第二百三話:霧中の死闘・Ⅲ


「はぁはぁ……何とか……なったか」


 大きくタメを作った≪イシ・ユクル≫の≪アシッド・ブレスト≫。

 それが通り過ぎた跡、ブレスの進行上の土も木も全て溶けている有様がその威力を伺わせた。


 そんな攻撃が俺が一瞬前まで居た場所を貫いたのだ。

 流石に肝が冷えるというもの。

 咄嗟に跳んで逃れた先にあった木の影に隠れながら一息ついた。


 意識は明瞭。

 先程まであった≪睡眠≫へと移行するための前段階の症状は治まっていた。


「咄嗟に思いついたけど……上手く行って助かった」


 俺はそう言って未だに血が流れ出ている左腕の傷に≪回復薬ポーション≫を取り出してぶっかけた。


 ――ちっ、か……だが、これで……。


 その傷は鋭利な刃物で切り裂いたかのような傷で、≪イシ・ユクル≫の攻撃によるものではなかった。


 では、どうやって負った傷化といえば――それは俺が自ら付けた傷、即ちによる傷だった。


 ――迂闊だったけど、≪冥霧≫による≪睡眠≫の状態異常……その対抗策は出来たわけだ。気が進む手段ではないけど。



 本当に何故、すぐに思い出せなかったのか。

 ≪麻痺≫や≪毒≫などの状態異常とは違い、≪睡眠≫の状態異常ならアイテムやスキルを使わずに解除する方法があったのを俺は思い出したのだ。


 そもそも≪睡眠≫の状態異常というのは何なのか。

 ≪毒≫の状態異常はその状態になっている間、ダメージを負ってHPが消費するとわかりやすい。


 そして、≪麻痺≫や≪睡眠≫などはゲーム設定的には行動拘束系のデバフに属する

状態異常となる。

 読んで字の如く、行動を阻害拘束するデバフ。


 ただ、これらの状態異常の特徴として一つの特徴がある。



 それは――行動拘束はいうものだ。



 ゲーム的なものを考えると対策スキルやアイテムを用意していない以上、プレイヤーの不利になるのは仕方ないことだが、これが一定時間何をやっても動けない……という部類なら実質的に≪麻痺≫や≪睡眠≫の状態になってしまった時点で、実質的に殺されるのが確定になってしまう。

 それを避けるための処置なのだろうか最終手段として≪麻痺≫や≪睡眠≫を受けてモンスターの攻撃をもろに受けても、回復アイテムを大量に使って何とか体勢を立て直す……という手段のためにそのような設定が用意されていた。


 まあ、その辺に関しては実際にゲームの設定を作った開発者が聞いたわけではないのでネットで言われている話なので真偽は定かではないのだが……重要なのは≪睡眠≫や≪麻痺≫は一度を受ければ解除されるという点。

 この場合のに含まれるのはモンスターからの攻撃だけではない――というのがミソだった。


 それ以外の方法でも何らかの形で攻撃やダメージに判定される行為を受けた場合でもこの設定は適応される。


 具体例を挙げるとするならばソロで自動で爆発するアイテムを使用して、その爆発で自力で状態異常を解除するなんて裏技に近い手法が発明されたり、協力プレイ時なら味方がぶん殴る事でも解除が可能だったのだ。


 まあ、こんな手段やるより対策スキルやアイテムを使った方が確実だし、友達はいなかったので協力プレイは殆どゲーム中にやらなかったので忘れていたのだが……。



 その事を思い出した俺は咄嗟にさっきの瞬間、≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の刃で自らの腕を切り裂いた。

 一か八かの賭けではあったが結果としては成功だった。

 まるで頭の中の霧が晴れたかのように眠気は引き、俺は≪イシ・ユクル≫の≪アシッド・ブレスト≫を回避することに成功したのだ。



「はぁはぁ……仮想空間内では設定自体がないから出来ないが、現実である「楽園」なら出来る行為……。自傷行為が……どう裁定されるか不安だったけど」


 自傷でも……という判定にはなるようだ。

 少なくとも「楽園」内のシステムやE・リンカーはそう判断したらしい。


 創作で出てくる痛みで眠気を吹き飛ばす……みたいなものとは違い、スイッチのオンオフが切り替わるように先程まで襲っていた睡魔は消えていた。

 十中八九、≪睡眠≫の状態異常が回復したのだろう。



 ちょっとズルい、正当な手段ではない気もするがそれでもシステムを利用した、ルール内に沿った解除の方法だ。

 俺はそれを見つけ出した。



「これで何とか……戦え――うおっ!?」


 少し希望が見えて来たかと一息つく間もなく、木の陰に隠れていた俺に目掛けて突進を仕掛けてきた≪イシ・ユクル≫。

 雨でぐちゃぐちゃになった地面を転がるようにして慌てて回避すると、俺はすぐさま体勢を立て直し立ち上がり≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を改めて構えた。



「さあ、ここからだぞ。≪イシ・ユクル≫……っ!」




                  ◆




 白き世界に紅々とした血風が鮮やかに舞った。


 一体どれほど戦い続けたのだろうか、霧に覆われた世界では時間の感覚が曖昧だ。

 感覚だけなら永遠にも思える時間戦っていたようにも思えるが……。


「グ……うっ!」


 不意に俺の身体は崩れ落ちた。

 咄嗟に≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の柄の部分を杖のように大地へと突き立て、難を逃れるも立つのがやっという有様だ。


 俺は片膝を付き、そして≪イシ・ユクル≫は未だに健在の様子で低く唸るような声を上げこちらを見ていた。



 互いにぼろぼろの姿だった。

 降り続ける雨のせいで流されているとはいえ、俺の身体には無数に傷跡が刻まれ、そこからドクドクと赤い血が溢れていた。

 ≪地脈≫のスキルの効果によって徐々に回復して塞がっているとはいえ、雨が無ければ一帯は血で染まっていたであろう程の傷の多さだ。


 無論、それらの傷は≪イシ・ユクル≫から負わされたものも多いが、その大半は≪睡眠≫対策による自傷の結果……自らの身体を切り刻みながら戦い続けた証だった。


 対する≪イシ・ユクル≫もただでは済んでいいなかった。

 巨大な翼の片方は深々とした傷跡が刻み込まれ、動かし辛そうにしているし、全身も切り傷や爆炎による火傷のような傷だらけだ。

 ルキが居たらきっと涎を垂らすほどに貴重な龍のルビーのように紅い血を全身から流している。

 頭部にも大きなノの字の傷をつけられ、激闘の様子を物語っていた。



 それが戦いの結果だった。



 狩人は疲労とダメージの限界に膝を付き、龍も決して無傷ではないものの……それでも立って敵を見下ろしている。



「はぁはぁ……半分くらいは削ったとは思うんだけど……な」


 感覚的にはそのぐらいは≪イシ・ユクル≫にダメージを与えられた手応えはあった。

 攻撃パターンを読み、掻い潜って敵モンスターにダメージを与える。


 あとはそれの繰り返し。


 だが、こちらの気力と体力が尽きたのが敗因だった。


 そもそもモンスターと人とではスタミナが違う。

 更に大型モンスターとの戦いともなるもなれば集中力を限界まで使う必要があり、気力の消耗も激しくなる。


 傷はスキルで回復するとはいえ自傷によって多くの血を流し、雨にうたれ過ぎたせいもあってか身体が芯から冷え切っていて凍え死にそうだ。


「はぁはぁ……そういえば今月分の母さんのミートパイ、まだ食べてなかったな。エヴァとも今度時間が出来たらデートに付き合うって約束もしてたし。シェイラの息抜きもそろそろ……色々とやることがあるんだけどな」


 自身を奮起させようと零した言葉は虚しく響いた。


 ≪イシ・ユクル≫は俺の様子を警戒しつつゆっくりと近づいてくる。

 散々に攻撃を仕掛けたせいか低く怒りを露わにする唸り声を上げながら、慎重に距離を詰めてくる。

 決して逃がさないと態度で示しながら、確実に仕留めるために……一歩、また一歩。



「……ありもしない熱い視線を感じるかのようだ。俺以外は眼に入らない、なんて感じの……とても光栄だ。全く」



 一息だけ入れると俺は無理矢理立ち上がった。

 立ち上がっても動けるほどの余力はないが、それでも……アルマン・ロルツィングのプライドの問題だ。


「かかってこい!」


 俺の声に応えたわけでも無いだろうが、距離にして三メートルもない近さまで近づいた≪イシ・ユクル≫は一吼えすると一気にこちらへと飛び掛かり――



 不意に途轍もない音が辺りから響いたかと思ったら、横合いの霧の向こうから出てきたに≪イシ・ユクル≫は跳ね飛ばされた。






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