第百七十九話(2/2):夕食会


「――ってちゃんと聞いてるんですか!?」


「「聞いてる、聞いてる」」


 コソコソと会話をしていることに気付いたのかルキが詰め寄ってくるも、俺たちはまたも声を揃えて答えた。

 正確に言えば聞き流していると言った方が正しい。


 ――専門的な話にすぐに流れ過ぎなんだよな……。


「で、結局のところはどういうことなんだ?」


「聞いてないじゃ無ですか!? 解析をしようにも今の設備だと限界があるってことですよ! 設備の更新をしようにもそう簡単じゃないですよね?」


「それは……まあ、そうなるな」


 若干ファンタジーというかSFに近い要素が入っているので特殊な技術こそあるものの、世界観の設定からこの世界の科学技術はそこまでではない。


「というか、ルキの研究所の機材はこれでも可能な限りは最先端なものを取りそろえたんだぞ? シェイラに文句を言われたけど」


「≪アトラーシス号≫に積まれていた機材ではだめなのか?」


「あれはあくまで簡易的なものですから。いえ、操作もシンプルで使いやすいんですけど、もっと根幹的な……ナノマシン同士の感応反応についてのデータが取りたいんですよ。それがあれば……」


「とはいえ、それは難しいぞ。「ノア」の管理もあって時代における技術発展は調整されている。≪龍狩り≫が最新を揃えたというのなら、手に入るレベルではそれ以上は難しいだろうし、あるとすれば遺跡等の「楽園」の根幹に連なる拠点だが流石にリスクが高すぎる」


「ですよねぇ。やっぱり地道にやっていくしか……でも時間が」


「…………」


 ルキとルドウィークの会話に俺はただ思案に暮れる。

 彼らが言っていることは正しいが、もしかしたら解決が出来る心当たりがあるには……あるのだ。


 あくまで可能性があるというだけだが。



「それについては少し考えがある。それはそれとして、例の宝玉については?」


「あの老王の隠していたアレか」


「ああ、アレですか。それに関して何ですけど少し面白いことがわかりましたよ」



 ルキに渡したギュスターヴ三世からの贈り物について尋ねると、彼女は嬉々として語り始めた。



 ナノマシンの存在という新たな知見に目覚めたルキの視点からすると、≪宝玉≫という特殊な素材アイテムは単なる希少アイテム以上の意味を持っている――そのことがわかったらしい。



「大型モンスターにはそれぞれ採取される素材の中で希少アイテムと呼ばれるものが存在します。それは知っていますよね?」


「当然だ、希少アイテムというのはその通りの意味で一個体から入手できる部位が限られているアイテムだ。目とか内臓とか、まあ色々あるが。そういうのはどうしても一個体に複数は無い」


「ゲーム内だとあくまでドロップ確率の違いでしかないがな」


「そのせいで何度も狩ったのに目的のアイテムがでなかったり、かと思えば尻尾とか一つしかないはずなのに二個落ちたりとかあったなぁ」


 ――求めた希少素材のために何度も同じモンスター相手にマラソンをする懐かしい日々、あれも振り返ってみればいい思い出に……いや、ならないな。必要数にようやく足りたかと思ったら次からはぽろぽろと落ちたり、舐めてるのかと思ったことは多々ある。


 所詮は確率というのはわかってはいるのだけれども……まあ、それはともかくとして。


「ゲーム内ではともかく、ここ「楽園」内での意味はあくまで一個体からの入手数が少ない素材……以上の意味はありません。希少素材アイテムという単語の意味は。ただ、この≪宝玉≫に連なるアイテムは少々違うみたいなんです。そもそも、アルマン様は≪玉≫が付く素材アイテムというのは結局のところ何なのか知っていますか?」


「何って……フレーバーテキスト的にはモンスターの力の結晶とか、特殊な体内で作られる生成物ぐらいの意味合いじゃなかったっけ?」


「確か、そのはずだったな」


 俺の言葉にルドウィークが同意した。

 ちょっとうろ覚えな所もあったがそんな感じの意味合いで詳しくは書かれていなかったはずだ。

 改めて言われると体内からそんなのが出てくるってどういうことだよと思うも、こっちとしてはゲームでそう言う設定だったから……としか答えようがない。

 そもそも疑問自体が浮かばなかった。


「私もその認識でした、今までは。ただ、改めて調べるとコレってモンスター側のナノマシンの集積体に近い存在のようなものだとわかりました」


「ナノマシンの集積体?」


「≪玉≫が付く希少素材アイテムって基本的に強力なモンスターが多いじゃないですか」


「ふむ……確かにな。下位モンスターは持たない、中位以上の危険度のモンスターからだ」


「そして、中位以上のモンスターから属性攻撃や状態異常攻撃も増えてきますよね? ブレスとか撃ったり……つまりはより強く、多彩で複雑な攻撃を行うということになります。そして、その分だけ仮想から再現する難易度が跳ね上がるということになるわけです」


「それでその……ナノマシンの集積体とやらを?」


「たぶん、そうですね。スキルよりもよほど超常な現象を発生させるためには大型化が必要だったんでしょう。……モンスターの力の結晶、特殊な生成物、どちらも嘘ではないんですね。上手く設定に落とし込んでいるというか。モンスターのコア――とでもいうべきですか」


「コア、ねぇ」


「なるほど……」


 ルドウィークも知らなかったのだろう感心したかのように頷いている。


 ――何というか、本当にこの「楽園」を作った人達ってのは趣味人というか何というか……。


 凝り性とでも言うべきか、オタクの極致と言うべきか。

 そこまで作り込むかと俺は少し呆れてしまう。


「しかし、≪宝玉≫とやらがコア――ナノマシンの集積体だとするとただの素材アイテム以上の意味があるというのは……」



「ええ、これには素材としての価値なんかよりよっぽど素晴らしいが詰まっているんです! ≪龍種≫という存在を形作るナノマシンの集積体……存在の核であり心臓であり頭脳でもある! ふふふふっ、もっと解析すればやつらの情報も、それにもしかしたら力を手に入れることだって……いいですか、アルマン様! この「楽園」にて組まれているナノマシン同士の反応というのは複雑なようでいていて一つ一つは思ったよりも――」



 ――あっ、これ長くなるやつだな。


 俺とルドウィークは悟った。

 でも、大事な話っぽそうなので変に止めることも出来ず、とりあえず聞くしかないか……と椅子に深く座り直した。



「母さん、すまないが紅茶をもう一杯頼む。長くなりそうだから……母さん?」


「えっ、あっ、うん。なんでもないわ! すぐに用意するからね!」



 俺がそう声をかけるとアンネリーゼはハッとした表情で顔を上げ、そしてパタパタと去って行った。

 二人きりの時以外、侍女として黙って側に控えていること自体さほどおかしくはない。


 彼女の普段通りといえば通りなのだが……。

 それでも心あらずな様子であったのを俺は――気付いていた。




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