第二百四話(1/2):ノーブレーキ



「……は?」



 あまりの急展開に俺は間の抜けた声を上げることしか出来なかった。

 だってそうだ、飛び掛かって来る≪イシ・ユクル≫相手に覚悟を決めたと思ったらいきなり横合いから露われた影が吹き飛ばして……いや、違った。


 もっと正確に状況を表現するならば、その質量と加速による運動エネルギーでというのが正しい表現になる。


 空中という咄嗟の踏ん張りのきかないタイミングで、しかも片翼を俺がかなり痛めつけていたのもあったのだろう、≪イシ・ユクル≫はもんどりをうって地面に転がった。

 ≪龍種≫の中でも小柄とはいえ、大型モンスターがその身体をこうも飛ぶ様子を見るのは滅多なことでは見られない光景であった。


 次いで鳴り響く、


 ≪イシ・ユクル≫を跳ね飛ばした影がその勢いに制動をかけた音だ。

 土砂降りの雨でぬかるんだ地面ではかかりにくかったようだが、ドリフトするように横滑りすることで無理矢理に止まったらしい。





 この「楽園」内で唯一といっていい駆動を響かせる車体――≪アトラーシス号≫のハッチが開き、そこから一人の女性が飛び出してきた。


 その人を俺が見間違えることは決してあり得ない。



「アルマン! 無事?!」


「母さん……!?」



 アンネリーゼ・ヴォルツがそこに居たのだ。



                  ◆



「アルマン様……良かった!」


「ああ、もう。傷だらけで……ほら、≪高回復薬ハイ・ポーション≫! それから≪活力薬スタミナ・ポーション≫、あとはえっとえっと……」


「ルキ、無事だったか……良かった。エヴァまで……一体」



 状況について行けずに困惑する俺はアンネリーゼの手によって≪アトラーシス号≫に押し込められると、そこにルキとエヴァンジェルの姿があった。

 何とか現状を把握しようと尋ねるも、



「いいから、そこに横になるの! アルマン!」


「はい」



 アンネリーゼの一喝に俺は大人しく車内に用意されていたベッドへと横になった。

 元々、脱出艇として作られた≪アトラーシス号≫の中に救護者向けに用意されていたものだ、救護者への負担が無いように設計され、更には諸々の検査も同時に出来る優れものだ。

 操作用タッチパネルをルキが難しそうな顔をして操作しているのが見える。


「なあ……」


「黙って。ほら、飲んで。僕が説明するから」


 エヴァンジェルに再度聞こうと口を開くも問答無用に≪高回復薬ハイ・ポーション≫の便の口を突っ込まれて塞がれる。

 次いで≪活力薬スタミナ・ポーション≫やらなんやら……回復系のアイテムを片っ端から突っ込まれていく。


 E・リンカーが余程に反応して色々な体内物質を操作、あるいは発生を誘発しているのか疲労の極致と冷え切っていた身体に熱が点るかのように力が戻っていくのを感じた。


「それじゃあ、説明するよ?」


 アンネリーゼに濡れた髪を拭かれながら、俺は大人しくエヴァンジェルの話を聞いた。


 要約すればこうだ。


 そもそもの始まりは俺たちが旅立った後、アルサ地区一帯で奇妙な雨雲と霧の発生の報告が≪グレイシア≫に届けられたらしい。


 その雨雲と霧は何故か一定の範囲に留まり何故か流れることがない。

 覆われた一帯は不気味なほどに静かでモンスターの気配が消え、ある≪依頼クエスト≫の為に近くまで行った≪ニフル≫のある狩人チームは危険を感じて中断して撤退を判断したという。


「その狩人のチームが≪金級≫だったらしくてね。向こうでも重大な案件だと捉えたらしい。アリーが方々で「何か奇妙なことが起こったら報告するように」と通達を出していたのも良かったんだろうね。≪グレイシア≫に届いたんだよ」


 そこからは早かったらしい。

 そう言った類の報告はギルドで止まらず、ロルツィング家に来るように周知されていた。


「そして、その報告から冥霧龍≪イシ・ユクル≫の可能性について気付いたのがスピネルとルドウィークだったんだ」


 俺とルキが向かった地域に≪龍種≫が現れた可能性。

 しかも、最もハメ殺しに特化した≪イシ・ユクル≫というのもあって二人は危険視をしたわけだ。


 ――「流石に≪龍殺し≫といえども事前の準備も無しに戦うことになれば何も出来ずに死にかねないぞ」


 ――「そんな……。じゃあ、早く助けに行かないと」


 ――「だが、今から≪グレイシア≫を出ても間に合うかどうか……」


 ――「それじゃあ……あれはどうかしら!?」


 そんな会話の中で浮かび上がったのが≪アトラーシス号≫だったらしい。

 こっちに持って来てからはその内部にある高性能な機材を活かして、実験や解析などのルキの研究を支えるサポートの為の機械と化としていたが、そもそもが水陸両用のハイテクな乗り物である。

 その性能は遺憾なく行かされ、≪グレイシア≫からアルサ地区までの道のりを走破したとか何とか……。


 ――結構距離があったはずなんだけどな。やはり車だと違うのか……≪アトラーシス号≫は装甲の増強する改造中だったから置いてきたけど、結果的には正解だったのか。


「いや、大変な道のりだったよ。最初はルドウィークが操縦していたんだけど、アンネリーゼ様が「それじゃあ、遅い!」って操縦を奪って……」


「えっ、母さんが運転してたの? というか出来たの?」


「ちょっと見ればできたわよ?」


「何だかんだとエルフィアンの血が濃いからね。やろうと思えば適応するぐらいには……な。そもそも、エルフィアンの遺伝子に「楽園」内の施設、システムなどを一定レベルまで習熟出来るよう設定があるから……。僕だってやろうと思えばできるだろうし」


 エヴァンジェル曰く、そういうものらしい。

 そして、俺が危ないと聞いて居ても経っても居られず、≪アトラーシス号≫に乗り込んで、ついでに操縦まで奪ったアンネリーゼは酷かったらしい。


「最初こそはアクセルを吹かしながらも、木やら何やらの障害物を避ける動きはしていたんだけどね。次第に面倒になったのか、あるいは装甲の堅牢さに気付いたのか障害物を吹き飛ばしながら突き進む方法に割り切ってね」


 ハイテク救難艇の出力を褒めるべきか、増強した複合装甲の硬さを褒めるべきか。

 一直線という最速ルートを貫いたからこその走破だったらしい。


 とんでもない乗り心地で進行先の岩やら木々をぶち抜いて辿り着いたアルサ地区は、悪い方に予感が的中した光景……≪イシ・ユクル≫の≪冥霧≫によって覆われた状態であったそうな。


「アリーたちを探そうにもあの状態だとね。≪アトラーシス号≫自体が色々と機密だったせいで、時間を優先した結果僕たちだけで来ちゃってたのもあって……どうしようかと一帯の周辺をグルグルと回っていた時に――」


「私が≪アトラーシス号≫を見つけたということです。……いえ、見つけたのはどっちかというとフェイルですが」


「ふふっ、その通り。偉いぞ、フェイル。帰ったら御馳走だぞ?」


「おんっ!」


 どうやってかエヴァンジェルの匂いか気配にでも感づいたのか、フェイルの先導もあってルキと合流し、こちらの状況を確認した彼女たちは≪冥霧≫の中へ突入することを決意。



 そして、さっきへと繋がるというわけだ。


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