第百八十五話:≪アミュレット≫



「せぇっ、のォ!!」


 とん、と軽やかに地面を蹴りルキは飛び上がった。

 そして、勢いよく状態を逸らし全身のばねを使って≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫を振るった。


 ブォンッ、という豪快な風切り音を上げながら≪ウルス≫の首へと向けて刃は迫り――


「あっ、バカ」


「……あ」


 あっさりとその首を両断する。

 当然のように血は噴水のように吹き上がり……。


「わっ、ちょっ、たんまたんまー!?」


「何をやってるんだか……」


 ――≪赫炎輝煌≫


 降り注ごうとしている血の雨相手にわたわたしているルキに溜息を吐きつつ、俺はスキルを発生させて放った爆炎で焼き飛ばした。



                   ◆



「いやー、すいません。助かりましたー……たはは」


「血塗れの姿で同行されても困るからな」


 狩人をやっている以上、血や臓物などの匂いなど慣れっこだ。

 消臭用の道具だって持ってきている。


 とはいえ、汚れないに越したことはない。

 消臭剤は消臭剤で使い過ぎるとモンスターの種類によっては刺激するものも居るわけだし。


「一応、≪銀級≫の狩人だろう?」


「一応とは何ですか、一応とは。ちゃんとした≪銀級≫ですよ」


「下位モンスター相手に下手を打っていたような気もするけど? 腕が落ちたか?」


「うっ」


 と口では攻めるようなことを言いつつも、実際のところ俺はそれほど気にしてはいなかった。

 ルキに求めているのは頭脳であって狩人としての腕ではない。


 彼女にはそれ以上の確かな価値があるのだ。

 それに仮に腕が落ちていたとしても原因はどう考えても研究のやり過ぎなので、原因の一端は色々と任せた俺の責任だ。


 なのでルキの失敗を詰る様に揶揄っているのは叱責とかではない。



 単に出発の際に揶揄われたことに対する報復である。



「い、いやー、その自分でも意外なほどに上手くダメージが通って驚き過ぎて反応が遅れたというか……」


「ふむ、そういえば最後の一撃。想定以上にダメージが通っていたな……」


 ルキの言葉に俺は先ほどのことを思い出した。

 確かに最後の首への一撃はダメージが通り過ぎていた気もする。


 ――それまでに与えたダメージもあって死に体ではあったからもうそろそろ倒せるなとは目算はしていたが……急所に攻撃したことを含めても。


 ルキのオリジナルの武具である≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫は上位武具に匹敵する攻撃力を誇っている。

 相手が下位モンスターというのもあって、一撃一撃が大ダメージであったのは間違いないが……。


 ――俺の感覚からしても少し違和感があるな。……となるとスキルか?


 思いつくのはそれぐらいだ。

 だが、チラリッと改めて確認したルキの防具は≪フローリアンシリーズ≫と呼ばれるもの。

 ウサギの耳のようなフードがついたポンチョコートのような可愛らしい格好で、スキル構成としてはモンスターのヘイトを減少させる≪潜伏≫、知覚範囲を拡大する≪感知≫、そして脚力の強化による飛距離の増加の≪跳躍≫と火力に直結するスキルは存在しない。


 そうなると……。


「見た目には変化はないが≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫に改造でも施したのか?」


「ああ、そっちに行っちゃいます? いえ、確かに手直しはしてますけどたぶん原因はこっちですね」


 そう言ってルキは徐に自身の左腕に嵌められたアクセサリーを見せた。

 大きさでいえばビー玉ほどの宝石のような色合いの球体がメインとなった装飾品だ。

 年頃の少女ということもあり、そう言ったものを付けていても不思議ではないのだが少々無骨なデザインだなというのが俺の素直な気持ちであった。


「これは?」


「そうですね……端的に言えばスキルをです」




「……なんだって??」




 何か今……とても衝撃的なことを言われた気がした。 

 なのでルキにオウム返しに聞き返したのだが、こちらの様子に気付いていないのか彼女は嬉々として説明を始めた。




「この「楽園」においてあらゆるものはナノマシンの影響下にあるというのはアルマン様も知っていますよね? それらは複雑に干渉し合い、我々の想像も付かないような精密なネットワークをこの世界に張り巡らせています。そして、スキルはその最たるものと言えるでしょう」


「スキルというものがナノマシンと深く関係しているのはご存じのとおりかと思います。モンスターの素材や植物、鉱石、その他諸々、≪素材アイテム≫という分類に当て嵌められた物質のナノマシンはそれぞれ特殊な信号を放っています。それを予め決められた組み合わせ、加工を行うことでそれぞれの信号も組み合わさり、一つの特殊な信号へと変わります。それを仮にとしましょう。そのスキル信号を狩人の体内のE・リンカーが受信することで、体内のナノマシンの配列は自由自在に組み換えが行われます」


「それが固有のスキルの発動です。≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫のように元の仕様に無い手を加えてしまうとスキルが発生しないのは、不純物が混ざることによってスキル信号が正確に完成しないからです。非常に残念なことですけど」


「ですけど、私はこの事実に気付いた時ある考えが思い浮かびました。重要なのはスキル信号であって、その信号をことが出来るなら防具を着てもいないのにE・リンカーを騙し、スキルを発動させることも可能ではないかと……それがつまり、このアクセサリー――私は仮に≪アミュレット≫と名付けたアイテムの力なのです」




 怒涛だった。

 こっちが口を挟む暇もなくルキは話し続けた。


「…………」


 俺はルドウィークの日頃の大変さを身を以って体験し、ルキを連れて行くと言った時の彼の晴れやかな表情の意味を確かに理解した。


「待って、聞いてない」


「はい、今初めて言いましたし」




 「ある程度データが纏まってからで報告は良いかな」ってなどとほざいているルキの頬を問答無用で抓った俺は悪くないはずだ。




「ぃひゃい、いひゃい!? ひょうりょくはんひゃい!!」


「それで? その≪アミュレット≫が自由自在にスキルの……追加か? が、出来るのか?」


「ひょーかんひゃんなこひょひゃいありまひぇん! しょれひょれのすひるひんごーにょひゃいひぇきぎゃひふようーなにょひょー!」


「ふむ……」




 ルキの頬から手を放しつつ、俺はしげしげとルキの≪アミュレット≫に目をやった。


 こんな小さなものでスキルを使い出来る……俄かには信じ難い技術だ。

 これまでの狩人の在り方に一石を投じるべきもの。


 ――恐らく発動したスキルは≪会心の一撃≫かな? 両手武器の一撃をモンスターの急所に叩き込んだ際、ダメージ量を増大させるスキル……一応、≪金翅鳥・偏月シャガルマ≫も両手武器の括りに入っていたということか。


 観察しつつ咀嚼していく。

 ≪会心の一撃≫は発動条件限定的で、同条件で効果量も高い上位のスキルが存在がするため、≪大斧≫、≪ハンマー≫等の序盤専用スキルとして一時お世話になる等級が下のスキルだ。

 ルキの言から察するに、恐らくは強力なスキルほど複雑で困難な信号となっているのだろう。



 時間が足りない以上、自由自在とまではいかないが……それでも≪アミュレット≫の開発は偉業とと称えられるべきことだった。



「よくやった」


「……えへへ♪」


 頬を抓られてぶーたれていたルキは俺の手が頭を撫でることに移行したのを察すると、何故か頭を掌にグリグリと押し付けるようにして来る。


 褒められて撫でられることに喜ぶ彼女は……なんというか年相応の子供に見えた。


「まあ、さっさと報告しなかったのは問題だけど」


「頬、抓るのヤー!」


「しないしない。まあ、≪アミュレット≫については驚いたが……そう言えば≪龍殺し≫の研究の方はどうだ?」


「うーん、そっちですか。何をもって≪龍殺し≫とするか……まだ明確には見えていなくてですね。でも、一先ずもう少ししたらある程度の成果は見せることが出来そうです」


「むっ、開発の大詰めだったのか? それならそう言ってくれれば……離れるのはマズいんじゃないか?」


「いえいえ、後は精製だけですし。問題はありません。それよりも――」


「わんっ!」


 俺とルキ、そしてフェイルは時たまに現れる大型モンスターを適当にさばきながら、アルサ地区への道を進んでいった。

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