第百八十話(2/2):Who am I ?


「病気だった。細胞硬化症というやつでね。あの時代の医療でも治せない難病だった」


 遺伝子の変質が進行する病で五百万人に一人の割合でかかる病。

 原因は不明、治療法もない……少なくとも俺の生きていた時代には。


「元から幼少期から健康診断で兆しはあったらしいんだけどね。兆候はあっても発病しない場合もある病気だったんだけど……まあ、運が悪かった」


 可能性については知らされていた。

 だから発病したと聞いた時も「ああ、そうか」ぐらいの感想しかなかった。


 これまでの全部、習い事や勉強に費やした労力が無駄になってしまった。

 両親の投資を無に帰してしまって申し訳ない……ぐらいは考えていたような気もする。


「病、か」


「そんな顔をしなくていい。この病気は痛みを伴うものじゃなかったのは幸いだった。身体は動かなくなっていったけど入院生活は辛くは無かったんだ」


 これは本当。

 痛みというか感覚がなくなっていくだけなので、そういった意味で苦痛とかは無縁の病だった。

 病よりも度重なる手術の後の方が大変だったぐらいだが、それも病状の進行で無視できるようになった。


「それに何よりも『Hunters Story』をやれたからな! いやー、初めてやった時は衝撃だった。それまでは興味も持たなかったし、ゲームなんて低俗という意識もあって気にもしなかったんだけど退屈で手を出してね。本当に世界が一変した気分だった」


 どうせ死ぬのだから勉強しても仕方ない。

 だが、入院生活というのは本当に暇で……だから、物は試しと購入して――世界は変わった。


 まあ、ダイブしているので当たり前なのだが……。


「この「楽園」の元となったゲーム、か」


「夢中でやり込んだ。時間だけはあったから」


 本当に楽しい時間だった。

 あれは確かに嵌る人間が出て来てもおかしくないし、仮想現実の世界に引き込まれて抜け出すことが出来なくなるのもわかるというものだ。


 ――もし、仮に奇跡が起きて、あの時の俺の病気が治って普通に戻れたとして……元の自分に戻れたかな?


 多分、もっと色々なジャンルに手を出していたような気もする。

 そう考える「楽園」を作るきっかけとなった社会問題を俺は馬鹿には出来そうもないなと思い直す。


「懐かしいな、時間があればやったよ。入院生活の中」


「……ご両親とはどうしたんだい? アリーが死の病を患ってからはどう過ごしたんだい?」


「二人は来なくなったよ。最初は来てくれたんだけどね。徐々に……」


「冷たいんだね」


「まあ、期待に応えられなかったわけだし」


「アリーも冷たいんだね。もしかして恨んでいた……とか?」


「……わからない。嫌ってはなかったと思う」


 だが、好いていたかと言われると……困る。

 良くも悪くも希薄なのだ関係性が、好きとか嫌いとか以前に親子とはそういうものだと認識していた。

 二人は常に忙しそうにしていた。


 だからこそ、なのだろう。


 アルマンとして生まれた俺に対してのアンネリーゼからの愛情、それに随分の戸惑いを覚えた。


「母さんを見て、あれが親というものかと今までの認識との違いに悩んだものだ」


「いやー、アンネリーゼ様のは少々……その……過剰ではあると思うけど」


「まあ、それはそうだな。うん」


 最初こそ、これが本当の親子関係なのかなと思った時もあったが隙あらば世話をしようと迫って来たり、何なら一緒にお風呂に入ろうと画策する辺り「やっぱ違うだろ」と常識的な判断として思い直したものだ。

 とはいえ、


「別に嫌いと言うわけでは……」


 それだけ執着されているという事実に、満更でもない気分になる辺り俺も大分終わっている自覚がある。


「うわー、マザコンだー」


「うるさいなぁ」


 否定はできないのだが。

 ともかく、俺にとっての母親のイメージはアンネリーゼという存在で占められている。

 もし仮に彼女が前世の母親の存在を気にしているのなら、それはハッキリ言ってただの考え過ぎなのだ。


「それを言ってあげればいいのに」


 エヴァンジェルと二人っきりの空間だからなのか、俺は自分でも驚くほどにその内心を吐露してしまった。


「そうしたいんだけどな」


「何か気になる事でも?」


 彼女の言う通り、素直に気持ちを言ってしまえば解決することだ。

 だが、どうにも俺はそれに踏み切れないでいた。


 単純に今が色々と忙しいから……とかそういうことではない。

 もっと根源的な部分で俺はアンネリーゼと向かい合えない事情があった。



「……この「楽園」は仮想世界を現実世界に創り上げた過去の遺物。そして、俺にとっては未来の世界。それが真実――そこまではいい」



 いい、というには奇想天外な真実はあるがそれを受け入れたとして、そうするとあるが浮かぶ。



「それが真実だとして……俺はなんだ?」



 ≪エンリル≫で得られた真実の中に、それに対する答えはなかった。


 ただのゲームの世界によく似た異世界。

 そんな世界に生まれ変わったというのならまだ突拍子もなさ過ぎて理解も出来た。


 だが、この世界は俺の前世の延長線上にあるという。

 



「別にいいんだよ、輪廻転生なり何なり……そういうことだって俺が知らないだけであり得るかもしれない。人間死んでみないと死んだ後のことなんかわからないからな。前世の記憶がある人間……なんて都市伝説もネットでチラッと聞いたこともあるし」



 所謂、転生などという現象に意味を求めること自体が変な話だ。

 実際、起こっているのだからそういうものだと受け入れる……それだけで良かった、


 ただ、俺は思ってしまったのだ。

 ここが創られた世界、仮想を現実にした世界だという真実を知って改めて自分という存在を見た時に。


 出来過ぎているな、と思ってしまった。

 俺という存在、立場、立ち位置、それ自体が……。


「出来過ぎている?」


「……ただの偶然の産物ならいい。だが、もしかしたら俺という存在の出生に何者かの意思が介在していたのなら」


「そんなこと……出来るのか。いや、しかし……」


 奇想天外なことを言っている自覚はある。

 エヴァンジェルも困惑しているが否定しきれないのはこの世界の存在の出鱈目さ、旧人類の技術の凄まじさを知っているからか。

 記憶を掘り起こし、俺に対してスピネルやルドウィークがなにやら意味深な態度を取っていたことを思い出したからかもしれない。


「根拠はあるのかい?」


「ないわけじゃない。陛下が俺に送った言伝の件を覚えているか?」


「ああ、でもキミは教えてはくれなかったから……」


「意味を色々と考えていたからな。陛下の言伝は簡潔だったよ、ある男の名前とその男の足跡を追うこと……それが重要な今後の鍵となる、と」


「ある男?」




「……エヴァンジェルはマードック・エヴァンスという名前を知っているか?」


「その名前は確か……幼い頃、父上を良く尋ねて来ていた人物がそんな名前だったような」


「――そうか」




 エヴァンジェルの返答を聞いて、俺はどこか納得した。


「その男は何者なんだい?」


「マードック・エヴァンスという名自体は偽名だ。見つかるのを避けたのか、他に意味があったのかはわからないけど……とにかく、よく使っていた偽名だったらしい」


「偽名? だったらしいって……一体、誰に――」


「マードック・エヴァンスとは」



 ――「あれ? 私ってお父さんのこと、アルマン様に話しましたっけ?」



「ルキの父親の名前だ」


「……え? なんでルキの父親が僕の父上と――いや、そもそも陛下の口から……」



「さて、な。ただ、わかることは俺たちの知らない何かが裏で動いていたということだ。そして、その果てに今があるということ」


 ギュスターヴ三世については前から色々と怪しんではいた。

 どうにも掴めない人物だとは思っていたが……。




「俺って誰なんだろうなぁ……」







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