第百九十九話:爆発こそが力なり


 冥霧龍≪イシ・ユクル≫

 そう設定された存在は微睡んでいた。


 使命感、あるいは本能。

 もしくは別の何か。


 何でもいい。

 ともかく、そんな後押しを受けて住処を離れるも、彼の存在はその侵攻上の森の中でと留まっていた。


 理由は――わからない。

 彼のその存在を後押しする脳に奔る感覚は曖昧なもので強くはない。



 

 その程度のもの。



 だから、気が乗らなければ無視してしまえる。

 単純に普段は食べられない、新鮮な森の果実に意識が向いたから――


 本当に?

 これは彼の存在の内に時折に奔る感覚とは違う。


 ≪イシ・ユクル≫が≪イシ・ユクル≫として持つ本能がここへと留まらせた。


 それが何なのかはわからない。

 だとしても……



 その刹那。



 昼であるにも関わらず、薄暗く不気味な静けさに満ちたアルサ地区。




 その一帯全てに響き渡るような轟音と共に




                 ◆



「ひゃぁ~~っ! アルマン様アルマン様アルマン様、見ましたか!? 見ましたか!?」


「いや、見えてはねぇよ。時限式にして設置したらすぐに離れたんだから……。というか足を動かせ」


「動かしてますよ! というかあれです! 確かに「見えたか」と聞くのは些か語弊がありました! でも、感じましたよね!? これだけ離れた場所でもお腹の奥に響くような重々しい爆裂音! ああっ、素晴らしき力……っ!」


「本当にそうだな。俺のルキに対する認識もまだまだ甘かったんだと心底思ったよ」


 出来るだけ小声でいようという意識だけは残っているのか声は落としていたものの、自身の作品の成果に興奮に頬を紅潮させながらも早口で喋り続けるルキに、俺は「やっぱこいつはヤバいやつだ」という認識を新たにした。


 俺たちがこの≪冥霧≫の領域から逃れるために立てた作戦は簡単だ。

 ≪冥霧≫の発生源である≪イシ・ユクル≫をある場所へと誘い出し、その間に反対側に一気に走る抜けるというものだ。


 ≪イシ・ユクル≫は盲目で音で周囲の状況を把握する。

 故にあんなを察知すればそちらに意識が向くだろうし、確認のためにも現場に動く可能性が高い。


 そこを狙うのだ。


 そして、この作戦のために使用されたのが自慢げにルキが持ってきた新型の爆薬。


 元から好んで研究していた≪紅烈石ダナディウム≫に≪溶獄龍の爆血≫を加え、更に数種のアイテムを調合、精製を重ねた驚異の爆薬。

 


 ≪ルキのとっておき爆薬≫、縮めて≪R-爆薬≫である。



 その威力は……とりあえず視界が悪いにも関わらず、一瞬紅い光が上空に伸びたかと思うと、ついで途轍もない風の衝撃と轟音が響き渡った程度の威力であった。


 ――おかしい、前は精々ちょっと強いダイナマイトみたいなものだったけど……あれっておかしくない?


 どうしてそこまで追求したんだ。

 前のでも割と過剰なレベルの火力はあっただろうに。



「はぁ~~~っ! 爆破の瞬間こそ見れなかったですけど、跡地とか出来れば調査してみたいですよね! どれだけの威力が出たのか……! 対モンスターでこれほど頼もしいものは無いでしょう、アルマン様! 爆発こそ力、ぱわーいずぼんばー! いえーい!」



 確かに対モンスター……特に大型モンスターのことを考えれば、あの火力に関して魅力的なものを感じるのも事実だ。

 あれだけの威力をお手軽に持ち運び出来て使えるのなら確かに有用であることは認めよう。


 ――だからといってシレッとフェイルの背負わせていた荷物の中に入れておくのはどうなんだ……。いや、一応安全対策ぐらいはしていたんだろうけども、フェイルも「こいつマジかよ」みたいな目でずっと見てるぞ。


 並走するように走るフェイルは何かを訴えかけるような目でジッをルキのことを見つめている。

 表情なんて読み取れないはずなのだが明らかに抗議の雰囲気を俺は感じた。


 まあ、あんな爆発を起こすようなものを知らずに背負わされていたのだから、そりゃ言いたくもなるだろう。


 ――無事に帰れたらとりあえず、ルキは締めあげよう。全部吐かせよう。


 更に言えば仕方ないことだったとはいえ、地下の施設に訪れて色々と技術知識を手に入れたルキの監視はもっと強める必要があるなと切実に感じた。

 それはともかく、として。


「あっ! アルマン様、これって……」


「ああ、上手くいったようだ」


 不意にルキが声を上げた。

 理由は明白だ、白き霧が視界を覆い数歩先さえも見通せなかった森の様子が見えるようになってきている。


 つまりは霧がということ。


 どうやら≪イシ・ユクル≫は予定通りに作戦通りに爆発に驚いて様子を見に行ったようだ。

 そのお陰で反対側へと全速力で離れる俺たちの前方の霧は薄くなっている。


「ルキ、方向は問題ないな?」


「問題ありません、方位磁石でバッチリです。このまま、真っすぐ行けば≪ニフル≫へと辿り着けるはずです」


「一先ず、≪冥霧≫から逃れられれば打つ手はいくらでもある……はずだ!」


 というよりも、≪冥霧≫に囚われていたままでは打つ手がなかったというのが実情。

 冷静に考えるとこのまま抜けることが出来て、ようやくを回避できただけで結局は危機的な状況であることに変わらないことに気付く。


 このまま≪ニフル≫へと逃げ込んでも≪イシ・ユクル≫が追ってきたら大変なことになる。

 無論、ロルツィング辺境伯領でも有数の大都市の一つなので狩人も大量に居るが居たところで≪冥霧≫の対策をしっかりしなければ戦うことも出来ずに眠りにつくことになるのだ。


 災疫龍も溶獄龍も恐ろしい力を持っていたが、冥霧龍はただ現れるだけで都市が落ちる。


 ――全く、≪龍種≫というのはどいつもこいつも……!


 一つ対処を間違っただけでどうしようもない事態になる個体ばかりだ。

 それでこそ生態系の頂点という設定を持つモンスターに相応しいのかもしれないが……。


「とにかくスキルでの無効化は難しいか……? 急に防具を用意するのは難しい、けどアイテムならかき集めるのは難しくないはず」


 ある程度余裕さえあれば、≪イシ・ユクル≫の足止め自体は出来るはず。

 その間に≪ニフル≫の狩人には準備を整えて貰って、完了後に一気に反撃を行う……これがベターな対応のはずだ。


 問題点としては詳しい説明やら説得はルキに任せることになるということだが、敵が強力な≪睡眠≫の状態異常能力を持っているということさえ伝われば相応の対応はするはずだ。


 俺はそれを待って無理をせずに時間稼ぎに徹すればいい。

 そして、増援が来て一気に――



 などと、考えていたのがいけなかったのかもしれない。



「よし、ルキ。このまま、≪ニフル≫に向かう。それで何だが……っ!?」


「アルマン様……これは!?」



 一陣の風が後方より放たれてたたらを踏んだかと思えば、薄れ始めていた霧が一層に濃度を増したく。

 流れ込むように後ろから押し寄せた霧のせいだ。


 次いで周囲に吹き荒れる嵐。

 咄嗟に足を止め、両眼を閉じることになった俺たちが目を開いた先にあった光景は――



「たはは、アルマン様……賭けは失敗のようです」


「みたいだな」



 深い蒼翠色の身体をした盲目の龍。

 冥霧龍≪イシ・ユクル≫の姿がそこにあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る