第百七十八話(1/2):東の城壁
「なるほどな。≪龍の乙女≫の力はそこまで……それにしても従属化、か」
「ああ、革新的だな。いや、「楽園」的に言えば不正行為以外の何ものでもないけどな。モンスターの狩猟ゲームだからな……根幹的な部分で」
「それにしても≪ノルド≫、か。なるほど……何というか」
「ん? なんだよ」
「そう言えば≪龍狩り≫、お前が死んだのは西暦2285年だったか?」
「急にどうした? まあ、そうだけど」
「なるほど、な」
「勝手に納得するなよ。また変なの隠してないか?」
「安心しろ、今の私達には関係のないことだ」
俺とスピネルが話しているのは城塞都市≪グレイシア≫を囲う城壁の上。
その中でも遠くの様子をうかがる監視塔の一つだ。
城壁の改修の様子を見に来たついでに俺はここでスピネルと話をしていた。
「というか、やっぱり≪龍種≫を≪従属化≫するってのは無理なのか?」
「それが出来れば苦労はしない。≪龍種≫の力が際立って強いのはお前の知っての通り、それだけ念入りに再現する為に複雑なナノマシンネットワークを構成し、各々の力の再現を行っている。まず、不可能だ。それに……」
「それに?」
「昔、居たんだよ。そして、同じことを考えて――失敗した。それを考慮してその後は「ノア」も何らかの手段を講じただろうから」
「一度失敗していたのか……なら、やらない方がいいか。同じ手段で俺たちの方が上手くやれる……なんて根拠もなく思えるほど自信家じゃないしな」
「そうしておくべきだろうな」
「改めて聞いて置きたいんだけど「新生プロトコル」とやらの一年の期限ってのは? というか全てを一掃して一から始める……それを巻き戻しと言っていたが、具体的にどうやって一掃する? その手段は?」
「モンスターだ」
行儀悪く机に座ったスピネルはブラブラと地面に届かない足を振りながら続けた。
「大量のモンスターを動員し、そしてその数で以って全てを蹂躙する。特に≪グレイシア≫は次のために徹底的に滅ぼされる。跡形もなく、痕跡も残さずに」
「災疫龍戦のようなものか」
「あの拡大版……と考えればわかりやすいか?」
「気が参りそうだ。それで? そのモンスターの数を用意するのに時間がかかる……と。だが、エヴァが言っていたがモンスターの中にある制御のための機構というのはそれほど複雑なことをさせることは出来ないと聞いた。ただぶつかって来るならやりようはあるけど……」
「それは確かに嘘じゃない。全てのモンスターのあらゆる行動まで気を配るなんてこと、流石に「楽園」のシステムでも処理できない。安全装置と大まかに行動を指示できればそれでよかった。だからこそ、シンプルなんだ」
「なら……」
「だが、それは野生産に限ったことだ」
「野生産?」
また妙な言葉が出てきた。
「≪龍狩り≫、モンスターは創作の中から生まれたモンスター。やつらがどうやって増えるかは知っているか?」
「そりゃ交尾して子を為すんだろう? そこら辺のデータはギルドにもある」
「ああ、その通りだ。モンスターたちは基本的に生殖活動を行うことで個体を増やす。普通の生き物と一緒に。「楽園」の運営としてはそっちの方が楽だからな。野性の中で生まれ育つ個体――それが野生産」
「そんな言い方をするってことは野生に生まれる以外にも……?」
「≪
「む」
「まあ、アレは例外だがな。とにかく、言いたいのはこの「楽園」には普通に増える以外に、プラント産のモンスターというのが存在する」
「……プラント産」
「そうだ、この「楽園」の中にはモンスターを生産する施設、モンスター製造プラントが存在する」
スピネルの言葉に俺は少し考えこんだ。
まあ、さほど驚きではない話だ。
そもそもがプレイヤーを招いて狩猟するというゲームの都合上、どうしたってモンスターの数は減り続けるわけで、自然交配だけに任せるというのは無理がある。
それに何より根拠となるのはギュスターヴ三世から贈られた宝玉だ。
前の時代のものだとして、アレがあるということは≪龍種≫がその時代で討たれたということ……だが、設定上は世界に一体しか居ないはずの≪龍種≫は現在においても脅威として存在している。
それはつまり、単純に複数体居たか。
あるいは再生産されたかのどちらか……。
これまでの「楽園」のこだわりからすると可能性として高いのは後者だろう。
「……また災疫龍とか溶獄龍が現れたりしないよな?」
「ストーリーイベントが進行している最中だからそれはない。安心しろ。ただし、今現在は新生プロトコル実行のためのモンスターの増産が行われているだろうが」
「そうか安心した、とはならないな」
「効率よく滅ぼすためにプラント産は調整が入るだろうな、野生産より「ノア」が扱いやすいように」
「単に向かってくるだけならともかく、集団行動して攻めてくる大型モンスターというのはそれだけで厄介度が跳ね上がるな」
俺は溜息を吐いた。
「そのモンスター生産プラントとやらの場所は?」
「潰す気か? 無理だな、イベントクエストが発生している時ならともかく、普段はそれこそモンスターの巣となって近づくことも不可能だ。特にプロトコルが発動した今なら尚更だ」
「だとしても知らないよりマシだ」
「まあ、そうかも知れんな。とはいえ、恐らくお前は行ったこともあるはずだ。それに設定的にもお誂え向きな場所に造られたからな、多分その辺りを考慮すればわかると思うが……」
スピネルの言葉に少し考えて、俺は思い当たる場所を口にした。
「――≪霊廟≫か」
「正解」
モンスターの生息領域。
魔の東、その領域内に謎の遺跡群がある場所がある。
それが≪霊廟≫と呼ばれる場所だ。
作中の設定においてそこはかつて興隆していた古代文明の跡地とされている。
俺も≪龍撃砲≫の設計図を手に入れるために踏み入れたことはある。
「その時には特にそう言ったものは無かった気がするんだが」
「浅いところに入っただけだからだろう。深部には行けなかったはずだ」
「確かに……モンスターが多くて探索は諦めたんだったか」
目当てのものを既に手に入れていた、というのもあった。
もう少し踏み込んでいれば……とも思ったが、スピネルの口ぶりからして容易ではなかっただろうことは想像がつく。
それにしても、だ。
「なあ……」
「うん」
「島の中に造る必要があって、作中の設定的に特別な場所である≪霊廟≫をモンスター生産プラントの場所に選ぶのもわかる。モンスターと戦っていた古代文明の跡地……そこはモンスターの巣となっていた、みたいに当て嵌めれば綺麗だとも思う」
「うん」
「けど、本当に滅んだ古代文明という設定まで再現する必要は無いよな。こだわりが深いとはいえ、本当に古代文明になるなよ……と」
「それな」
俺とスピネルは何となく見つめ合って深くうなずき合った。
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