第二百話:冥霧龍≪イシ・ユクル≫
――失敗した。
≪イシ・ユクル≫の姿を目の前に捉え、俺の頭に浮かぶのはそんな言葉だけだった。
妙に冷静でもあった。
「……ルキ、先に決めていた通りだ」
「で……でも、アルマン様」
「二度も言わせるな」
ルキの方を振り向きもせずに答えると俺は無言で≪
既に意識は≪イシ・ユクル≫との戦闘へと切り替わっていた。
想定してなかった、というわけではないのだ。
今回の作戦において一番の問題点は≪イシ・ユクル≫の感知範囲精度だった。
盲目の龍である彼の龍は視覚ではなく聴覚が発達し、周囲の状況を確認している――そこまでは知っている。
問題は具体的な精度や範囲は未知数だったこと。
設定においても詳しくは表記されていなかったし、アンダーマンの残した資料にも記載はなかった。
だからこそ、俺たちは一抹の不安を抱えてはいたものの状況が状況だ。
選択肢はなく、作戦を実行に移したのだが……。
「どうやら賭けには負けたようだ」
どうやら、こちらの想定以上の感知能力を保有していたのか、あるいはモンスターとしての本能なのか。
急速に離れる俺たちの存在を捉え、≪イシ・ユクル≫はこちらへと飛んで追いついてきたらしい。
こうなるとこちらに取れる手段は一つしかない。
相手は飛行能力を持っており、尚且つ高い感知能力を持っており振り切るのは困難。
更には≪イシ・ユクル≫が近くにいる以上、≪冥霧≫の領域から逃れることは不可能。
とすれば、
「足止めは必要だろう?」
どちらかが≪イシ・ユクル≫と戦ってもう一人は逃げる。
それ以外では≪ハッスルダケ≫の効果が切れた瞬間、仲良く二人で死ぬしかなくなる。
「でも、アルマン様……」
「行け。……なに、俺は生き汚いんだ。そう簡単には死ぬつもりはない、だからお前は何とか領域から逃れて体勢を立て直せ」
「…………」
「お前に死なれたら困る。地下施設から持ち出した、そのトランクも大事だし」
俺はチラリとルキの持っている黒いケースに目を向け、そして彼女に視線を移す。
「――≪龍殺し≫、創ってくれるんだろう?」
「≪龍殺し≫には≪龍狩り≫の英雄が必要ってこと、忘れないでくださいね?」
「わかってる――よっ!」
不意に俺は動いた。
流れるように≪
放たれた特殊弾頭は≪イシ・ユクル≫に対して、一定のダメージを与えつつ着弾。
それに驚いたのか≪イシ・ユクル≫は逃げるように。
或いは濃密の霧の中に潜むように。
後方へと下がり、≪イシ・ユクル≫の姿が消えていく。
「逃がすか! ルキ、行け!!」
「……っ! はい! ご武運をアルマン様!」
俺はルキに別れを告げると同時に突っ込んで距離を詰めた。
相手をフリーにしては圧倒的に向こうが有利なこの状況で更に不利になってしまう。
だからこそ、躊躇いなく踏み出し。
その様子を見ていたルキはフェイルを連れ、そして反対側へと走り出した。
◆
――さて、≪ハッスルダケ≫はどれくらいの継続時間だったっけな?
周囲を白き霧に覆われ、まともに周囲を見通すことも出来ない状況。
何があるのか見えない。
森の中は相も変わらずに静かだ。
まるで俺がただ一人、世界に取り残されてしまったかのような錯覚さえ受ける。
だが、居る。
気配を探り、全身の感覚をセンサーのように尖らせると霧の向こうに蠢く何かの存在、それだけは確かに察知することが出来た。
「まあ、何かもなにも
皮肉交じりに呟きながら身構える。
近くに居ることはわかっても正確な位置までは把握できない。
だが、向こうからはこちらの動きは捉えられているという一方的な状況だ。
ゲームでの≪イシ・ユクル≫の動きとまるで同じだ。
霧を利用して一定以上のダメージを負うと逃げに入り、こちらが見失うと態勢立て直して奇襲を仕掛けてくるという……仮にも大物ポジのモンスターであるにもかかわらず、その戦い方に「陰キャ龍」などのあだ名が付けられるくらい嫌らしいスタイル。
確実に敵を葬るという意味では合理的とも言える狩猟のやり方ではあるが。
「……っ!? そこっ!」
不意に霧の奥に揺らめくような影が踊り、俺は咄嗟に身を伏せた。
現れるのは≪イシ・ユクル≫の≪龍種≫の中では小柄の――だが、人からすれば十分に巨体の身体による突撃攻撃。
それを回避すると同時に俺は≪
「しっ!!」
――≪赫炎輝煌≫
煌めく刃に爆炎が絡みつき、強化された一撃が叩き込まれる。
遠心力を存分に乗せた斬撃に爆熱が組み合わさった一撃は、≪イシ・ユクル≫の胴体へと突き刺さり軽くはない傷を作るも、頑丈な体皮と強靭な筋肉に阻まれ致命には程遠い。
ならばと≪
脳内で思い描くの使い手であるルキの動きだ。
それを模倣し、自らに使いやすいように修正を加えながら調整をしていく。
「グラァァァアアァ!!」
≪
≪ハンマー≫や≪大斧≫よりは重量は無い分劣るが、それでも一撃一撃の威力は高い。
――≪会心の一撃≫
それに加えて≪赫炎輝煌≫による追加のダメージ、そしてルキから預かった≪アミュレット≫によるスキル効果も合わさり、≪イシ・ユクル≫としてもそれなりに効いたのだろう。
鬱陶しそうに纏わりつくように次々に攻撃を叩き込む俺に向け、その爪や尾による攻撃が放たれた。
「っ、とぉ――っ!!」
一撃一撃の威力が高い分、攻撃モーションの隙は大きくなる。
しかも慣れていないというのもあり、連撃を叩き込もうとしたところにカウンター染みたタイミングの反撃。
慌てて防御の構えを取るも吹き飛ばされる。
――≪剛鎧≫
ダメージカットの防御スキルと防具自体の防御力によって、ダメージ自体は最低限に抑えられ、俺はすぐ様に体勢を立て直す。
それでも無傷とはいかず、腕に鈍い痛みが走っていたが、
――≪地脈≫
それもスキルの影響によって徐々に和らいでいくのを確かに感じた。
こちらの被害は軽微、とはいえ……。
「っ、全く厄介な……っ!」
顔を上げた時には目の前に居たはずの≪イシ・ユクル≫は消え、ただの白い霧が前方を覆っていた。
見失った、と理解する前に今度は視界の左側の霧が不自然に揺れたかと思うと――
「この……っ!?」
どしゅうっ、と放たれたのは水のブレスだ。
しかもただの水属性のブレスではない、≪腐食≫の状態異常を付与する≪酸≫属性のブレスである。
≪イシ・ユクル≫の厄介な攻撃技の一つだ。
俺はそれを慌てて回避しながら呻き声を上げた。
「実際に戦うとなると想定していた以上に厄介だな……」
ゲームの中においては面倒なモンスターぐらいの認識でしかなかった≪イシ・ユクル≫だが、現実で戦うとなるとここまで嫌らしいものなるのか……と愚痴を零したくなる。
≪ジグ・ラウド≫も大概に恐ろしいモンスターではあったが、≪イシ・ユクル≫の厄介さは別口だ。
「さて、≪ハッスルダケ≫はどれくらい持つか……」
あまりの打つ手の少なさに冷や汗を一筋かきつつも、それでも負けてなるものかと≪
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