第二百五話:≪龍狩り≫の手に≪龍殺し≫を


 ≪アトラーシス号≫

 本来は≪深海の遺跡≫の緊急用な施設からの脱出艇であり、水陸両用で活動可能なハイテクな乗り物である。

 緊急時の際、もしもの時のことを考え重要な生体資料などの持ち出しも想定された特殊な脱出艇なのか、単に人の救難にだけ特化しているわけではなく多様な機能が内蔵されていた為、これらはルキの玩具……もとい、研究のサポートをするために普段は用いられている。


 まあ、単純に流石に乗り回すには異物過ぎて使いづらかったというのもある。

 説明もいちいち面倒だったし。


 そんなわけでルキの個人ラボの一つとして使われてていた≪アトラーシス号≫。

 その後部にある区切られたスペースを彼女の先導のもとにはいると、そこには巨大な液体の入ったシリンダーのようなものが横たわっており、そしてその中にはが浮かんでいた。


「これが……」


「私が構想した≪龍殺し≫……その試作機です。一先ずの完成を優先して速度を優先しているので、武装の小型化は無理だったのでポピュラーな≪大剣≫型にしたんですけど……大丈夫でしたかね?」


「ああ、問題ない。俺が一番初めに使ったのも≪大剣≫だった。初心者はこれから始めるといいと有ったからな……天月翔吾としても、アルマン・ロルツィングとしても、≪大剣≫から始めたんだ。まあ、浮気性だったから一筋というわけではなかったけど」


 俺は無意識にシリンダーの表面を指先で撫でていた。

 透明な樹脂のようなもので出たきた向こう側に浮かんでいる≪大剣≫は、一度として見たことのない武具だった。


 ≪大剣≫としては標準的な先端から柄頭まで二メートルほどの大きさ、刃幅は太く分厚い両刃の形状で刃の全体はメタリックな深い漆黒の色をしていた。

 全体的にシンプルなデザインではあったが特徴としてよく見ると刃の部分には溝の筋のようなものが幾つもあったり、柄頭の部分には宝石のようなものが嵌められていた。


 俺の知識に無い武具。

 この世界で生まれたオリジナルのアーティファクト。


 そういう状況じゃないというのは重々承知の上だが、少しワクワクしてしまうのは……しょうがないことではないだろうか。


 未知の武具というだけで色々と期待してしまうというのに、実質俺専用の武具といってもいいのだ。

 その単語に少年心を擽られるのは間違った反応ではないはずだ。


 ――ほら、俺って十七歳だしね?


 そんな俺の様子を見て微かに笑いルキが機械を操作するとカバーが開き、手に取れるような状態になった。

 俺は僅かに逡巡するもルキに促されるままにその≪大剣≫を手に取った。


 ズシリッとした頼もしい重さが手に取って伝わってきた。

 握り締めると同時に感じる力の脈動……これでもこの世界で一番多く武具を使った自負がある俺の目からしても、一級品であるのは疑いようのない武具だ。


「名前は?」


「まだ決めてないんですよねー。未完成ですし……だから≪龍殺し≫の名を冠するのもアレかなーって。アルマン様、決めます?」


「いや、お前の作品だろ?」


「≪龍狩り≫の英雄あってこそですからねー」


「むぅ……」


「ああ、でも、そうですね。だったら……」


 専用の鞘も用意していたのだろう俺の後ろに回ってガチャガチャとやりながら、ルキは揶揄うような声をかけながら少し考えるように黙り答えた。




「よし、ならこの≪大剣≫の名は――≪屠龍大剣・天翔シャウラ・グラム≫とでもしましょうか」




 ここに未完成とはいえ≪龍殺し≫が≪龍狩り≫の名を持つ英雄へと渡されることになった。



                   ◆



「それではアルマン様……」


「ああ、行ってくる」


 準備を万端に整えて、俺は≪アトラーシス号≫の後ろのハッチへと向かった。


 相も変わらず≪イシ・ユクル≫には追われたままの状態。

 余程俺に刻まれたのが嫌だったのか、もしくはアンネリーゼに頭部を跳ね飛ばされて地面を転がったのが気に障ったのか……あるいはその両方か。


 兎にも角にも完全に狙われてしまっている現状だ。

 ≪アトラーシス号≫の速力では振り切れない……いや、ある意味で振り切れてしまって困るのだ。

 逃げられて体勢を立て直されて再度仕掛けられる方が色々と困る。


 結局は倒さなければならない敵だ。

 ある意味ではチャンスと言える。



『うぉおおおおっ!? ブレス! ブレスを撃ってきたぁ!』


『ああ、もう下手! ちゃんと最小限で回避をですね!』


『無茶を言うな!? 森の中で木々だらけで何なら眠りこけて地面に転がってモンスターとかも居てだなぁ……!?』


『全部、吹き飛ばせばいいでしょう! もう、貸して!』


 ドガガガガガッ!!


『人の心がないのか!? あと豪快過ぎるだろう!?』



 運転席から聞こえて来るルドウィークとアンネリーゼの声。

 それと同じくして震えが激しくなる≪アトラーシス号≫。

 バギバギとかいう音は木々を吹き飛ばしている音なのだろうと推察はつくのだが、生っぽい「ぐちゃっ」とか「べちゃ」とか言う音は何なのだろうか……たぶん、変わった雨音なのだろうと俺は納得することにするにした。


「アリー……」


「すぐに帰って来るさ」


「……なんかフラグっぽいよ、それ」


「変なことばっかり覚えて……まあ、いいや。帰ったら改めて伝えたいことがある。だから、待っててくれ」


「ああ……待ってるよ」


 見送るように付いてきた二人へ俺は言葉を残した。

 無論、負ける気はさらさらなかったが。


「えっと……アルマン様。その……」


「≪龍殺し≫の功績」


「えっ」


「とりあえず、一つ打ち立ててくるから」


「ふぇ?」


「次はもっとすごいの期待しているからな?」


「………へへっ。と、当然ですよ! もっと凄い、≪龍殺し≫の伝説の一品に相応しいものを作ってあげますから……! だから、怪我とかしないで帰ってきてくださいね?」


「勿論だ」


 俺はまた約束を一つ増やした。

 そして、後部のハッチを開いて≪アトラーシス号≫を追う≪イシ・ユクル≫と――再び相対した。




「じゃあ、始めようか。≪ドグラ・マゴラ≫はただの博打だった。≪ジグ・ラウド≫は嵌めて、≪ニフル≫の総力を結集して倒した。でも……それじゃあダメなんだよな。俺が英雄なら……主人公なら。一人で≪龍種≫オマエを倒せるぐらいは出来ないと……だから、決着をつけようか。俺が英雄になるために――」




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