第百八十三話:ゼドラム大森林北部表層アルサ地区
「アンダーマンの研究所があるとすれば……恐らくはこの辺りだ」
目の前の広げられた辺境伯領の地図。
その一ヶ所に俺はそう言って印をつけた。
場所は≪ニフル≫の東のエリア。
辺境伯領の東にある広大な≪ゼドラム大森林≫の中で北部表層地区、分類においてはアルサ地区と呼ばれる場所だ。
≪ゼドラム大森林≫はともかく広く、一口に≪ゼドラム大森林≫と言ってもかなり数の地区が存在する。
≪グレイシア≫の東にある地区はリディア地区といい、アルサ地区とリディア地区の間にもう一地区ほど存在していたりする。
まあ、それはいいとして。
「根拠はあるのアリー?」
当然のように俺のベッドを占拠してゴロゴロ転がっていたエヴァンジェルが話しかけてくる。
「家を留守にする期間からのおおよその距離の推測だな。如何にその研究所を隠したいと思っていても、移動手段が限られている以上、生活拠点である自宅からはそれほど離れた場所に用意するとは思えない」
「基本は徒歩だろうからね。往復する労力を考えると……確かに」
「あとはそうだな。その研究所は出来るだけ誰にも見られたくないはずだ。だが、モンスターに対する対策は出来たとしても、近くを通りかかる狩人はどうしようもない。それなりに対策はしているだろうが人の目を完全に誤魔化すのは難しいだろう。そうなると少しでも偶然見つかる可能性を下げるために場所を選定すると思うんだ」
「それがアルサ地区ってこと? でも≪ニフル≫の狩人が森に入っているんじゃないの?」
「ところがそうでもないんだ」
理由は森よりも鉱山に入った方が儲かるからだ。
鉱山内なら鉱石が取れるし、更に鉱山特有のモンスターなども居るのでその素材も需要は高い。
対して森で狩猟できるモンスターは地区によってそれほど変わらないし、辺境伯領で最大数の狩人を要する≪グレイシア≫のメインの狩場としているので、森で出てくるモンスター素材の供給は一定を保ったままだ。
「なるほど、そういうことなら≪ニフル≫の狩人が鉱山をメインにするのもわかるね。アルサ地区に行くのはメリットが薄い」
「最悪、鉱石だけ採って帰ってもまとまった金になるらしいからな」
無論、森の方でも採取系のアイテムは取れるのだが、俺が植物系アイテムで需要が高そうなのはさっさと農園を作る方にかじを切ったので大した金にはならない。
未だ育成に成功していない貴重な植物系アイテムとなると中層よりも深い場所になるので労力に合うかは疑問だ。
「そう考えると確かにここが可能性としては一番高いかもしれない」
「ああ、だからちょっと見て来ようと思う」
「またアリーが直々に動くのかい?」
「まあ、やることも多いから人任せに出来るなら俺としても任せたいんだけどね。とはいえ、内容が内容だ。それにあまり時間をかけたくもない、今のところ各地での異変は報告されていないが……そこら辺も含めてギルドに聞いてみるか」
≪龍種≫の出現についても気を張り巡らせる必要があるというのに、それとは別にノアの新生プロトコルによる動きも警戒しないといけない。
本当に面倒なことだ。
◆
次の日。
俺はギルド本部に向かった、応対するのは当然ギルドマスターであるガノンドだ。
「ふむ、アルサ地区の環境調査……か」
「ああ、出ようと思っている」
「一応、今色々と忙しいのは知っているのか? 狩人たちに色々と動員をかけて、広範囲の調査、モンスターの大規模な狩猟、それによるモンスター素材の備蓄。帝都からもかなりの規模の物資をかき集めているようじゃないか。それのせいで航路の方にもだいぶ回す羽目になった」
「あー、うん。そのことに関しては色々とギルドに負担をかけているとは思うが……」
「狩人の管理はギルドの職責だ。それ自体は別にいいんだ。だが……」
ガノンドはずいっと顔を寄せ、声を潜めながら問いかけてきた。
「本当に起きるのか? スタンピードは」
「少なくとも陛下はそう睨んでいる。だからこその指令だ。ガノンドも見ただろう? 陛下直々の勅書だ」
「むぅ、それはそうなんだが……」
モンスター・スタンピード。
辺境伯領よりさらに東、モンスターたちの生息域で何かしらの問題が発生し、モンスターの数が増加し、最終的にはモンスターの大規模な移動が西進する可能性がある。
よって辺境伯領はそれに対する備えをするように……要約するとギュスターヴ三世の勅書というのはそんな内容だ。
無論、スタンピード云々は嘘であるが実際に起こる事象だけを見るなら嘘でも無いという微妙なライン。
何でそんなことが予見できるのか、根拠は何なのかとか、普通ならば突っ込まれても仕方ないが……そこはそれ、皇帝陛下にものを言えるわけもない。
ロルツィング辺境伯領の上層部では周知の事実として共有されていた。
――全く便利なものをくれたものだ。
錦の旗、とはこういうのを言うのだろう。
俺は存分にギュスターヴ三世の勅書を使いまわすことでかなり強引に辺境伯領全体を動かすことを可能としていた。
「ふむ、この時期に……ってことは、やはりこの環境調査もそれと関係が?」
「直接的な関係はどうかな。だけど、無関係ではない」
「全く他の名のある狩人は色々と既に依頼を振った後だからな……領主としてもそうだが、≪龍狩り≫としてもどっしりと居てほしいんだがなぁ」
「すまん」
「……はぁ。それにしても良いのか? こんな少人数で。もっと人手があったほうが良さそうに思えるんだが」
「ちょっと重要度か高いモノを探しているからな。秘匿性重視というか……それにほら、だからこそ協力者も居るし」
「……本気か? いや、今更か。わかったそれで通達は出しておこう。それで他に用件はあるか?」
「広域調査の方はどうだ? 何か手がかりとか前兆は?」
「どっちのだ? ≪龍種≫の方か? それともスタンピード?」
「両方だ」
俺がそう言うと少し思案した顔になり、ガノンドは紙の束を取り出した。
モンスターたちの生態調査で派遣した狩人たちからの報告書なのだろう。
「まだ色々と精査の方は進んでいないが……砂漠の方で少し奇妙な動きがあるとか。それと北の方の山岳地帯の方でも小型モンスターの異様な大移動があったとか……妙な感じだ」
「……東は?」
「まだ帰ってきてねぇ。≪紅蓮≫に≪天刃≫、≪灰狼≫がチームを組んで向かったんだ何かしらの情報は持ち返って来るとは思うが……」
「報告待ちか。待っているというのは性に合わないな」
「だから、自らアルサ地区に向かうってか? 少し時間をくれれば捻出するぐらいはできるぞ?」
「さっきも言ったが、事の重要性が高くてな。あまり人には任せることにはいかないんだ。それに今後のことが不透明な以上、東に近いアルサ地区のことを後回しにすると面倒だ。北東近辺では妙な動きは報告されていないんだよな?」
「まあ、今のところはな」
「なら、早めに処理をした方がいい。そして、それには俺が動いた方が手っ取り早いんだ」
「理屈はわかるが、単にお前さんが動いていなきゃ気がすまない気質なだけだと思うが……」
ガノンドの言葉少しだけ閉口する。
俺ってワーカーホリックなんだろうか……。
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