第百八十七話:隠された扉
それは森の中にあった。
ポツンとオブジェのようにその黒い石は佇んでいた。
蔦が絡み、苔も生え、一見すると風景に溶け込んでいる。
明確に意識して見なければただの珍しい岩か何かだと勘違いして見落としてしまうかもしれないが近寄ってみればそれは明らかに人工物であることがわかる。
「うーん、これ明らかにわざとですね。蔦とか苔とか……自然に出来たものじゃないっぽいです」
しげしげと観察していたルキがそう言葉を漏らした。
彼女の言う通り苔と思わしきものは似せて作ったまがい物らしく、あっさりと払えてその下には傷一つない黒い光沢が見えた。
蔦とて敢えて巻き付けるようにしていたのであろう、行った理由は明白だ。
「これが例の……」
「たぶん、間違いないと思います。家で見たのと同じ……かなり特殊というか、よくわからない物質で出来ていたので記憶に残っています」
ルキに促されるように改めてよく見たが、確かにパッと見た限りでは石のようにも見えたが鉱石とも金属とも違う奇妙な質感と光沢が見て取れた。
「ふむ、確かにこれは中々奇妙と言うか不思議な……。それにしても好奇心の塊のお前がよくわからないものをよくわからないままにしていたのか?」
「あはは、いや、勿論一度壊して調べようとはしたんですけどね。怒られて納屋に閉じ込められちゃいましてー」
「そりゃ、そうだろうな。役割とかを考えれば……というか、聞いても教えてくれなかったのか?」
どうにもルキの親たちは情報を制限していた節が伺える。
何らかの意図があって情報統制していたのか、単純に彼女が幼かったから後で教えるつもりだったのかはわからないが……。
「ああ、いえ、聞く前に好奇心がむくむくしたので衝動的に」
「お前が悪い」
どちらにしろ今回のことに関してはルキが悪そうなことだけは理解は出来た。
怒られて納屋に放り込まれて一晩過ごす中で、新しい合金のアイディアが思いつき興味が移ってそのまま黒い石のことは忘れていたらしい。
「あの時、聞いておけばよかったですねー。……アルマン様、これちょっと資料用に――」
「削ろうとするな」
「いや、でも、欲しくないですか!? この技術! 再現が出来たらどれほどの利益が……」
「欲しいか欲しくないかで言えばほしいけども! 今回はこれが主眼ではないから! 変に弄って面倒事になったらどうする!」
妙な機材を取り出して一部を採取しようとするルキを俺は何とか押し留めることに成功。
「油断も隙も無いやつだな」
「あー、返してくださいー! ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」
「落ち着いて目的を思い出せルキ。研究所の方が見つかればもっと面白いものがあるかもしれないぞ」
「はっ!? そうでした……つい、目の前の知的好奇心の魅力に乗せられて」
「お前は本当に欲に忠実過ぎるのがなぁ」
だからこそ極められるものもあるのだろうが素直過ぎるというのも問題だ。
――そもそも、この黒い石が秘密の研究所を守っているのかもしれない……という仮説を立てているのに欲求に負けて弄ろうとするなよ。それで機能とやらが無くなったりすれば色々と台無しだぞ。
俺としても技術自体は喉から手が出るほどに欲しいが手を出すにはリスクが高すぎる。
「ともかく、これが例の石であるのは恐らく間違いない」
「そうですね、見た目的にもそうですし。それにフェイルの様子から見ても……」
チラリッと目を向ければフェイルは何処となく落ち着かないような雰囲気でソワソワしている。
「ルドウィークさんたちが言っていたセーフティエリアというやつでしょうか」
「明らかに様子がこれまでと違っているからな。モンスターが忌避する信号を放っていると言っていたが……」
――見た感じ……「何となく嫌な落ち着かない感覚」を発生させている感じか? 人間的に言えば座り心地が悪い……みたいな。それほど強力に近寄れない、というわけじゃないみたいだが……。
モンスター側に明確に入ろうとする意思がなければ留まることは難しいのだろう。
フェイルも一応命令しているからこそ留まってはいるものの、ここから離れたそうにしている。
「ん……。一応、改めて周囲に状況を感知してみましたけどやっぱり明らかにモンスターの気配がありませんね」
何時の間にか防具のフードの耳をピコピコさせていたルキはそう言った。
恐らく、スキルの≪感知≫を発動させたのだろう。
スキルの恩恵によって鋭敏になったルキの五感でも大型モンスターの存在はおろか、小型モンスターの存在も一帯からは捉えることは叶わなかったようだ。
「ふむ、それは異常だな」
「となるとやっぱりこの一帯のどこかに?」
「可能性は高いはずだ。効果範囲がどれくらいかはわからないけど、それほど広くはないはず。改めて詳しく周囲を探ってみるか」
「モンスターが居ないなら落ち着いて探せますしね」
「黒い石の状態を考えても偽装ぐらいは施されているかもしれない。良く調べて見るか」
「はい!」
俺たちはそうして黒い石を中心にしてあたりを詳しく探索することにした。
「あっ、アルマン様! これ!」
「ん、これは……でかした」
何かあると考えて調べて見れば見つけることは難しいことではなかった。
地面の一部の感触がおかしいことに気付いたルキがその金属製の扉を見つけたのは、探索を始めて十数分も経たない頃合いだった。
それは茂みの中にあり、何も知らない偶然通りかかった者が見つけるのは難易度の高い場所であった。
「間違いない、これは明らかに……開けられそうか?」
「んっ、ちょっと待ってください。えっと……うわっ!?」
「あっ、ルキ……お前も何をした!?」
「な、何もしてませんよ?!」
一先ず怪しげな地面に作られた扉を見つけたものの、さて開けるにはどうしたものかと色々とペタペタとルキが触っていると不意に鈍い振動と共に扉が自動的に動き始めた。
思わず、俺は彼女を問い詰めるも冷静に思い返してみれば変な行動はしてなかった気がする。
――普段の行いのせいで何か余計なことをしたのかと……。
まあ、それはいいとして。
「俺が触っても特には……何かスイッチが? それとも指紋認証か何かか?」
「ど、どうします?」
俺たちの困惑を他所に扉は完全に開き切り、中には地下へと続く階段が現れた。
「行くしかないだろ。それとも中を見なくていいのか?」
「それは絶対に嫌です」
ルキがあえて尋ねたように何処か状況に都合のよさを俺も感じた。
別に苦労をしたかったわけではないが、それでも人間というのは不思議で都合がよく進むとそれはそれで不安になる生き物らしい。
とはいえ、手をこまねいても仕方がない。
俺たちは覚悟を決めてその地下への階段へと歩を進めることにした。
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