第二幕:主人公の存在証明

第百八十一話:マードック・エヴァンス


「はい、マードック・エヴァンス……ってのはお父さんが使っていた偽名ですね」


 俺は改めてルキに話を聞きに昼下がりの研究所に訪れた。

 改めて詳しく聞くべきだと再確認したからだ。

 一緒についてきたエヴァンジェルとその場に同席する。


「なるほど、陛下から私のお父さんの名前が……それにエーデルシュタイン公爵とも? 本当ですか」


「本当だ。その名前には聞き覚えがある。生前に父上と交友が?」


「まさか、聞いたこともありませんよー。公爵家と貴族でもない一般市民でしかない私たちに繋がりがあるわけないじゃないですか」


「まあ、普通に考えればな」


「文字通り住む世界が違いますし、そもそも地域だって違います。ロルツィング辺境伯領とエーデルシュタイン公爵領は気軽に往来できる距離じゃありませんし」


「それは確かに」


「ただ……」


「ただ?」


「いえ、思い返してみればお父さんは結構家を空けることが多かったなーっと。一ヶ月、二ヶ月、平然と空けることも多かったですね。それで良質な素材とかお金とか色々と持って帰って来るんです。あれってそう言えば出元は何処なんだろう……?」


「凄い怪しい……というか今まで気にならなかったのか?」


 ルキの口から語られるマードックの怪しい行動。

 今更ながら疑問に思う彼女に俺は思わず突っ込みを入れてしまう。



「はい! それよりも研究が楽しいので! 家の研究資料を漁るのが楽しいので! あとおねだりしたら持って帰ってきた素材を使わせて貰えるかなって方が大事だったので!」


「そういうやつだよな、お前は」



 相変わらずのルキ節に俺は溜息を吐いた。

 ちなみに隣に座っているエヴァンジェルも慣れて来たのか気にしていない様子だ。

 自分の親の行動よりも自分の知識欲、物欲に忠実なのは彼女らしいと言えば彼女らしいが……。


「ルキの証言に一気に信憑性が持てなくなったな」


「何らかの付き合いがあっても、単に興味を持ってなかったルキが気付かなかった可能性もありそうだしね」


「そんなー……ことは無いと思います……よ?」


「途中から自信が無くなってるじゃないか」


「あ、あははー! で、でも普通に考えれば東の辺境の一般市民と西の公爵家に繋がりがあるはずがありません」


「だが、あったかもしれない……と」


 表の一般市民と公爵家ではまず繋がりなんてありようもないが、プレイヤーの一族の血統と「楽園」の要地を任されている運営側の人間の関係なら、何らかの繋がりがあったとしてもおかしくはない。


「一応、繋がりを指し示す証拠がないわけじゃないんだ」


「というと?」


 俺は無言で一枚の紙を取り出した。


「これは……絵ですか?」


 ルキの言った通りその紙には一人の男性の絵が描かれていた。

 片目にモノクルを付けた白髪の男の姿だ。


「お父さんですね、これ。だいぶ若いですけど。っていうかこの絵、誰が描いて……」


「僕だよ」


「えっ、エヴァンジェル様ですか?!」


「うん、何度か遠目に屋敷で父上を訪ねてきたところを見た記憶があったんだ。だからアリーに言われて思い出して書いてみた」


「うわっ、すご……そんなの出来るんですか?! 特徴がよく描かれていますし、一発でわかりましたよ。それに記憶力もすごい」


「ふふーん、だろう? これでも記憶力と絵心にはちょっとした自負が……ねー、アリー?」


「……ぎゃふん」


「ぎゃふん?」


 ≪エンリル≫での件、未だに根を持っているのか揶揄ってきたエヴァンジェルをあしらいつつ俺は話を進める。


「まあ、こんな感じでな。エヴァのお陰で似顔絵も出来たから、これを使って少し調べて貰った。主に砂漠を横断する交易船の船員とかに過去に見たこと無いかって」


「なるほど、そして証言が出てきた……ということですか」


「ああ、ベテランの船員から昔ではあるけど見た記憶があるという話だし、アルフレッドにも確認が取れた。この絵の男が砂漠を往復し、そしてエーデルシュタイン邸に訪れていたのは間違いない」


 この絵の男……マードック・エヴァンスがルキの父親である可能性は濃厚。

 そして重要なのはこれを伝えたのがギュスターヴ三世だったということ。



「≪龍殺し≫を創ろうとしていたプレイヤーの一族の血統、「楽園」の要地を任されている公爵家が接触していた事実。そして、≪エンリルの悲劇≫の引き金となったというクラウス・エーデルシュタインの裏切り。そして、多大なリスクを承知の上で六つもの≪龍種≫の宝玉を隠し持っていて、それを渡してきた陛下……」



 こうして改めて整理してみてわかる。


「これって……裏で何か動いていた?」


「それは間違いは無いとは思う」


「父上は一体何をやったんだろう?」


「ふむふむ、なるほどお父さんが……。しかし、≪エンリルの悲劇≫以前のことだとやはり私じゃお役には……。私はもっと小さかったですし」


 とルキは言った。

 まあ、その時の年齢からすれば彼女は赤子、エヴァンジェルが知っていた頃より以前にクラウスとマードックの関係が始まっていたのならそれを知る術はない。


「そうだな、確実なのはクラウスとマードックの関係。そして、それに噛んでいるのかあるいは首謀者か陛下を加えて何かの動きをしていた。マードックがルキの父親だとして、目的は≪龍殺し≫の完成。それはつまり、究極的な目標は≪龍種≫の打倒に繋がる」


「つまりは≪世界依頼ワールド・クエスト≫の達成。世界を先に進めること?」


「そういうことなら陛下の立場でも、それに父上の立場でも協力はするかもしれない。少なくとも「楽園」の現状を知って「そのままでいい」と思うやつは居ないだろうからね。≪神龍教≫も「そうするしかないから、そうしている」みたいな感じだし」


 俺たちは色々と意見を出し合って話し合ったが結論は出なかった。

 だからこそ、話は移る。



「お父さんの足跡を辿れ……」


「陛下が俺たちの後押しをするためにわざわざあの≪宝玉≫たちと言伝を用意したんだ。ならば、それには意味があるはず」


「あの≪宝玉≫は「ノア」に知られれば如何に陛下としてもマズいことになる。そのリスクを考えてでも行った以上、言伝の意味もきっと重要なことだと思う」


「ルキの父親の足跡を辿れ、か。……そうだな、マードックがそういう目的で色々と考えていたのなら、ルキが言っていたな。家を一ヶ月、二ヶ月、平然と空けることも多い……と。何処に行っていたんだ?」


「それはエーデルシュタイン公爵領……あっ、いや、違うのか。その時には既に≪エンリルの悲劇≫が起きた後でそれなら一体?」


 俺とエヴァンジェルが会話をしていると、何かを考えこんでいたルキが頭を上げた。




「……もしかしたら、私の知らない研究所があるのかも?」


「えっ?」


「いえ、あの隠れるように作られた家ですけど、確かに一通りの設備の整った工房はありました。ですけど、所詮は個人で持てる程度の工房。本格的な物を作るには色々と……。あくまであそこはアンダーマンの自宅兼資料の保管が主な建物だったんじゃないかなって」


「つまりは本格的な研究所は別に?」


「あり得ない……こともないのか? ルキが子供だったから伝えていなかった、というのは筋も通るし」


「ふむ」




 ――アンダーマンの秘密の研究所……ねぇ。







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