第百九十話(1/2):過去からのメッセージ



「「英雄計画」……主人公を創る?」



 パタンとその日記を閉じて本棚へと戻しながら、俺はその言葉に何か嫌なものを感じた。


 この本棚に並べられている日記は歴代のアンダーマン。

 そして、アンダーマンになる前の前身の攻略派のプレイヤーたちの私物でもあった様だ。


 人によって文体も変わり、飛び飛びに書いている者ややけに詳細に日頃のことを書いている者など、書いている人間の性格の出ている日記で大まかな所だけを抜き出すだけでもえらく時間がかかってしまった。


 俺が知ったのもアンダーマンの歴史のほんの一部でしかない。

 ただ、こちらは歴史家ではないのだ。


 過去のことはサラッとだけ理解していればいい、と割り切って一番近年のマードックが書いていたであろう日記を探し、出てきたのがこの単語である。


 ――主人公を創る……創る、ね。というかサラッと≪龍の乙女≫を作成したとか頭旧人類か。


 人工の大陸を創ったり、そこでゲームの世界を再現したり、人型人造生命体を創ったりと、ちょくちょくと俺の中の常識とか倫理観が揺ぐ出来事をここ数ヶ月で一気に聞かされているが、どうにもアンダーマンの一族もそれに類する存在らしい。


 単語だけで頭が痛くなる、というか。


 ――頭が良すぎると馬鹿になるかな……。




「はぁはぁ……凄いィ! これ家で見たやつと同じ……そうだよねェ、予備は用意するよねェ! いや、違うか! あの家が囮だったとしたら、あそこにあった資料は使い終わったものなんだったんだ。電子化した方が保存も効きやすいもんねぇ! うへへ……あっ、この研究資料はまだ途中までしか読んでなかった奴――」


「…………」




 聞こえてきたルキの声に俺は何だか納得してしまった。

 極まって頭が良くなると一周回って馬鹿になるのだろう。


 ――倫理観って大切なんだな……。


 わりと美少女な容姿なのにアウトな笑い声をあげるルキをスルーしつつ、俺は改めて考え直す。



 ゲームにおける主人公の居ない、人の手によって創られた仮想の世界。

 それこそがこの「楽園」だ。


 それなのに主人公を創る、とはどういった意味なのか。

 というかこの場合の主人公とは何なのか。


「主人公……英雄……創り出す……」


 英雄という言葉に思い出したのはギュスターヴ三世と初めて謁見した日のことだ。


 ――あの時の俺はシュバルツシルト家の関係もあって、あえて利用する為にわざわざ災疫龍の防具を身に纏って乗り込んだり、宝玉を渡したりとしったっけ……。そして、それを甚く気に入った陛下によって名声は広まった。



 偉大なる≪龍種≫の一つを狩った≪龍狩り≫のとしての名だ。



 無論、≪災疫事変≫自体は帝都に赴く以前に倒している。

 そもそも≪龍狩り≫以前の呼び名の≪怪物狩り≫の名もそれなりには広まっていたが、やはり辺境と言うのもあってあくまで噂と言う曖昧なものでしかなかった。


 世に≪龍狩り≫という名が広まったのは帝都へ訪れ、そして皇帝に認められたからこそ確かなものになったのだ。



 あの日に俺は確かに帝国に名を轟かせるわけだ。

 他ならぬギュスターヴ三世の手によって。



「英雄……英雄か……」


 何故そんなことを思い出しているのか。

 英雄計画、という単語でまず考えたことが自らのこと……というのは自意識過剰が過ぎるかもしれない。


 それでもここに至るまでの過程に作為を感じていたこと、そして今と時代においてそう称される存在は自分だけという自負もあった。

 高名な狩人、という枠ならば思い当たる人物も確かにいたが……。


「主人公を創るというのはなんだ? ……ストーリイベントをクリアするに足る、そんな英雄を用意することということか?」


 推察するならそう言った意味が思い浮かぶ。

 だが、それを創る、あるいは用意するというのがわからない。


 もし仮にこの英雄計画とやらに関するのが俺だとして、だ。


 ――例えば俺が生まれついて特別な力を持っていたのならそれもわかる。けど、俺にはそんな力はない、あるとしたらアルマンになる前の記憶を持っているのは確かに特別ではあるかもしれないが……。


 これに果たしてそこまでの価値があるかと考えると首を傾げるしかない。

 確かにこれまでのことを考えれば、俺の中にある「知識」は役に立った。


 都市の繁栄、狩人の育成、モンスターとの戦い方……あげれば切りがないほどに。

 だが、それらは全てアンダーマンらが与えられるものだ。

 いや、むしろアンダーマンらの方が上手くできるだろう。

 何せ俺が知っているのはあくまでゲームとしての世界だが、この「楽園」のことについてはアンダーマンらの方がより詳しく知っている。


 それを考えれば「知識」というのもそれほど特別なものとは思えない。


「……わからん」


 情報が不足している。

 そもそも、その英雄計画とやらもどんなものなのか、実行されたのか、実行した後は成功したのか失敗したのか……。


「くそ、棚は整理しろよ」


 時系列順に日記が並んでいるわけではないので漫然と内容を見るならともかく、望む情報を探し出すとなるとかなり困難だ。


 ――というか所詮は日記なのでそもそも詳しく記述されていない可能性も高いんだよなー。普通に「今日の夕食はモンスター合成肉のステーキだ!不味かった!」とかどうでもいいことも書かれていたし……。


 ルキの祖先らしいというか「ノリでやってみました!」感が文字からヒシヒシと伝わる内容だった。


 何故、それをやってみようと思ったのか。

 何故、そして食ったのか。


「勢いだろうな、たぶん……」


 それはそれとして、だ。


「そうだ、ルキの方なら何かわかるかもしれない」


 彼女は今端末内の情報を調べているはずだ、ちょっと好奇心と知識欲のせいで興味が引かれる内容を見かけるとすぐに寄り道をしかけてしまうようだが、それでもだいぶ進んでいるはず。


 ――「英雄計画」云々の情報なら、そっちの方にまとめられている可能性が高い、か。


 そう思い至り、俺はルキの方へ向かおうと足を向けたその瞬間、



 響き渡るルキの声が聞こえた。



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