第百九十四話:英雄計画③

 ただ、アンダーマンらの介入があったと思わしき事柄は思い返すにこれぐらいで、以降のロルツィング辺境伯領での日々に彼らの介入に思い当たる節は無かった。


 確かに俺もロルツィングになってからは恐怖の反動とも言うべきか、積極的に行動して狩りにも出てていたから計画に沿った行動を勝手にしてくれている……と思って介入を最小限にしていた可能性もある。


 だが、それにしたって放置をし過ぎているが……恐らく、その理由は――


「≪エンリルの悲劇≫か?」


「でしょうね、恐らくは父さんたちにとって特に重要な仲間だったんでしょうね。エヴァンジェル様のお父上……」


 俺とルキはそう推察していた。

 根拠としては英雄候補である人物の進捗状況の観察も資料としてまとめていたようだが、ある時期を境に状況のデータが雑になり最終的には途切れている。


 恐らく、それだけアンダーマンらにとって困った事態だったのだろう。

 あるいは当代のアンダーマンであったマードックの体調にも何か問題が出てのかもしれない。


「父さんは流行り病で亡くなったとは言いましたけど。実は結構前から身体を悪くしていて……」


「だからこそ、大事な英雄計画とやらの進捗状況の資料データもこの様か」



 よほど、アンダーマンらには余裕がなかったのだろう。

 日記の内容からすれば次々と仲間を失い、あるいは諦めて離れ、もう「ノア」への……「楽園」への反抗勢力としての彼らの力は残っていないのだろう。


 だからこそ、こんな英雄計画などという杜撰な計画に縋った。


 画面に表示されているのは三つの名前。



 ローラ・フィッツジェラルド=死亡。

 理由=状況を絶望しての自死。


 ウィリアム・H・ベネット=死亡。

 理由=意欲的に狩人へとなったがゲーム感覚のままに狩猟がこなせると街の外に出て、モンスターに食われる。


 朝戸あさどリオン=死亡。

 理由=家族仲が上手く行かずに殺害される。



 英雄候補として選定されていた八人の内の三人は既に死亡している。


 アンダーマンらはサポートをするつもりであったはずだ。

 だが、碌に出来ていない。


「先程の音声ファイルは彼ら彼女らが死ぬ前のものだな」


「でしょうね、だいぶ若く聞こえましたし……」


 資料を読み進める。


 デイヴィット・アーサー。

 帝都に引き籠っている。


 流郷りゅうごう守衛もりえ

 エーデルシュタイン領の人間で、≪エンリルの悲劇≫の動乱の末に消息を絶っている。


 クリストフ・エル・フートリエ、ミシェル・L・エドワード。

 両名に関しては狩人として活動をしていらしいが……。


 資料で分かるのは数年前の事だけ、それ以降は集めることも難しくなったのか記録がない。

 それ故に今の彼らが何をしているかは不明だ。


 ただ、クリストフとミシェル……前の方の名前ではピンと来なかったが、――そして、狩人としての異名は俺の耳にも届いていた。



 コンビを組んでいた有名な狩人だ。

 いや、だった……というべきか。



 ある≪依頼≫を受けて出て行ってからは消息不明……という話を聞いたことがあった。

 狩人では珍しくもない話。


「全く、ボロボロな状態じゃないか。英雄候補というやつは……」


「その分、頑張ってくださいね。アルマン様」


 実はちょっと仲間がいるのではないかと期待していた俺もこの結果にはがっかりだ。

 少しは楽になるかも、などと下心がいけなかったのか。


「でも、まだ可能性があるのが二人も居ますよ?」


「いや、いいよ。そもそもそいつらの最後の資料は五年前で止まってるんだ。今何をしているかもわからないし、仮に見つけたところで「楽園」の「ノア」のこともしらないだろうし」


 ――あるいはその後に狩人の生きざまに目覚めて、ずっと狩人生活をして強くなってましたーとかじゃないと……無いな。


 巻き込まれ仲間として、どうにか生きて居て欲しくはあるが……感傷としてはその程度だ。


「ここにこれ以上目ぼしいのはないようだな。ルキ……とりあえず漁るだけ漁ったら帰り支度だ」


「はい、任せてください! アンプルでしょー? ≪龍殺し≫についての資料、≪英雄計画≫の補足プランの資料……それからあれもこれも」


 データの持ち出しも想定していたのだろう。

 取り外し可能な情報端末に、ルキはあれもこれもとデータを移行させていく。


 時間にして三十分ほどだった。

 あらかじめ彼女もその作業を並列で勧めていたのだろう。


 黒い大きめのアタッシュケースのような機械は、彼女に手によって膨大のデータ保管先へとなった。

 ついでに機械群から取り外したアンプルも取り付ける場所がありセットすればすべて解決である。


「よっしゃー、これで完璧です!」


「思った以上にもっと何かはあるとは思ったが……」


 いや、情報という意味ではこれでもかと言うほどあった。

 それでもやはり……アンダーマンはしていたのだろう。

 もはや力が残っていなかった。


 だからこそ、




〈勝手に役割を与え、期待して……申し訳ないとは思っている〉


〈だが、もはや我々もを乗り越え、の為に邁進する余力はない〉


〈故にこそ、全てを費やす。ここまで積み上げてきたもの、全てを使い切る〉


〈その上で敗れるのならば――それは天命なのかもしれない〉


〈真実を伝えるものが居なくなり、「楽園」は延々と終わりと始まりを繰り返すことになるだろう〉


〈それこそ、何も知らずともその身の強さだけでストーリーイベントをクリアをしてしまうような主人公が現れるまでな〉




〈それを待つことなど出来ないからこそ、我らはキミたちを用意した〉


〈頼む、世界が先に行けるように戦い……そして、勝って欲しい〉





〈最初で最後の――真の英雄プレイヤーよ〉





 男の最後の言葉は何故か何時までも耳の奥で残響していた。

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