第百七十八話(2/2):東の城壁



「まあ、そこら辺の話はともかくとしてだ。大事なのは今の話だ」


 俺は何か微妙になった空気を切り替えるように声を上げた。


「ともかく、かつての≪怪物大行進モンスター・パレード≫に匹敵する。いや、凌駕する危機が迫っているというわけで、それに備えなくてはならない」


 前の時は元凶である災疫龍さえ排除することで侵攻を止められたが、今回の場合はそれも難しい。

 そうなると真正面からやり合う事になる。

 総数がいくらになるのかもわからない≪怪物大行進モンスター・パレード≫……と、だ。


「だからこそ、城壁の強化は必須だ。城壁に搭載する兵器の改良もな」


「それはわかる。だが、どうして私に回したんだ? 確かに協力するとは言ったが。ここの連中には基本的に距離を取られるし……」


「そのことに関しては自業自得だ。それに何故、スピネルをこっちに回したかと言えば、お前の持っている多様なモンスターの知識。それが城壁の強化に役に立つと思ったからだ。俺以上に詳しいだろ? そういうの」


「まあ……それはそうだが」


「どういうモンスターが居て、どういう攻撃手段が有効か。どんなモンスターが多くやってきそうなのか、厄介な能力を持っているモンスターはどんなモンスターか。それを知れれば、城壁や兵器の改良にも役に立つ。まあ、アドバイザーというやつだな。スピネルのは色々と出身がアレだから、多少詳し過ぎても誤魔化しは効くし」


「出身がアレとか言うなアレとか……」


「そんな文句を言うなら、ルドウィークと役割を変わるか?」


 俺がそう言うとスピネルは少し悩むも、



「いや、それはいい」



 とキッパリと断った。

 ルドウィークは今はルキのサポートとして一緒にいる。

 彼女の研究が順調に進むように補佐をするのが役目なのだが……。


 ――「助け、たす……け……」


 そう悲鳴を上げながら俺たちの前に逃げてきたのは何時のことだったか。

 暇さえあれば質問攻めにしてくるルキに、ルドウィークの端正な顔はゲッソリとしていた。


 アレの様子を思い返したのか、


「うん、ここでいい」


 改めてスピネルは念を押すように言った。

 変わってあげようという気はないらしい。


 まあ、こちらとしてはどっちがどっちでも上手く進んでいるならそれに越したことはない。


「それでどんな感じだ? 城壁の強化」


「それほど大したことはやってない。ただ、そうだな。城壁の最上に並べられた≪大砲≫の数が増えていたことには?」


「勿論、気付いていたが……あれはお前の指示で?」


「まあ、な。私なりに考えてもやはりモンスターの大軍の侵攻を真正面から受け止めるのは愚の骨頂だと思う。そんなのは押し切られて終わりだ」


「ふむ」


「だからこそ、重要なのは攻め手を分断させ、そして順番に潰していく……それが最善だと思う」


 なるほど、と俺はおおよそスピネルの考えを見抜いた。

 あの並べられている≪大砲≫はモンスターにダメージを与えるというより、一斉に発射することで攻め寄せる敵の集団を前後に分断、前の分断を速やかに処理し後ろの集団が前にやってきたらまた同じことを……と繰り返すつもりなのだ。


「ふむ、上手くいくかな?」


「とりあえず、あの白黒女がお前たちが≪エンリル≫に行ってる間に≪紅烈石ダナディウム爆弾≫とか言うのをこっそりと量産していたぞ」


「あとで出頭させなきゃ……というか爆発させたのそれか。確かに威力は十分ではあったが」


「他には≪状態異常≫を発生させる粉塵を詰め込んだ樽も用意させている。≪毒≫、≪睡眠≫、≪麻痺≫、何でもだ。操られたとしてもこれは有効なはずだ。足止めにはなる」


「それを≪大砲≫で飛ばす……と」


「今は弾道計算のやり方を教えて分断するためのラインを作成している。それよりも城壁側を狩猟区域として塹壕を策定。二段、三段目の高さに並べた≪大型バリスタ≫と≪弓≫使いたちとの連携で狩猟区域に引きずり込んだモンスターを狩っていく」


 サラッと弾道計算とか広めては駄目な技術を広めているスピネル。


 ――こいつも段々と自重を捨ててきたな。


 若干、優しい目になってしまうがそんなこちらの視線に気づいたのか、彼女は嫌そうな顔をした。


「ふん、このぐらいではお前たちが災疫龍戦の際の焼き増しだという眼だな。……そうだよ、悪いか。こういうのは変に奇策に走らない方がいいんだよ」


 不貞腐れたようにしながら、それでもスピネルは指を二本立てた。


「だが、二つほどお前がやっていないことをやったぞ」


「なるほど?」


「まず一つは≪腐食≫の対策だ。以前の≪災疫事変≫の時、城壁の一部が溶かされたという話を聞いた」


「ああ、事実だ。そのせいで作り直す羽目になったんだ」


 スピネルの言った≪腐食≫とは≪状態異常≫の一種である。

 ゲーム的には喰らうと武具の攻撃力の低下、ならびに防具の防御力の低下が発生する異常状態。


 設定としては武具や防具が溶けることによって、性能が発揮できなくなる――というものだ。


 ≪酸≫属性の攻撃を受けることで発生する。

 ≪災疫事変≫の際、その攻撃を使えるモンスターが混ざっていたのだろう、そのお陰で城壁の一部は溶かされてしまったのだ。


 城壁は≪グレイシア≫の生命線。

 かつての≪怪物大行進モンスター・パレード≫の規模を超えうる侵攻が予想される今、その対策は≪グレイシア≫にとっては必須であった。


「それを何とか出来るのか?」


「恐らくは、な」


 スピネル曰く、他の≪状態異常≫は違い≪腐食≫は人ではなく物質に対して発生する。

 だからこそ裏技というものがある。


「モンスターの≪酸≫の攻撃は本当に強酸を飛ばしているわけではない。確かに酸であるのは間違いないがな」


「まあ、一応は遊びのための場所だしな「楽園」」


 いくらリアリティを追求するにしても流石に危険すぎる。

 だが、実際の現象的としてはモンスターの吐いた≪酸≫によって、物が溶けたりする。

 これはなぜ起こるのかと言えばモンスターの≪酸≫に含まれるナノマシンと物質に含まれるナノマシンが反応、現象を再現する為に物質側のナノマシンが自壊してそう見せかけているのだ。


「属性攻撃もそうだな、攻撃を受けた際に防具に含まれるナノマシン、そしてプレイヤーの中のE・リンカーが反応し処理される。ここら辺、仕組みを説明すると少々ややこしくなるから後回しにするとして、問題は≪酸≫による≪腐食≫だ。今、言ったように仕組みとしては≪酸≫の攻撃による物質側の自壊が主だ、≪酸≫攻撃の溶かす力自体はそれほどでも無い。なら、対応策は難しくない」


 つまり、直接触れないように合間に何かを挟めばいいのだ。


「白黒女がやっていた複数の鉱石を掛け合わせた合金。本来の「楽園」の仕様に無い組み合わせで合金化した場合、ナノマシンは機能不全となる。ヤツが作ったのがただの硬い合金でしかないように。それを利用してコーティングの溶液を作れば……」


「≪腐食≫の対策になる……? それが本当なら防具や武具に……」


「手を加えすぎるとスキルを失うぞ?」


「ああ、そうか。それなら普通に対≪腐食≫スキルを持った防具の方が……ふむ。まあ、それは後で検討するとして……それであと一つは?」


「あれだ」


 そう言って顎でスピネルが指し示す方向見ると、そこでは何人かが集まって大型の筒状のものに作業をしている様子があって……。


 不意にドンっという音が響き、その筒状のものから何かが空へと飛び上がり――そして、弧を描くようにして地面へと着弾。


「……何あれ?」


「迫撃砲、のようなものだな」


「迫撃砲……」


 聞いたことはある兵器の種類だ。


「まあ、とにかく射角が欲しくてな。主に飛行手段を持ったモンスターの対策に。壁を飛び越えられても困る。だから、あれで叩き落す」


「そんなに上手くいくのか? 難しそうだけど」


「お前はあまり使ったことがないだろうが、遠距離用のスキルの≪鷹の目≫、≪精密射撃≫、≪射法≫などがあるだろう? あれらは相手の行動予測や弾道計算などを助けることが出来る。それを発動させた状態で行えば、至近にまで飛ばすこと自体は難しくない。そして至近まで飛ばして閃光が起こる様に調整すれば……」


「墜落……ということか。なるほど、対飛行対策、そこまでは気が回ってなかったな」


 俺は感心したように頷いた。

 飛行対策に閃光は基本ではあるが、より確実性を増すには至近で起こした方がいい。


 ――それになるほど……≪弓≫や≪ボウガン≫についてはほとんど使わないからそっち系のスキルについてはあまり詳しくなかったけど……。


 スキル自体は誰でも防具を身に纏えば発動出来る。

 それを考えると。



「なるほど、良いことを聞いた。これからも頼む」


「まあ、私も死にたくはないからな。致し方ない」




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