第百八十八話:地下施設
「アリーたちは大丈夫だろうか?」
「≪ゼドラム大森林≫の表層だろう? 多少地区で出現するモンスターが変動するとはいえ、ただの下位モンスターだ。キッチリと上位装備で固めていったんだ、まず問題はないだろう」
「まあ、システム上性能的には負ける方が難しい。それに加えて≪龍狩り≫だぞ?」
「理屈の上ではそうだとしても、心配するしないは別だよ。そういうものだろう? ねえ、アンネリーゼ様」
「そうね……そうかも」
二人と一匹が旅立った後の≪グレイシア≫。
ロルツィング家の私邸にて僕とアンネリーゼはスピネルたちを迎えて談笑を行っていた。
アルマンが居ない以上、彼女たちが集まるのは必然。
それぞれがやることがあるとはいえ、定期的な意見交換の必要性というのは共有していた。
「うまく事が進めばいいがな」
「アンダーマンの研究所、か。……あると思うか?」
「可能性として用意していてもおかしくはないと思う。だが、そうなるとやはり私たちは出し抜かれていたことになる」
「今後のことを考えると有って欲しくはあるが……いささか、複雑な気持ちだ」
スピネルとルドウィークは若干微妙な顔をしながら話し合いっていた。
確かに彼らの立場からすると何とも言えない気分になる話ではある。
アルマンたちが探しに行ったアンダーマンの研究所、それがもしあった場合あの家自体がもしかしたら彼らに対するブラフだったかもしれない可能性があるのだ。
真に隠したいもの隠すために、敢えて処分されることを想定して用意していた拠点。
だとしたら、あそこを焼いて満足してしまった二人は思惑通りに掌の上で踊っていことになる。
それは二人からしたら屈辱的ではあるだろう。
理性的な面では有った方がいいのはわかっているのに、微妙な顔をしながら彼らが話し合っているのはそのためだ。
まあ、放っていいだろう。
所詮はただの気持ちの問題だ。
――問題があるとすれば……。
「大丈夫ですか、アンネリーゼ様。気分が悪そうに見えますが?」
「えっ、いえ、そんなことは……」
「やはり、アリーが心配で?」
「それは……」
――こっちの方だな。
僕の想定していた以上に、どうもアンネリーゼはアルマンとのことを気にしているようだ。
いつもやっているアルマンを送り出す際の挨拶も出来ないくらいだ。
相当に悩んでいるのであろう。
――婚約者と婚約者の母親との関係、か。取り持つのも僕の仕事だね。
簡単に答えが出る問題では無いが、何がしかの答えが両者の間で必要なのだろう。
――出来ればそっちでその答えを見つけられるといいのだけど……。
一先ずは無事と成功を祈ることくらいしか出来ない。
「向こうは雨だったっけ? 無理をしていないと良いけど」
「予報ではな。北部は山岳地帯に近いからあそこは天候が移ろいやすいと聞くから……」
「とはいえ、天候程度なら場数を踏んだ狩人にとっては問題はない。雨よけの道具も持って行っているはずだし」
「身体を冷やしていなければいいのだけど」
◆
「暑い……」
「アルマン様、慣れてください。暑いって言わないでください」
「お前は脱いでるからいいけどな。こっちはフル装備できているんだ。少しぐらい愚痴を零してもいいだろう?」
「アルマン様も脱げばいいじゃないですか!」
「脱げるか!? 何が起こるかわからないし、この上の地上には普通にモンスターが徘徊しているんだぞ? いくら室内とはいえ防具を脱ぐな!」
「暑いんですもん!」
「自分で言うのはいいのか暑いって……」
二日。
扉を見つけて中に入ってから二日の時間が経った。
扉の下にあった地下施設には少し警戒していた変な罠が仕掛けられているということもなく、俺たちは施設内の探索をすることには成功した。
とはいえ、その施設の内部はかなり予想とは違っていた様子だった。
秘密に作られた施設があるだろうとは思っていたものの、それが地下にあるというのはまず予想外。
研究用の建物を用意していたぐらいならわかるのだが、地下を作るのはどう考えても難易度が違う。
不思議に思いつつ、ルキと共に入って見えてきたのは≪深海の遺跡≫にも使われていた壁や床と同じ材質で作られていた空間であった。
「元はこの「楽園」の施設の一部だったんだろうな」
「廃棄された、という単語が前につくんでしょうけどねー。空調も碌に機能してないですし」
それが俺たちの出した結論だった。
色々と規格外とはいえ、この広大な人工の島を一気に作り上げるというのは流石に無理だ。
年単位の時間を使ってどんどん土台となる部分を作り、更には植生やら何やら環境を整えていく……膨大な労力と物資の運搬が必要となるわけだ。
それで用意されたのがこの空間。
「物資の貯蔵に使っていたのか、それとも別の利用法があったのか。ともかく「楽園」開発時の名残というやつだな」
「それを見つけて利用していた……って感じですかねー」
地下施設の中、それ自体はかなり広かった。
だが、その空間を埋め尽くすように無数の機械群に埋め尽くされていた。
「それにしても暑い……」
機械群の発生させている熱でまるで蒸し風呂のように地下施設は暑かった。
よくわからない機械群だが少なくとも稼働しているというのは良い点ではあったとは思う。
フェイルは耐え切れずに外に出て行ってしまったが……ここに居るのも嫌だろうから、しばらくは自由にさせることにした。
重要なのはここから。
どれだけ情報を得られるか、だ。
時間がかかるだろうと覚悟して、蒸し暑さに辟易しながらも俺とルキは詳しく調査を開始した。
大半の機械群の主な調査はルキが担当した。
≪アトラーシス号≫の分析の際にエヴァンジェルに手ほどきを受けた彼女は、情報端末を操作して片っ端から確認していく。
どうやら、この地下施設内の情報端末にはセキュリティがかけられていなかったようで随分とスムーズだ。
――私用として使っていたからかな? どのみち、この地下施設が「ノア」に見つかった時点でアウトだし……。
そこら辺、割り切っていたのかもしれない。
ともかく順調に進んでいるのは良いことだ。
そして、俺の方はと言うと人力で施設内のものを調べていた。
何か役に立つものは無いか、と。
とはいえ、あまり成果は出なかった。
物こそ乱雑に散らばっているものの、それはただの何者かの生活の痕跡だったり、資料の束だったり、よくわからない発明品の残骸だったりと目ぼしいものは多くはなかった。
持って帰って詳しく調べればわからないが……。
「成果と言えばこれぐらい、か」
奥まった場所にたてられていた本棚。
そこに並べられていた本を手に取りながら俺は呟いた。
それは日記だ。
マードック……のではない、アンダーマンとしての日記。
手製で作っているのとこの地下施設の環境が劣悪なのもあるだろう。
本の状態は悪く、落丁も多い。
特に古いものは碌に読めた状態ではないが……俺はこの二日間、それを読むことに腐心していた。
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