第百九十話(2/2):過去からのメッセージ


「…………」


「はぁはぁ……み、見てくださいこのデータファイル! ああっ、見つけました見つけました! ふふふっ、これは凄い! まるで芸術だぁ! 構造体のモデルが常に変化し続けている……無数とも思えるパターン。でも、その解析に成功していたんですね」


 急いで戻ってみるとそこには恍惚とした顔のルキの姿が、どうやら先程の悲鳴は歓喜の声であったようだ。

 ドッと疲れてしまうが寝る間も惜しんで調査をしていてハイテンションになっているのだ、それぐらいは許すべきだろう。

 あとたぶん、こっそり≪女王蜂蜜ロイヤル・ハニー≫を≪ハッスルダケ≫にぶっかけて食って色々とキメているのもあるのかもしれない。


 何だ、こいつは本能で生きているのか。

 生きているんだろうなぁ。


 ともあれ、俺はルキに話しかけることにした。

 この二日間、ちょくちょく興奮して奇声を発するのは何度かあったもののここまでの反応は初めてだ。

 それだけの発見をしたのか、あるいは遂に頭がネジが全部飛んで行ってしまったのか……。


 ――その場合は流石に殴って休ませるか。


 そんなことを考えていたのだが、



「見つけましたよ、アルマン様! ≪龍殺し≫の鍵を!!」



 俺はルキの言葉に眼を見開いた。


                    ◆



 この地下施設はとても蒸し暑い。

 空調の機能がそこまで高くないこともあるが、根本的な理由として奥にある大型の機械群がずっと稼働中で熱を発していたからだ。


 色々な管やコードやらが複雑に絡み合い、見た目には用途は不明。

 ただ特徴があるとすればその機械の中、ガラス越しに見える内部にの液体が入った試験官のようなものがあることぐらい。


 何かもわからない状態で止めるわけにもいかず、一先ずは放置して調査をしようと俺とルキは決めたのだが……。


「これはですね、≪龍種≫を構成しているナノマシンの凝縮体です」


「ナノマシンの凝縮体?」


「ええ、私が宝玉から≪龍種≫の解析を行おうとしていたのは知っていますよね。弱点を見つけるなり、あるいはそのスキルを手に入れるために解析は必要……でも、≪グレイシア≫の設備では進めるのは難しい」


「ああ、だからこそわざわざここまで来たんだ」


「実際のところ、設備があったとしても≪龍種≫のナノマシンは複雑で何よりも多角的な情報が足りません。十分な環境下であったとしても、私は一つの宝玉の完全解析には十年ぐらいはかかるんじゃないかと思ってました」


「十年!? 聞いてないぞ?!」


 初耳である。

 ルキは確かに困難であるとは言っていたが……。


「流石にちょっと言えなくて……それほどに凄いんですよ。他のモンスターとはモノが違うっていうか」


「……確かに≪龍種≫の力は自然さえ操るものも多く、他のモンスターはただ生物的には強い個体でしかない」


「だからこそ、その全てが詰まっているコアの解析は正しく難事でした。情報が膨大かつ複雑すぎるんです。でも、ここでは長い時間をかけて≪龍種≫の解析が行われていたようです。その結果がそこにあるアンプルなんですよ! ああ、見てくださいこの美しく整然とした構造式に数式! ここに一つの芸術が存在しているのですよ、アルマン様!」


 画面に出てきた無数の数字と文字、それに3Dモデルを指し示しながらルキが嬉々として説明してくるがさっぱりとわからない。


「そして、これと≪グレイシア≫に置いてきた実物の宝玉が組み合わさればですね――」


 俺はルキの言葉を聞き流しなら思案に暮れた。


 ――また、か。


 考えるのはその部分のみだ。

 ギュスターヴ三世に促されるままに探してここに来て、そして都合よく求めているものが手に入る。

 そこに違和感を感じない俺ではなかった。


「ルキ」


「それでそれで――ってはい?」


「調子よく話しているところ済まないが、他には何か分かったか? 一応、そのアンプルとやらで最低限ここに来た目的は果たせたとは思うが」


「他にですか? ええ、ええっ! ありましたとも例えばこちらのデータは武具の剛性加工についての資料。スキル発動を阻害しない形でどこまで加工が出来るかの試作」


「ほう」


「こちらはスキル運用の適応範囲の研究。≪植生学≫や≪地質学≫などの採取系スキルが与える効果範囲を調べたものですね。丁寧に調べ上げています、効率がどれくらい上昇するとか、どこまでなら無理が出来るかとか。品種によって差異があるみたいでそれも」


「それはまとめろ、絶対にだ」


「あとは植物アイテムといったらどう発酵させるとどんな酒類が出来るかとかも色々と……」


「……うん?」


「まとめた人物の趣味でしょうか、麦芽系が好きだったみたいでいっそ偏執的なまでに効率的な育成法、加工までの工程を調べ上げてますね。それにこっちは合成肉の研究ですね、どんなモンスターの肉を合成してステーキにすると美味しいのかを調べていたようです」


「なんて?」


「組み合わせだけじゃなく配合の数値まで何という執念。他にはこれなんかは≪回復薬ポーション≫の有効利用について――」


 ペラペラとルキの口から出てくるデータの目録は……何というか、三割がまともそうな実験と研究。

 残りの七割ぐらいがほぼ趣味でやってないかという代物ばかりだった。


 特に合成肉の奴は絶対あの日記の奴だろう。



「暇なのか?」


「暇だったんじゃないですかね?」



 思わず呟き、それをルキに肯定されてしまった。

 確かにそれぞれの周期の間には平均で百年ほどの時間があるわけで、何やら怪しげな計画の準備を進めるにしても少々時間が余ったのかもしれない。


 単にルキのようにノリで研究していた可能性も否めないが……。


 それはともかくとして。


「いや、そうじゃない。俺が知りたいのは――「英雄計画」なるプロジェクトについてだ」


「英雄計画? なんですか、それ」


「下の日記に記載があったんだが、内容までは詳しく書かれていなくてね。こっちなら何かあるかな……っと」


「なるほど、確かにそうですね。ここには実験とかテストデータのほとんどが整理されているみたいですし、何らかの計画ならその成果や過程などを――っと、見つけました」


「どれどれ」


 ずいっと前のめりになって俺は画面をのぞき込んだ。

 そこには確かに英語のタイトルで「英雄計画」という項目が表示されていた。


「頼む」


「はいはいー」


 指示されると同時にルキがそのデータを引き出そうと操作した瞬間、


 ピー、ザザッ。


 ノイズ交じりの音声が突如として流れ始めた。

 画面も全てが暗転する。


「は? ルキ、お前……」


「いや、待って待って!? 私、変なことしてないよー!」


 何か変なこと操作をしてしまったのかと思わずルキの方を見てしまうが彼女も動揺しているようだ。

 必死に何やら試しているが状況は変わらず、ノイズ交じりであった音声は徐々にはっきりと流れてくるようになった。



〈こ…音…が起動してい………うことは…画が順……に進んでいる……うことだろう〉



「勝手に操作が……音声ファイル? あらかじめ仕掛けられていたの?」



〈我々として…そう信…たいところだ。ここまで辿り着けたか〉



「それにこの声って……」


 聞こえて来るのは男の声だ。

 そして、ルキには聞き覚えのある声らしい。



〈この記録を残した時点ではどこまでスムーズに事が進むか、見通しが立っていないからな……とはいえ、≪エンリル≫の件もある。可能なら私自身が導き手になりたいが、未来のことはどうなるかわからない。だからこの音声ファイルを残した〉


〈最悪、私がダメだったとしてもギュスターヴが居れば計画の進行自体には支障はない。上手くいっていれば……の話だが。いや、上手く行っていなければ私以外でここに来る者は居ないか〉


〈さて、初めまして。ある程度知っているという前提で話を進めさせて貰おう。よくぞここまで来た、これを以って計画は最終段階まで来たことになる〉


〈我々の計画というのは突き詰めて言えば君がここに来た時点で終了しているのだ〉


〈そんなことを言われても困るだろうし、説明が必要だろうと思ってこの記録を残したわけだが……まず、一つ聞きたいのは――?〉




〈デイヴィット・アーサー、ローラ・フィッツジェラルド、ウィリアム・H・ベネット、天月あまづき翔吾しょうご流郷りゅうごう守衛もりえ朝戸あさどリオン、クリストフ・エル・フートリエ、ミシェル・L・エドワード……このうちの誰かだとは思うのだが〉




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