第百八十九話:アンダーマンの日記


■月■■日


 外の暦を使うことにどれだけの意味があるのか、こうして日記を記す立場になってこそわかる。

 今までの我らの歴史がこの無数の日記が示している。

 それを忘れないためだ。

 この閉ざされてしまった世界の中で。

 犠牲を無駄にしないためにも……。


■月■■日


 とうとう彼らも諦めてしまった。

 敵にまわったと言ってもいいだろう。

 無論、わかっていたことだ。


 彼らは「ノア」に近かった。 

 だからこそ、彼らには秘密に我々は地に潜む者アンダーマンを組織した。


 何も問題はない。

 だが、また志を同じくする者が減ってしまったという虚無感の方が強い


 確かにを見てしまえば……だとしても。


■月■■日


 我々の拠点を本格的にへと移した。

 ここは「楽園」の開発時に使用されていた地下施設で我々はそう呼んでいる。


 見つけられたのは本当に偶然だった。


 用途が済んだ後は廃棄されたままとなっていたようで見つけた当初は碌に使えたものではなかったが、ようやく使い物になる程度には機能するようになった。


 ヴルツェルが使われていたのは「楽園」の開発当初で有り、「ノア」の本格的な起動が行われたのは開発後期であるとされている。


 もしかしたら、ヴルツェルのデータは「ノア」の中にはない可能性がある。

 そうであれば秘密の拠点にする場所はここを於いてないだろう。


 恐らくは「楽園」にも複数のヴルツェルが残っている可能性は高い。

 とはいえ、それが使える状態なのかどうなのか、そして場所も不明なため、探しては見るもののあまり期待はしない方がいいだろう。


■月■■日


 多くの同士が死んだ。

 積み上げてきた物も


 また初めから……だが、問題はない。

 我々が残っている。

 次のイベントが始まるまでの立て直しの時間。

 それは丸ごとこちらが用意を進めることのできる時間でもある。


 次のために備えるのだ。


■月■■日


 考察が必要だ。

 人は失敗から学ぶこと重要だ。

 失敗という事象をキチン捉え、分析することで成功は掴める。

 今読んでいるであろう、次の我々に託すためにも。



 我々は五度、既に失敗を重ねた。



 ≪世界依頼ワールド・クエスト≫と名付けたイベントクエストの達成。

 ≪龍種≫との闘争を我々は――滅龍闘争とも名付けた。


 やつらを滅ぼさなくては我々の世界が進むことはない。


 それはわかっている。

 わかっているというのに、それに失敗してしまった。


 一度目は仕方なかった。


 そもそも「ノア」が目覚め、モンスターのセーフティが壊れていることにも認識できないままにストーリーイベントを強行するなど、プレイヤーの予想外だった。


 そして、≪グレイシア≫が陥落し、ストーリーイベントの達成が不可能と判断されてからの「新生プロトコル」の発動。

 始まりのプレイヤーたちは激動の中で生き抜いたのだろう。


 二度目は万全を期したはずだった。


 「ノア」の暴走による諸々の弊害を調べつつ、プレイヤーたちは用意をしていた。

 設定をなぞるように繁栄していく帝国を見ながら、何れ設定通りに≪グレイシア≫が建てられ、そしてまたストーリーイベントが発生するのではないかと予想をしたプレイヤーたちは、その子孫に出来得る限りの準備を行わせた。


 防具も武具も知識も「ノア」に細心の注意を払い用意し伝えた。

 狩人としての手腕を磨くために積極的に経験を積ませ、精強な狩人たちを揃えることに成功し、そしてストーリーイベントが発生する年を迎えた。



 結果は失敗。

 五体の≪龍種≫の討伐までには成功するも最終的には全滅。

 二度目のやり直しが始まった。



 二度目の失敗の爪痕は痛かった。

 もとよりこの計画のために当時の≪グレイシア≫に集結していたのは、プレイヤーの中で主戦派に属する者たちの子孫だ。

 一度目から二度目の間のおよそ百年の間に、外への執着を無くしたプレイヤーやそもそも真実を子孫に伝えなかったプレイヤー等々も多くなっていた。


 その中でのこれだ。

 我々の受けたダメージは計り知れないものとなった。


 三度目、四度目、五度目。

 以降も手を変え品を変え、挑戦するもその全てに失敗した。


 ≪龍種≫に滅ぼされ、システムの裏道を見つけ出そうとして「ノア」に見つかり、新生プロトコルが発動され……五度目は惜しいところまで行けたと思ったのだが。



 結果として我々の同士は随分と目減りした。



 もはや「楽園」の真実を知る者など少数になってしまった。

 皆が真実を伝える意義を見失ったからだ。



「どうにもならない閉ざされた世界の真実など子孫に伝えてなんとする?


 ただ辛いだけだ。

 避けられぬ滅びが来て、そして巻き戻るというのなら知らない方がいい。


 繰り返される滅びからの巻き戻り、そのサイクルの間の穏やかな繁栄。

 それを知らずに享受して生きる方が幸せなのではないか?」



 そう言われて、また一人離れていった。

 私は止められなかった。


 そうなのかもしれない……そう思ったからだ。


 だが、納得できないものもある。

 だから私はまだアンダーマンをやっている。


 今、読んでくれているキミもそうであったら嬉しい。


■月■■日


 五度に渡る滅龍闘争の中で判明したのは正攻法で≪龍種≫の六体討伐は難しいということだ。


 単純に一体一体が特殊な能力を持った強大なモンスター。

 それが六体もおよそ一年以内に侵攻を開始する。


 ハッキリと言って脅威だ。

 一体一体だけならば対策を練って対応するというのも可能だが、残念ながら六体が六体とも別々の系統の力を持っている。


 全てに万全な対策を取るというのは不可能と言っていい。


 正攻法で倒すにしても「楽園」のシステムにおける装備の性能制限がある。

 攻撃力にしろ、防御力にしろ限度が設定されており、≪龍種≫が強いようにバランスが調整されているのが厄介だ。


 本来のゲームとしての在り方は、何度も負けて立ち回りでカバー出来るようになって試行錯誤する……というもの。

 問題は今の「楽園」ではそれが成り立っていないということ。


 敗北はそのまま死につながる。

 つまりは戦闘は常に初見でのクリアをする必要があるわけだ。


 それは狩人個人の力量だけでカバーできる範囲を超えている。



 対策を万全に用意出来ず、敵は強大、こちらの装備には制限がかかり、負ければ死。



 これだけの条件が重なれば真っ当な手段でのクリアは難しいのは自明の理。

 だからこそ、計画は必要だ。


■月■■日


 あのクソ野郎どもめ!

 ≪神龍教≫なんて組織を作って連中は邪魔をするようになった。


 鬱陶しいがこちらはあまり表立っては動けない身だ。

 無視するしかない。

 彼らのせいで今回は災疫龍の段階で進行不可になってしまった。


 そのせいで最短でやり直しが起こってしまったが、その影響は最小限に収まった。

 被害範囲の広大さで巻き戻る時間にも影響を与えているのではないかという、考察もあったが……次のスパンは短いかもしれない。


 まあ、どのみち私の代ではないだろうが。


 とにかく、今回は捨て回だった。

 どうしても人手が今回は揃わなかったし勝ちの目の用意も出来なかった。


 致し方ない。


■月■■日


 ≪龍の乙女≫と呼ばれた少女の記録が残っている。


 何代も前に存在していた少女。

 E・リンカーとエルフィアンによる特異化した能力。

 システムクラッキング能力を発現した存在。


 それを応用し、モンスターを操ることも可能とした。


 当時の我々を含めた仲間は甚くその存在に注目し、それを利用したストーリーイベントの攻略を望んだのが四度目の滅龍闘争。


 結果は失敗。


 一時的に≪龍種≫の支配に成功するも、「ノア」に重大な不正として認識され最も徹底的なやり直しが発生するという結果になった。

 先人たちは焦り過ぎたのだ。

 あるいは目がくらんだと言ってもいい、奇跡とも言える力に。


 

 今回の我々は時間をかける。

 おおよその条件はわかっているのだ。

 人工的に生み出すことだって……そうすれば第一段回は成功だ。


■月■■日


 実験には成功した。

 我々は≪龍の乙女≫の作成に成功した。

 これでシステムへの干渉の足がかりが出来た。


 とはいえ、システムへの直接干渉ではない。


 我々の技術力は確かにこの世界の中において突出したものはあるかもしれないが、偉大な祖先たちに足元にさえ及べない。


 大地を森を山を新たな生命を創り出した、旧人類との技術力の差は天と地ほども離れている。

 始まりのプレイヤーたちならばまだ持っていた者も多かったかもしれないが、彼らの多くは「ノア」によって殺され、また時代の流れに旧文明の技術知識は散逸した。

 我々がやっているのは技術の結晶を分析することで、何とか知識を得て後追いをしているだけに過ぎない。


 十分に技術力を持っていた始まりのプレイヤーたちでさえ失敗したのだ。

 今の我々に「楽園」の根幹システムに影響を与える干渉というのは……まず不可能だ。


 だが、システムから情報を引き出すことは出来る。

 システムの隙、使える要素、どんな細かな情報でもいい。


 それらを組み上げて計画を立てる。



 ――「英雄計画」



 我々には主人公が必要だ。

 故にそれを創らなくてはならない。


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