い掛かった。
触手のようになった≪血霧≫が、
硬質化して鋭利な刃物のようになった≪血霧≫が、
針のようになり広範囲に同時に放たれた≪血霧≫が、
攻撃特化というだけあって攻撃力も激増、攻撃パターンの変更。
更に先程までの爪や牙や尾、そしてブレスの攻撃も加わるのだから、その勢いはすさまじい。
如何に一線級の狩人といえど、これほどの猛攻を凌げる者はそうは居ないと確信できる。
だからこそ、討つことが出来た先人たちは多大な犠牲を覚悟の上で立ち向かって倒すことに成功したのだ。
だというのに――
「凄い……」
「アリー」
「これが英雄……求められていた
騒いでいる三人の声がルドウィークの耳にも届いた。
だが、湧き上がるのも無理はない。
ただの人間でありながら、龍と互角に――いや、むしろ勢いとしては圧しているなど、と。
≪イシ・ユクル≫の動きを先読みするように回避し、死地にも近い暴力の嵐を勇猛果敢に踏破し、二色の輝きをその軌跡に残滓に残す一閃の力強さ足るや――
そこには紛れもなく英雄が居た。
そんな存在が居てくれればいいと、下らなくも願った存在が確かにそこに居たのだ。
「これでは……夢を見てしまうではないか」
そんなことをポツリと呟きながら、ルドウィークはただ人と龍の死闘を見届けた。
決着はもうすぐだ。
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