第百七十七話(2/2):≪龍の乙女≫の力


「それでどんなことがわかった?」


 ≪龍の乙女≫の力というのが端的に言えばハッキング能力のようなものであることはわかっている。

 だが、具体的にどんなことまでならできるのか……ということは今のところ未知数だ。

 これはスピネルやルドウィークらも同様、だからこそ力の調査は重要だった。


 この力はこちら側の切り札になりえる力だからだ。


「そうだね。じゃあ、今のところ分かったことだけを報告するね」


 そう言ってエヴァンジェルは近くの岩へと腰を下ろすと話し始めた。


「まずは基礎的なことからだね。僕たちに流れているのはE・リンカー、そしてモンスターたちの中にもナノマシンが遺伝子の中に組み込まれている……或いは体内の中を流れている」


「ああ、それを介してスキルは発生するし、エヴァは「楽園」のシステムへと干渉することが出来る」


「その通り、遺跡の中みたいな場所じゃないと根本的なシステム自体は難しいけど端末のようなモンスターぐらいなら不可能じゃない。モンスターの行動に干渉できるのもその一部だ」


「あくまでモンスターを操れるというのは副次的な力」


「でも、副次的であれ何であれ、強力な力であることには違いない。今のこの「楽園」の中では……ね。だから、色々と試してみたんだ」


 そう言いながらエヴァンジェルが手をひらひらすると、俺に頭を撫でられていた≪ノルド≫は彼女の元へと赴いて撫でられた。

 ……ちょっと寂しい。


「検証した結果わかったのは一纏めにモンスターと言ってもどんなモンスターに対しても有効というわけじゃないということ。小型モンスターは案外楽なんだけど、やはり大型モンスターともなるプロテクトというか……内部構造、体内で構築されているナノマシンのネットワークとでも言うべきものが複雑でね、非常に難しい。難易度に差異がある」


「ふむ」


「それからモンスターごとに設定されている種族としての気質も関係している感じ? 例えば獰猛で血に酔いやすいとか好戦的なモンスターは本能が強い。野性的というかあまり受け付けづらい感じだ。一方で比較的温厚、大人しい気質のモンスターは扱いやすいかな?」


 ――所謂、アクティブモンスターとノンアクティブモンスターか。人を見かけるとすぐ攻撃態勢に入るモンスターは多いけど、居ないわけではないからな……。


 例えば目の前の≪ノルド≫もそうだ。

 流石に腹が減っている時とかは普通に襲ってきたりもするが、それ以外ではこちらからちょっかいをかけなければ不用意に襲ってくることはない。


「なるほど、纏めると大型モンスターより小型モンスター。気性の荒いモンスターよりも大人しいモンスターの順に難易度は下がる、と」


「そうだね、それにと言っても何でもさせることが出来るって感じじゃないんだ。というかそもそもそこまで細部までコントロールが出来るように作られていない。あくまでベースは生物として、ただ行動を抑制したり行動にある程度の指向性を持たせたりできるって感じで……」


「行動に指向性を持たせる……」


 思い出すのは最初に倒した龍、災疫龍の≪黒蛇病≫の力だ。


「アリーも思い出した? たぶん、原理的には似たようなものだと思う」


「ウィルスって設定だったが」


「ウィルスはウィルスでも。それを使うことでモンスターを強制行動させる……。たぶん、スピネルたちが取った手段もこれを利用したものじゃないのかな? ≪龍の乙女≫に関してあれだけ嫌がっておいて、まさか同じ手段で操っていたわけじゃないだろうし」


「恐らくは……そうなんだろうな」


 だとするとギュスターヴ三世らのことを言えない程度にギリギリな手段を手に持っていたなと思う。

 まあ、純正エルフィアンとしてE・リンカーによる肉体強化の恩恵もなく、この世界を生きていくにはそれぐらいの奥の手を持ってないとやっていけなかったのだろうが……。


「そうなってくると操るにしてもモンスターの選定は必要か」


「一時的に支配下に置くならともかく、みたいにセーフティを書き加えて従属させるのはね」


 いつの間にか俺たちは≪ノルド≫の群れに囲まれていた。

 数はおよそ七、八体ほど。

 だが、その気配に敵意は無く、エヴァンジェルが呼ぶとあっさりと茂みの中から身を現した。


「セーフティを書き加えた……? 全部壊れているという話だったが」


「それは間違いないね。だから新たにと言った。セーフティとはいっても元のように最低限命は取らないように行動を抑制する……というものじゃなく、人間に対する攻撃を不可能にするというものさ。それに成功したお陰でこの姿さ」


 彼女はそう言って近くに寄ってきた灰色の毛並みをした≪ノルド≫の一匹の首に抱き着くも、その≪ノルド≫は少し嫌そうに身を震わせるぐわいで大人しく抱き着かれたまま、まるでモンスターとは思えない姿だ。


「モンスターの家畜化……か」


「凄いだろ!」


 確かに凄い、完全に『Hunters Story』の根幹を揺るがすような光景だ。

 「ノア」は迷いなく不正認定するし、≪神龍教≫が排斥対象にするのもなるほど頷けるというもの。


「相性がよければ大型モンスターも……?」


「たぶんね。かなり選定する必要はあるとは思うけど」


 エヴァンジェルが開発した――特異スキル≪従属式≫。

 ルールを刻み込みモンスターを家畜化する。


 その有効活用の方法、試したい大型モンスターの選定。

 次々と浮かんでは消えていく。



「時間さえあるなら色々とやりたいのに……っ」


「あはは、大変だね」



 片っ端からやるわけにもいかず、優先順位を付けなくてはならない。

 その歯がゆさ……。


「とりあえず……なんだけど、さあ」


「なんだ?」


「この子たち、一匹ぐらい飼っちゃだめ?」


 ねえ、だめ?

 そんな風に上目遣いで頼んでくるエヴァンジェルに、実はちょっと狙っていやっているのではないか疑惑を覚える俺。

 帰りに帝都回った時もこんな感じで色々と買わせた事実がある。


 これはいけない。

 俺は心を鬼にした。



「まあ、今後のことを考えればモンスターでも種類によっては飼えるかもしれない……という可能性をあらかじめ広めておくのは必要かもな」


「やったー!」



 鬼にして厳しい態度をとった結果、俺は合理性に基づいて許可を出したのだ。

 そこを間違えてはいけない。


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