第三幕:Braving World

第二百一話:霧中の死闘・Ⅰ



 白き霧に包まれた森。

 静寂に包まれたその中で動く存在はたった二つ。


 一人の狩人と一体の龍。


 両者は互いを敵と認識し熾烈な戦いを繰り広げていた。


「くっ……このっ!」


 放たれるブレスに俺は距離を詰めるのをやめて慌てて回避に移る。

 ダメージカットの≪剛鎧≫と継続回復の≪地脈≫を活かせば多少の攻撃なら無茶をして強引に詰めるのもありだが、≪イシ・ユクル≫の使う≪酸≫のブレス――≪アシッド・ブレスト≫だけはダメなのだ。


 何故ならあの攻撃には≪腐食≫の状態異常を付与する効果がある。

 ≪腐食≫状態になった場合、武具や防具の攻撃力や防御力が低下してしまう。


 幸い、武器である≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫はルキが手掛けたオリジナル武具。

 以前、スピネルが言っていたように仕様に無い合金化の末に作られた武具なのでシステムから外れた存在だ。

 そのためスキルを発生させることも出来ないが、逆にスキルの影響を受けることもないという特性がある。

 スキルの元となっているナノマシンが仕様に無い組み合わせのため機能をしていないからだ。


 それ故に≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫で≪アシッド・ブレスト≫を切り払う分には問題はない。

 影響が出ることは無いのだが防具の方は別だ。


 ≪煉獄血河≫は完全に「楽園」の仕様に則った上位防具、つまりは当然のように影響を受けてしまう。

 攻撃をもろに受けてしまえば≪腐食≫の状態異常によって、防具は溶けるという形で防御力が低下してしまう。


 そうなればいくら防御スキル、回復スキルがあり継戦能力の高い≪煉獄血河≫とてマズイ。

 故にそれだけは避けなければならなかった。


「ちィ……っ!!」


 故に大胆に攻めることも出来ず、仕方なく射撃での攻撃に切り替えるもそちらはスキルの効果が乗らないためダメージ効率としてはあまり良くはない。


 ――射撃攻撃だと≪赫炎輝煌≫も≪会心の一撃≫も発動しない。牽制や削りには良くても……。


 ≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の射撃はルキ特製の弾頭によるもの。

 決して威力としては弱くはなく、どんなモンスター相手にも一定のダメージを与えられるので便利ではある分、強力とも言えるのだが――時間あたりのダメージを考えると高くはない。

 ゆっくりと仕留める余裕がある時ならともかく、には特に……焦れるものがある。


 こちらが踏み込めなかった隙を活かし、≪イシ・ユクル≫はまた霧の中に身を隠ししまった。

 ぶ厚い霧の中に身を潜め、俺の視界から消え去ってしまう。


「……くそっ!」


 思わず口から言葉が吐き出てしまうも迂闊に追うことはしない。

 いや、出来ないというべきか。


 一度、追いかけると強烈なカウンターを食らってしまい、今でもその負傷を回復している最中……ジクジクとした脇腹の痛みに慎重にならざるを得ない。


 だが、慎重に戦っている余裕はこちらには無い、その事実が俺の動きに焦りを生む。

 不意にぐらりっと視界が歪んだ。

 身体は怠く、思考は鈍く靄がかったように遠くなっていく感覚。


 俺は慌てて懐に入れていた≪ハッスルダケ≫を摂取した。


 嚥下すると同時に思考が晴れていくような感覚に一息をついた。


 ――あと残りは幾つだったか……。


 残りも少なくなり、少しでも先延ばしに出来るように危険を承知で限界ギリギリまで粘って使用してはいるものの数は有限だ。


 これが尽きたらもう。


「――死んでたまるか」


 霧の向こうから襲い掛かって来る≪イシ・ユクル≫の攻撃をいなし、回避し、あるいはカウンターを決めながら俺はただ必死に戦う。

 何十回、いや三桁ぐらいは狩ったかもしれないゲームで狩猟経験、それを活かして霧の向こうからの奇襲の前兆を捉え≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の刃を振るった。


 白い霧の向こうに見える影。

 揺らめく霧の不自然な動き。

 そして音から判断を行う。


 牙が襲い掛かる、爪が振るわれる、巨大な尾がなぎ払われる。

 放たれる一撃一撃の余波で木々は吹き飛び、大地は抉られる。


 それを掻い潜るように立ち回り、≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫の刃を縦横無尽に振るう。

 無数の傷が≪イシ・ユクル≫の身体に刻まれるも一つ一つは深くはない。


 難敵だと判断したのか攻撃パターンが変化し、より強力にそして苛烈に変化する。


 ≪アシッド・ブレスト≫の派生技も使い始めるようになる。

 大地へと叩きつけた≪イシ・ユクル≫のブレスは、まるで複数の竜巻のようになって俺へと襲い掛かって来る。


 その動きを観察し、避けて掻い潜ると既に≪イシ・ユクル≫は消えており――真横から出現したかと思うと次の瞬間には手痛い攻撃を叩き込まれ大きく吹き飛ばされた。


「ぐっ、うぅうううっ!」



 ようやく、自分が誰なのかも知った。

 ようやく、やるべきことも見えてきた。

 そして何よりもまだ伝えられてない言葉があるのだ。




「はぁはぁ……このあと、やることがまだまだいっぱい残っているんだ。こんなところで……足を取られているわけにはいかないんだよ。さっさと――来いっ!」


 俺の言葉は一面の中の霧の中に溶けて消えていった。



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