第百七十七話(1/2):≪龍の乙女≫の力


 森。

 青々とした森の中で俺とエヴァンジェルと語り合っていた。


「それで?」


「それで……とは?」


「こっちに帰ってきてから五日、初日こそゆっくりしたもののそれからは働き過ぎじゃないのかい? ギルドに行ったり、研究所やら、農園の様子を確認していったり、それに政庁の職員も集めて」


「色々とね。元よりこの≪グレイシア≫は城塞都市だ。モンスターの襲撃に備え、普段から警戒態勢を取っているし、城壁や城壁兵器の改良。それにいざという時のための≪回復薬ポーション≫の備蓄とか……まあ、普段からやっているんだけど」


 それでは足りない。

 いや、どれだけ準備したところでこれで安心とはならない。

 想定している危機、戦いを考えれば。


「それらに発破をかける必要があった。異変調査の≪依頼クエスト≫を乱発、≪グレイシア≫の強化、物資の備蓄等々……金に糸目を付けずにな」


「強引に進めたね。理由を問い詰められなかったのかい?」


「陛下からの「辺境領の防衛を強化せよ」という勅命書が無かったらもうちょっと面倒だったかもしれない」


 その場合は領主としての強権を発動して進めるつもりだったが、そうならなくても済んで良かった。

 皇帝の意向、という錦の旗のお陰で話はスムーズに進んだ。

 短いスパンで二体の≪龍種≫が辺境領を襲ったという事実も進めるには都合がよかった。


「お陰で今は≪グレイシア≫は臨時準警戒状態体制に入っているわけだ」


「そうか……今朝の街の様子、そこまでピリピリしている様子でもなかったけど。むしろ、明るかったというか……」


「まあ、≪グレイシア≫強化のために金に糸目を付けずにばら撒いたおかげで、ちょっとした好景気だからな」


 特に城壁関係は大規模な改修を始めたので大賑わいだ。


「なるほど、変に緊張感だけが高まっているよりはいいか」


「そういうこと。……≪ニフル≫の件もあって財政的にも負担が大きかったところに、色々と進めるために一気に支出を増やしたからシェイラが凄い悲鳴を上げてな」


「ははは、だろうね。聞いているだけで頭が痛くなるだけの金が動くだろうし」


 変に惜しんだところで失敗したらが始まって終わり。

 全力で投入するしかないのだが……。


「彼女には無理をかけるね。ちゃんと労わってあげなよ?」


「全て片付いたらな」


「全て……か。どのくらいかかるのかな」


「ルドウィークたちが言うには≪龍種≫の襲撃に関しては予測は経たないが、それほど時間をかけるのはあり得ない。新生プロトコルの方も準備の手間を考えると実行はおよそ一年以内……と言った所だ。どこまで信用していいかはわからないけど、それを前提に進めている」


「一年、か。それで全て決まると」


「そうなる」


「……シェイラは一年も保つかな?」


「保ってほしいなぁ。なんとか頑張って欲しい……終わったら嫁ぎ先とか探すし、労わるから」


「いやー、シェイラの地位を考えると貴族としての位の方がいいんじゃないか? 嫁入りとかじゃなく、シェイラが主体として得た方が」


「確かに……。なら、いっそ陛下に頼んで……」


 ブツブツとそれについての根回しのことを考えていると、その様子を見ていたエヴァンジェルは不意に吹き出した。


「なんだよ」


「ふふっ、終わっても考えることは山積みだな……と思ってね」


「……全くだ」


 俺は彼女の言葉に同意した。

 全く以ってその通り。

 これから恐らくこの辺境伯領には大いなる嵐が来るというのに、それを乗り越えた後のことを悩んでいるのは些か滑稽ではあった。

 悪い気分ではないが。



「まあ、負けるつもりで準備なんてしてないってことで。勝つつもりだからな≪龍種≫にも「ノア」にも……」


「ああ、頼んだよ。英雄様、僕も協力するからさ」


「それじゃあ、首尾の方を聞こうか? ≪龍の乙女≫殿」


「勿論さ、≪龍狩り≫殿」



 少しおどけながら尋ねると同じく返してきたエヴァンジェル。

 一瞬、見つめ合って俺たちは同時に吹き出した。


 ≪ゼドラム大森林≫、その中層にて二人の笑い声が木霊した。



                 ◆



「見ててくれ」


 エヴァンジェルはそう言うと片手を付きだし、一瞬両眼を閉じたかと思うと何かを念じるように間を置き、そしてを見開いた。


 ――接続セット


 ――干渉インベイション


 ――掌握ドミネイド



「特異スキル発動。――≪従属式≫」



 彼女がそう囁き、そして――







「おー、これは凄い」


「そうだろう、そうだろう!」


 ふふーんっと可愛らしく胸を張るエヴァンジェルを横目に、俺の視線は目の前の光景に釘付けだった。


「へっへっへっ!」


 ≪ノルド≫という小型モンスターが居る。

 ≪獣種≫のモンスターで狼と犬の中間のような姿形をしたモンスターだ。

 区分的には小型モンスターとはいえ、色々と大きさが違うこの世界でのなので実際は昔見た大型犬よりもサイズ的には一回りほど大きい。

 性格は温厚で獰猛にこちらを見た瞬間に獲物として認識して襲ってくるようなタイプではないが、所詮はモンスターはモンスター。

 人に襲い掛かることに抵抗は覚えず、四足獣特有の敏捷性と跳躍力を以って飛び掛かってくる。


 そんなモンスターが……だ。


「よしよし」


「はふはふっ」


 目の前で大人しくお座りの状態で俺に大人しく頭を撫でられているのだ。


「どうだい? 僕もやるもんだろう?」


 当然、これは普通な現象ではない。


 全てはエヴァンジェルの……そして≪龍の乙女≫の力だ。


「それなりに苦労はしたけど、三日もあればこの通りさ!」


 ドヤッという顔をしながらも全身から褒めて褒めてオーラを出しているエヴァンジェルに、内心で苦笑しながらも俺は素直に賞賛の言葉を送った。

 実際、大したものだったからだ。


 今の彼女の格好はいつもの上位素材で作られた防御力のみのデザインを優先した服ではない。

 見た目も考慮してはいるものの、完全な上位防具で身を固めていた。


 今居る場所が場所だから……のもそうなのだが、それにしては着慣れている印象。

 それもそのはず、帰って来てから何度となくこの狩人装備を着てエヴァンジェルは≪ゼドラム大森林≫に入っていたのだから。


 その理由は目の前の光景にある。


 ≪龍の乙女≫の力、それを使いこなすための実験を彼女は行っていたのだ。


「一人で森へと潜らせるのは心配だったんだけどね。それにしてもこんなに成果を出すとは……」


「僕も何時までも守れているばかりじゃ、嫌だからね。それくらいはしてみせるさ。別に≪依頼クエスト≫で大型モンスターを倒そうってわけじゃないんだ。ガッチガチの上位防具で固めれば逃げるだけなら何とかなるし、最初はレメディオスの手も借りて散策のコツや地理について学んだしね」


 帰ってきてからエヴァンジェルが≪龍の乙女≫の力を調べるため、森に入りたいと言った時は俺は当然反対した。

 深層にまで行かなければ装備パワーでごり押しできるし、大型モンスターからは基本逃げることを徹底すればそこまで行って戻るだけなら難しくないとはいえ、やはり心配になるのは変わらない。

 とはいえ、≪龍の乙女≫の力を調べることは必要なのも事実。


「人を付けれれば良かったんだけど」


 アルフレッドなら……と思うも彼は彼でシェイラのサポートを任せて手が離せない、他に誰か頼もうと考えても……。


「まあ、モンスターを操る力なんて広めない方がいいのは確かだからね。アリーも忙しかったし、僕が一人でやった方が効率的だろう?」


 まあ、そういうことになる。

 そんなわけで色々と心配しつつも、俺は俺で仕事を続けていたのだが……。


「見直したかい?」


 そういって髪をかき上げて笑った彼女の姿に俺は手を挙げた。


「ああ、キミは強い女性だよ。全く」


「ふふん」


「頼りがいがある」


 色々と≪エンリル≫の件で踏ん切りが付いたのかエヴァンジェルは一回り大きくなっている気がした。




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