第百九十五話:無音の森


「それにしても不思議ですね」


「何がだ?」


 離れるための用意も終え、地下施設から出る最中のこと。

 不意にルキはそんなことを言い出した。


「いや、なんで私にはお父さんたちは話さなかったのかなーって一族の事とか」


「ああ、それか」


 彼女が気にしていたのは何故裏事情なり何なりをマードックらは、娘であるルキに伝えなかったのか……ということだ。

 一応、気にはしていたらしい。


「英雄計画とやらを進めていて、しかも自分の体調も思わしくないと思っていたのなら伝えるべきじゃないですか。実際、ストーリーイベントが始まる最初の≪龍種≫である災疫龍との戦いにも間に合わずに亡くなったわけですし」


「まあ、合理的に考えれば保険を考えるなら伝えておくべきだったろうな」


「でしょー? 後から知らされて私としても不満なんですよねー」


「考えられるとしたら幾つは予想は立てられる。例えばそうだな、英雄計画の内容から察するに大分捨て鉢というか……だいぶ、運に任せた計画だ。サポートも上手く行っていない様子から察するにマードックとしてもそれほど成功率は高く見てなかったのかもしれない」


「それで娘である私には秘密にしておこうと?」


「日記にあった諦めた者たちと同じだ。……やり直しが発生しても全員が死ぬわけではない。「ノア」にとって一番重要なのは「楽園」の持続だ」


「故に結果的な虐殺を実行するが、逆に絶対に持続が不可能にならないように保護も行う……でしたっけ?」


「実際、そこを上手くついてアンダーマンらは乗り越えて来たらしいからな」


 新生プロトコルによるやり直し。

 破綻したストーリーを再演する為に「楽園」内の設定を巻き戻す。



 その行為の中において虐殺に近い出来事を「ノア」は発生させるが、その一方で運営持続に支障をきたさないように調整にも気を使うという特徴がある。

 よほど重大な不正行為を行い、発覚した人物でも無ければ個人を排除するようなアクションは起こさない。



 故に個人として新生プロトコルの実行に巻き込まれないように逃れること自体は、それほど難しくもないらしい。



「お前なら知らせなくても生き抜けそうという信頼もあったのかな……」


「信頼……」


「ほら、ルキって生き汚そうだし」


「天才で有能で可愛いと褒めるべきところです!」


 ぽこりっと俺の言葉に不満を感じたのが殴られてしまうがスルーだ。


「それにだいぶ切羽詰まっていたらしいからな、もう打つ手がなくて仲間も居なくなった状態で下手に真実だけを伝えても……という親心だったんじゃないかな」


「親心……ですか」


 知っててもどうにもならない現実を突きつけるより、知らないで過ごせた方がマシ……その考えもわからなくはならない。

 アンダーマンらから抜けた者たちと同じ気持ちに。




「まあ、それとあれだ」


「なんです?」


「単純にお前が信用できなかったんじゃないか? ほら……アホだし」


「さっき信頼できるって言った!」


「いや、あくまでしぶとく生きそうな意味では無駄にバイタリティ発揮しそうだから……。ただ、それ以外となると落ち着きのなさというか自分の興味優先というか――仮に親父さんらが色々なことを隠さずに言って、計画に協力してくれって言われたら素直に応じたか?」


「そりゃ、もちろ――」




「絶対に色々な事ほっぽり出して、隠してた技術の研究とか始めない? というか裏工作とか地味で根気のいること出来るか?」




「…………」


 ルキは明後日の方向を見た。

 それが彼女の答えでもあった。


「そういうところだぞ」


「うぐ……っ」


 親心的なこともあったとは思うが、当人の性質がとにかく忙しく、更に自分の欲望に直ぐに負ける性質を持っていたのが、手が足りないのに娘であるルキを巻き込まなかった理由だと俺は考えている。


 ――あるいは……彼女にも役目が? いや……考えすぎか。


 まあ、とにかく裏でコソコソやるには騒がしすぎるのだルキという少女は。

 俺が指摘すると自覚自体はあるのかブーたれて拗ねてしまったが、構わずに足を進めて梯子を上りドアブロックを開いた。


 かれこれ三日ぶりの外の光景が飛び込んできた。




                   ◆



「あれ、どうにも薄暗いですね」


「ああ、霧が強いみたいだ」


「時間的には昼頃のはずなんですけど……」


 俺たちはそんな会話をしつつも、外へ出るとドアを閉め草や土をかぶせ偽装を施した。

 一応、念のためというやつだ。

 非常に最低限の簡素なもので、二人がかりというのもあってものの数分で終わった作業だったが……。


「なんか森が静かですね」


「……ああ、確かに」


 ここら一帯がモンスター除けが為されたセーフティエリアだというのは理解している。

 とはいえ、狩人としての経験は無意識に周囲の警戒をしてしまうもの。


 モンスターの活動領域である森であるなら尚更だ。

 だからこそ、扉を埋め戻す最中もどちらも口にはせずとも当たりの気配伺っていたのだが――



 驚くほどに静かだ。

 まるで周囲に気配を感じられない。



「キチンと機能はしているようですね。何というか奇妙な感じです」


「ああ、そうだな」


 この入り口を見つけた際もこんな風に周囲にモンスターの気配はなかったことを思いだし、そうなのだろうと納得することにすることにした。

 後はこのまま帰るだけの予定なのでトラブルの種はない方がいいのだ。


 なのでモンスターの気配が全く周囲からしないのは都合がいい……そのはず。

 だが、喉に小骨が刺さったような違和感を二人は感じた。


「後は帰るだけだな……それにしても濃い霧だ。奥の≪湿地林≫の方からか?」


 気分を切り替えるように俺は声を上げ、周囲を漂う白い霧を指して言った。

 確かずっと奥の方には水辺の≪湿地林≫というエリアが広がっている。


 恐らくはそこから流れ込んできているのであろうと推察した。

 外に出てから気付いたが地面は濡れており、地下に居る間に雨が降っていたことが推察できるのでそれも関係しているだろうが……。


「あー、かもしれませんね。季節によってはあそこは霧が出やすいというのは聞いたことはあります。私はこっち来ないので詳しくは無いですけど、アルマン様はどうですか?」


「昔、何度か足を運んだことはある。だから一帯としては霧が出やすいのは知っているけど……。ふむ、朝方とかならわかるけどそういうこともあるのかな――ぐらいの」


「へえ、行ってきたことあるんですか?」


「ああ、まあ……≪依頼クエスト≫でも無ければ行かないだろう。あんなところは」


「相変わらず不人気ですねー」


 アルサ地区の北東部に≪湿地林≫という湿地帯のエリアが存在する。

 森や砂漠などと同じ、ゲームに出も登場するエリア出るがとにかく劣悪な環境で行くものはまず居ない。


 狩人という稼業柄、血や臓物に塗れたり何なら汚物にだった塗れることもあるがだからと言って別に汚れることに何とも思わないわけではないのだ。


 夏はじめじめと湿度が高く、冬は冷たく纏わりつくような湿気。

 沼地で地面はぬかるんでおり足を取られ、直ぐにブーツの中に泥が流れ込んで来る。

 一度行くと防具の隅々に泥が入って渇くと固まり、メンテナンスの時にも大変なことに……と酷いものだ。


 非常に不本意な狩場と言える。


 一応、ここでしか入手できない素材や生息しないモンスターも居るのだが……。


「まあ、あまり行きたい所じゃないからな」


 何度か探索してある程度、ゲーム内知識との変更がないことを確認した俺はさっさと≪湿地林≫の調査を終えて――それっきりだ。


 ストーリー的にもそれほど重要な場所ではなかった……というのもある。


「ともかくさっさと帰るとしよう。思った以上に時間がかかって食料も尽きたしな」


「でも、この霧……思った以上に濃くて先がよく見えませんし。晴れてから移動した方がいいんじゃないですか?」


 ルキの意見も一理ある。

 周囲を覆う白い霧は三メートル先も見通せないほどに濃く漂っている。

 下手に移動をせずに晴れてから動くのが安全というのもわかるのだが……。


「どの程度で晴れるかわからないからなぁ……」


 俺は空を見上げた。

 上も濃い霧で覆われているがそれでも暗いように思える。


 それに雨の匂い。

 恐らくは雨雲がかかっているのだろう。


「このままだと降り出しそうだし、そうなると足止めを食らう羽目になる」


「むっ……それは面倒ですね」


「方位磁石はあるな? 方角さえ分かれば帰るのは難しくはない。街道まで出れば沿えばいいだけだし、ルキの≪感知≫もあるしな」


 俺はそう判断することにした。

 押収したデータの検分や重要な≪龍殺し≫の製作などなど、時間の猶予はあればあるほどいい。


 今後のことを考えると対策するにしろ、対応するにしろ。



「それじゃあ、行くぞ。ルキ」


「あいあいさー。あっ、でもフェイルのことは忘れちゃだめですよ? エヴァンジェル様に叱られても知りませんからね?」


「……忘れるところだった」



 そんな会話をしながら俺たちは霧に包まれた森の中、帰路に着くために足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る