第百八十二話:セーフティエリア
「マードック・エヴァンス、か。知らんな」
「まあ、そうか」
一先ず、俺はルキたちと話し合ったことについてスピネルと相談した。
彼女たちならあるいは何かを知っているかもとは思ったが結果は空振りに終わった。
「それにしてもエーデルシュタインとアンダーマンに繋がりがあったとは……いや、おかしくはないのか? 確かに独力であんなことをしでかすとは思えない。仲間がいたとしても……ふむ」
「そういえば聞いてなかったな。結局のところエーデルシュタイン公爵は何をしたんだ?」
「詳しい内容は不明だが「楽園」のシステムに不正に干渉したのは間違いない。しかも、ただの干渉では無いな。わざわざ≪エンリル≫を手を寄越して排除したあたり、かなり重大な不正……少なくとも「ノア」からは危険視されたからこそのあの悲劇だ」
「それにルキの父親も関わっていた、と?」
「確証はないが……恐らくは老王もだな。全く、あのクソガキめ。飄々としながら裏でこそこそと」
ブツブツと忌々しそうに呟きながら、スピネルはお昼のサンドイッチを食い千切った。
自分が知らないところで色々と動いていたのが気に入らないのだろう。
「≪神龍教≫とかいう秘密結社のようなことをやってるのに知らないことが多いな。思いっきり影で動かれているし」
「うっさい。こっちは色々と制限が多いんだよ。人手は減る一方だし、それにお金だって……」
「制限、か。まあ、「楽園」の維持を目的としているけど完全に「ノア」の手下でもないという微妙な立場だからな。何というか微妙な立ち位置だよな」
「全くだ、貴族になったプレイヤーたちが羨ましい」
「そう言えばそこら辺の話を聞いてなかったな。プレイヤーたちってどうなったんだ?」
「そうだな……。「楽園」からの脱出の手段もなく、ここで生きるしかないと悟ってプレイヤーたちが選んだ道は大きく二つだ。それでも脱出や現状打開のために諦めず頑張るか、あるいは適応してこの世界に順応するか。最初の頃はそれでも現状の打開派は多かったんだがな、時代を経るごとに少数派になっていった」
「「ノア」による新生プロトコル……か」
「ストーリーイベントのクリアを目指したり、他の方策を探したりもしたが何れも失敗。多大な被害も出て、どんどんと順応派が多くなった。貴族はその最たる例だ。皇帝と違って、貴族は定義が曖昧だったからな。設定上は「帝国に貴族は存在する」程度の存在だからな」
「なるほど、別に勝手に名乗ってもそれほどの問題にはならない。よほどのことをしない限りは世界観の破壊にも繋がらない、と」
「少なくとも「ノア」は問題視はしなかった」
なるほど、と俺は感心した。
貴族になったプレイヤーたちは気を見るに敏でうまく枠に収まったのだろう。
「新生プロトコルのやり直しの問題があるにしろ、逆を言えばストーリーイベント発生までは基本的に順調に帝国は成長する。「ノア」の後押しもあるだろうしな。その間を貴族として裕福に過ごす、と」
「中にはもしかしたら伝えられている者も居るかもしれんが、大半の貴族の家系は口伝でも「楽園」の真実もプレイヤーのことも知らない。これは他のプレイヤーの子孫にも言えることだがな。まあ、「ノア」の目もあったというのもあるが――知らないことが幸せなこともあるからな」
「…………」
スピネルの言葉に返答する言葉に悩んだ。
確かに、と同意する気持ちもあるのだ。
「それにしても研究所……か」
「なにか思い当たる節でも?」
「仮にそんなものがあるとしたら、恐らくそれは辺境伯領内だと思う」
「根拠はあるのか?」
「先程、制限云々の話をしていただろう? その一つで
前にも似たようなことを言っていた。
特に≪グレイシア≫などは最たるものらしい。
「≪神龍教≫は「ノア」からすると勝手に動いているNPCのような感じだ。影響が出ないところで勝手に動いていたり、「楽園」の持続にメリットになる行動をしている分には放置されるだろうが……それがイベントにまで影響を及ぼしそうだと判断されればどうなるかはわからない。西の方はそういった意味では関係が遠いので動きはしやすいが辺境伯領はな……」
「どうしても近い分、どこがアウト判定を受けるかわからないから干渉は最低限……と」
「そもそも、≪神龍教≫自体が設定にはない存在だからな。世界観を逸脱しない程度に、かつ「ノア」の利益になる活動をしているから見逃されているだけで……」
「そこら辺をアンダーマンが知っていたとすると……確かに辺境伯領内に作るのは確かに道理に合っている。だけど、辺境伯領は西と比べ物にならないほどモンスターが多く、強い。そんなのをこっそり作るのは大変だろうし、何よりも維持が出来ないと思うんだが……」
昔からの疑問ではあった。
このモンスターパラダイスな辺境で、どうやってロルツィング家の初代が率いた開拓団は城塞都市なんて一から築けたのか。
真実はなんてことは無く、そういう設定だから色々とノアが裏で手を回して毎度作っていたのだろうと推測は出来るが……アンダーマンは違うはずだ。
「……方法がないこともない」
「なに?」
「アンダーマンの家のことは覚えているか? 貴様も訪れたことがあるはずだ」
「ああ、一度だけな。スピネルたちに燃やされたせいで」
「それは……その……」
「冗談だ。それで」
「くそっ、性格が悪いぞ……。まあ、ともかくだ。そこで黒い墓石のようなものを見た記憶は?」
「うーん、ちょっと待て」
スピネルに言われて少し記憶を探ってみた。
すると確かに奇妙な墓石というか黒い石碑のようなものを見た記憶があった。
「覚えは……ある。あれは何か重要なものだったのか?」
「ああ、不思議には思わなかったのか? あのアンダーマンの家……確かに≪ニフル≫には近かったとはいえ、それでも他の市民と接触を最低限にするためか街の外にあった。暮らすには十分に危険な状況ではあったはずだ」
「それは確かに始めて行った時も俺も思ったな……もしかして」
と、そこで話の流れで俺はある可能性について気付いた。
「モンスターに襲われない技術、アンダーマンにはそれがあったんだ」
「そんな馬鹿な!? 聞いてないぞ?!」
その言葉に俺は思わず取り乱した。
だってそうだ、そんな都合のいい技術があるなんて……だとしたら……。
「まあ、待て。私たちだって別に変に隠してたんじゃない。あの黒い石碑に関しても状況から推察したに過ぎないだけだからな。恐らくはそうではないか、と」
「推察でも構わない。詳しく話してくれ」
「言っておくが再現は難しいと思うぞ? 恐らくは何らかの技術でアンダーマンが生み出したものだと思うが……。≪龍狩り≫、お前はセーフティエリアのことは知っているな?」
セーフティエリア。
その言葉を聞いて思い出すのは『Hunters Story』の記憶だ。
フルダイブのVRゲームとしてモンスターとの狩りが楽しめる『Hunters Story』の世界だが、そこはやはりゲームという部分としてモンスターが決して入って来ないエリアが設定されている。
いくらリアルな体験を楽しめると言ってもゲームはゲーム、あまりリアリティに比重を置き過ぎても面倒さが勝って面白くは無くなるということだ。
なので特殊なイベントでも無ければ、モンスターが街を襲撃したりすることはない。
これを「楽園」に当て嵌めてみよう。
「楽園」もまた驚異の技術力に寄って創られた世界ではあるが遊興、娯楽施設を目標に作られたのだ。
当然、プレイヤーが安全に休憩や交流が出来るエリアと言うのは必要になってくる。
「そこで用意されたのがあの墓石のような物体だ。あれは特殊な信号を放ってモンスターが侵入するのを忌避させる能力がある。それでエリアを区分をしていたわけだな」
「区分をしていた?」
「言ったはずだ、本来モンスターにかけられている安全装置。それらは破壊されたままであると」
「つまりは何か? その特殊な信号を受信してモンスターに忌避するように仕向けるのも、壊されたままの安全装置の一部だったと」
「そういうことだ。だから、もはや意味がないただの置物で、当の昔に全て消えたと思っていたのだがな」
「それをアンダーマンは見つけて使えるように改良した」
「状況的にはそうとしか考えられないということだ。そして、それが事実なら……」
「研究所の件もあながち」
俺は少しだけ考え、そして結論を出すことにした。
「探してみるか……」
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