第百九十七話:深き眠りよ、来たれ
冥霧龍≪イシ・ユクル≫
≪
俺たちの倒すべき敵。
その対策と対応、そして切り札を得るためにリスクを考慮してでも≪グレイシア≫から離れてやってきたというのに。
――その帰り道に出会うことになるとは……。
ぼやいても仕方ないだとわかってはいるものの運が悪いと嘆くしかない。
「……冥霧龍について知っていることは?」
とりあえず、認識の共有を行おうともむもむと≪ハッスルダケ≫を齧りながら尋ねると、ルキの瞳がキランッと光った気がした。
「冥霧龍≪イシ・ユクル≫、水の属性を司る≪龍種≫ですね! 姿形は長めの首にしっかりと身体を支える四肢と尻尾、そして背中に広がる巨大な翼というポピュラーな形態で大きさ的には≪龍種≫の中では小型と言えるでしょう! しかし、その力を侮ることは出来ません。冥霧龍が最も特徴的な能力は≪冥霧≫という特殊な霧を発生させて自身の周囲一帯覆う力があります! 自然発生した霧とは違い、冥霧龍の体内で生成され発生させられた霧は驚くほどに視界を悪くし、ほんの数歩先まで見通すことも出来ず、また眠りに誘う力を持っているのだとか! そして、冥霧龍はその霧の中を自在に動くことが出来ます、その理由は冥霧龍は盲目の龍で蝙蝠のように音で物を周囲の状況を察知する力があるからですね。敵の視界を奪い、眠りへと誘い、自身は何の障害もなく活動できる……それ故に姿かたちをその目で見て生還できたものは限られた人数しかおらず、≪龍種≫の中でも後世に残っている情報が極めて少ない≪龍種≫です。冥霧龍の主な攻撃方法は――」
「おーけー、ルキペディア。もう、いいぞ」
「ルキペディアってなんですか?!」
軽い気持ちで聞いたが恐ろしい勢いでしゃべりは始めたルキの話を打ち切った。
完全に『Hunters Story』内での設定の丸暗記だが、大まかなことは全部理解できているようでとりあえずは何よりだ。
「むー」
「ほれ」
ちゃんと状況がわかっているのか、小声て抗議の声を上げつつも不満そうに黙った彼女に≪ハッスルダケ≫を放り投げる。
「はぐはぐ……で、どうします?」
もむもむと≪ハッスルダケ≫を齧りつきながらルキが問いかけてくる。
これからの方針を聞きたいのだろう。
「そうだな……」
俺も食いかけの≪ハッスルダケ≫を飲み込みながら現状を再確認する。
正直な所で言えば、現状は最悪よりはマシ――程度の状況といえる。
≪イシ・ユクル≫は前に戦った二体の龍とは違った方面で厄介なモンスターだ。
≪龍種≫である以上、個体としての力も高いが単純な力なら≪ジグ・ラウド≫の方が上、≪イシ・ユクル≫そのものにはそこまでの力はない。
ただ問題があるとするなら特殊な能力である≪冥霧≫の対策だ。
本来、モンスターから状態異常というのは攻撃を受けることで付与される場合がほとんどだ。
なので対策スキルや対状態異常用のアイテムが無くても、最悪「攻撃を受けなければ問題ない」精神でモンスターを倒す……というのは一応、理論上は可能なのだ。
だが、≪イシ・ユクル≫に対してはそれは不可能。
ゲーム的に言えば≪冥霧≫はフィールドの状態を切り替える能力だ。
回避云々の話ではなく、取り込まれてしまえば逃れることが出来ない。
≪冥霧≫の中で一定時間が過ぎるにつれて≪睡眠≫の異常値が蓄積し、一定値を超えるとプレイヤーは≪睡眠≫状態に移行してしまう――というわけだ。
≪イシ・ユクル≫と戦うということは≪冥霧≫に囚われることと同義。
故にその対策を積まない限り、攻略することは不可能なのが≪イシ・ユクル≫というモンスターだった。
「俺たちは既に≪冥霧≫に囚われている。そして、囚われ続けている以上、常に≪睡眠≫の状態異常に晒されているわけだ」
「攻撃じゃないから回避は不可能。つまりは状態異常対策こそ肝要」
「だが、残念ながら対策スキルはつけて来ていない。ルキ……お前が作っていた≪アミュレット≫だけど」
「残念ながら≪睡眠無効≫の≪アミュレット≫は……」
「まあ、そう都合よくいかないか」
防具や武具によるスキルの力。
それによる対策が見込めない以上、俺たちに残された希望はアイテムしかないわけだ。
偶然に≪睡眠≫の状態異常に対応できるアイテム、≪ハッスルダケ≫を入手出来ていたのは望外の奇跡ではあった。
だが、問題があるとすれば……。
「≪ハッスルダケ≫の残りは……?」
「全部で残りは九個ですね」
「中々に厳しい量だな」
≪ハッスルダケ≫は食すことで効果を発揮する。
当然、使えば数は減るのだ。
つまりは有限。
限りがある、ということ。
確かに≪ハッスルダケ≫は使用することで≪睡眠≫状態にならなくなる効果があるが、あくまで一定時間しか効果は持続しない。
「他の≪ハッスルダケ≫でも探します?」
「この視界でか? 足元だって見づらいレベルなのに……」
「ですよねぇ。ということはこの手持ちだけで何とか切り抜けないといけないんですか」
現在、残っている≪ハッスルダケ≫が無くなってしまえばいよいよ打つ手が無くなってしまう。
その前に俺たちはこの状況を打開しなければ、強制的に眠らされてどうすることも出来なくなる。
つまりはそういう危機的状況なのだ。
「どうします?」
「どうしようか?」
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