第二百四話(2/2):ノーブレーキ


「よくあの森の中で居場所を見つけられたな……視界が利かないのに」


「ああ、それは≪アトラーシス号≫にあった熱源センサーとかソナーとかを使ってね」


「苦労したんだけどな。文明の利器……世界観を壊す便利具合だ」


 まあ、≪アトラーシス号≫は「楽園」にとっては完全な異物なので仕方ないかもしれないが……。


「それにしても本当に驚いたよ。何とか見つけることには成功したけど、アリーは今に食べられそうな場面で……それを見た瞬間、アンネリーゼがアクセルを全開にして――」


「それであれか。なんて無茶を……」


「だってだって、アルマンを虐めようとしてたんだもん! アルマンをこんなに傷つけて……うぇぇええっ!」


「いや、これの大半は……」


 自分でやったものから、言い出しかけてハタと口を止まる。

 仕方なかったとはいえ自傷しながら戦っていたとかいえばさらに心配させてしまう気がした。

 チラリと視線を飛ばしてルキの方を見つめた、彼女なら俺の様子からやっていたことを見抜いていてもおかしくはない。


「…………」


 ルキは俺から回収した≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の刃をしげしげと眺め、次に俺の身体の傷跡に視線を飛ばしている辺り、気づいてはいるようだが……。


「……むぅー!」


 何故だかとてもムスッとしていて不機嫌そうなオーラを放っている。

 やっぱり自傷のことは素直に言わない方がいいようだ。


「あー、泣かないでくれ母さん。これぐらいは平気だからさ」


「こんなに傷だらけで平気なわけないでしょ! ……いえ、アルマンは平気でも私の心臓には全然平気じゃないわ! アルマン、ごめんなさい……何時だって万が一がある。そういう世界にアルマンは身を置いてるって知ってたのに」


 アンネリーゼは泣きそうな顔で続けた。


「それなのに私ったら自分のことで一杯で距離を置いて……」


「母さん」


「あれでお別れかと思って心底怖くなって飛び乗ってここまで来た。そして、殺されそうになったアルマンを見た時には無我夢中で……」


「母さん」


「無事なアルマンを見た時にはホッと力が抜けて、でもよく見るとアルマンは血だらけで傷ついてて血の気が引いた。……あと一歩遅ければ貴方を失っていたかもしれないと思うと、私は本当にバカなことをしたと思ったわ」


「母さん」


「失いかけてよくわかった。アルマン、私は貴方を愛している。この世界の誰よりも。仮にアルマンの本当の親が別にいるとしてもそれだけは――」


「愛してる」


「……はぇ?」


「アルマン・ロルツィングはアンネリーゼ・ヴォルツを愛している。我が母よ、それだけは確かなことだ。だから、それだけは信じて欲しい」


 アンネリーゼの独白を無理矢理に止めるために、その頬に手を伸ばして無理矢理に視線を合わせて言った。

 帝都に居る時も鬱に入った時の彼女にはよくやったなと思い出した。


 だが、あの時とは違う。


 俺はただ真っ直ぐな気持ちを今は伝えられる。


「母さん、俺は母さんのことを誰よりも母として愛している。それだけは信じてくれ」


「っ、ええっ、勿論よ。だってあなたは大事な最愛の息子。アルマンの言うことだもの信じるわ!」


 事情を伝えたわけではない。

 だが、長年の心の奥にあった蟠りが取れて改めた告げたその言葉にアンネリーゼは何かの変化を感じ取ったのだろう。

 感極まったように俺に抱き着いた。

 幼い頃から全くと言って老いているようには見えないアンネリーゼの身体は、何時の間にか小さくなってしまったが安心できるのは変わらない。



 ただ、無言で抱きしめ合う。

 そんな穏やかな時間が十数秒ほど続くも――



 不意に車内に振動が起こった。

 グラグラと揺れたかと思うと続いて≪アトラーシス号≫の運転席から怒声が響いた。



「感動的な場面のところ! 大変申し訳ないのだが! 現在、カーチェイスの最中であること忘れていないか!? 何とかしろ≪龍狩り≫ィ!!」



 それはルドウィークの悲鳴交じりの声だった。

 チラリと社内の天井付近に投影されている空中ディスプレイには、現在爆走中の≪アトラーシス号≫の後方の映像が映し出されていた。


 そこには片翼を負傷しているためか凄まじい勢いで大地を疾走し、≪アトラーシス号≫の後ろを猛追する≪イシ・ユクル≫の姿があった。


「さて、色々言いたいことはあるけど。全ては終わってからだな」


 俺はそう言ってベッドに横たえていた身体を起こす。

 そして身体の具合を試すように動かし、数々の回復アイテム確かな効果を発揮したようだと再確認した。


「アルマン……」


「アリー」


「信じててくれ。俺は必ず勝つから……その後はゆっくり話をしよう」


 そう言って二人に笑いかけると俺は床に足を下ろして立ち上がった。

 ≪睡眠≫対策である≪覚醒薬≫も飲んだ。

 ≪ハッスルダケ≫とは持続時間がまるで違う対策用のアイテムだ。

 予備もある以上、これで心置きなく戦える。


 次は負けない。

 心に近い、改めて戦いに向かおうとする俺に対し、


「お待ちください、アルマン様」


 ルキの声がかかった。





「≪アトラーシス号≫で来てくれてよかった。まだ未完成ですけど……≪龍狩り≫アナタの為の≪龍殺し≫武具を渡します」



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