第百七十六話:六つの秘宝
「くそっ、あのクソガキめ。いや、前の代からだから老王だけの仕業ではないが……だとしてもなんて真似をやっているんだ。あんなの隠し持っているだなんて……完全な修正案件じゃないか、バレたらどうするつもりだったんだ? それで終わりだったんだぞ? バカなのか? 非合理に過ぎる。これだから皇族連中は……上位の連中は……」
「ねえ、この息を吐くように不敬罪を連発している子。側において本当に大丈夫?」
とめどなく不敬罪待ったなしな愚痴を呟くスピネルの存在に、アンネリーゼは冷や汗をかいていた。
当然と言えば当然、一般的には皇帝こそがこの国の上位者、神のような存在なのだから。
いくら辺境伯の地位にあると言ってもその地位を保障してるのが皇帝なのであって公然批判なんてあってはならない。
一応、ここが俺の私邸で夕食の最中で身内しか居ない場であったとしてもだ。
「大丈夫、大丈夫。陛下からは許可を貰ってるから。それよりも母さん、お代わり。久しぶりの母さんの手料理だし……」
「はーい! 待っててねー、アルマン!」
心配そうにしていたアンネリーゼであったが、俺が夕食のお代わりを頼むとあっさりそっちへと意識を移した。
まあ、最初スピネルを連れて帰ってきたら流石にギョッとはしていたものの、夕食の用意を頼むと嬉しそうに作り始めてしまった母だ。
優先順位が何とも明確過ぎるというか何というか。
「聞きしに勝る溺愛っぷりだな……。もう少し絡まれるとは思っていたのだが」
スピネルがその様子を半眼に見ながら呟いた。
「まあ、アンネリーゼ様の中での優先事項は決まっているからね。それにしばらくもアリーと離れて居たのもあったし、後回しにされてよかったね」
「ふん、ほっとけ」
一応、気にしてはいたらしい。
まあ、実害を被りかけた相手なのでシェイラぐらいの反発も予想はしていたのだろうが……この有様である。
普通に夕食の流れへと移行してしまってスピネルとしても結構困惑していたらしい。
「まあ、俺に感謝をしろ。あえて、催促することで間を置くことで話を進めやすくするという頭脳プレイ――」
「いや、単にアリーはアンネリーゼ様の食事が恋しくなっててすぐに食べたかっただけだよね?」
「そんなことないが?」
「本当に?」
「……本当に」
じっと瞳を覗き込んでくるエヴァンジェルに対し、僅かに視線を逸らしつつ俺は答えた。
そんな様子をスピネルは眺め。
「なるほど、こっちも予想以上に……」
――何が予想以上なんだ。
「知ってるよ、こういうのマザコンっていうんだよね。≪深海の遺跡≫でちょっと色々探ってる時にそんな単語を知った」
――変なのを覚えてくるのはやめなさい。
色々言いたくなったが、下手に言葉を発せば墓穴を掘るだけだと咳払いをして話を逸らすことにする。
「まあ、なんだ。一応、家の中とはいえそういうのを呟くのはやめてくれスピネル。面倒事に発展しかねないからな」
「……っち、わかっている。流石に迂闊だったな。だが、アレは無いだろう? あんなの不正行為中の不正行為だ。しかも、仮にも運営側の立ち位置の奴らが証拠付きで隠し持っていたのだ。言いたくもなる」
スピネルが言っているのは陛下から贈られた素材アイテム――宝玉と呼ばれる種類の存在のことだった。
ゲーム的に言えば所謂
割合が割合なものだから入手できない時は本当に入手が出来ないので、苦い思い出は俺にもあった。
それが六つ。
ただし、ただのモンスターの宝玉ではない。
そこが非常に問題であった。
≪災疫龍の宵玉≫、≪溶獄龍の赫玉≫。
この二つはまあいいのだ。
これらは俺が献上したもので、ただギュスターヴ三世がそれを返還した。
それだけなら何も問題はありはしない。
問題は残る四つの宝玉。
俺はその宝玉の名前を当然、知っていた。
≪烈日龍の閃玉≫
≪冥霧龍の闇玉≫
≪嵐霆龍の轟玉≫
≪銀征龍の凍玉≫
そう、これらは六つの龍のまだ倒していない四体の≪龍種≫の宝玉。
それらを一纏めに渡されたのだ。
無論、実は俺の知らないところで四体の≪龍種≫が倒されていたという都合のいい話でない。
説明こそされてはいないが恐らくは前の時代に何らかの手段で保管していたものを解放したのだろう、そのぐらいの予想は容易に想像は出来た。
出来た、ので。
スピネルとルドウィークはそれはもう盛大にキレた。
帝都から≪グレイシア≫に帰りつくまで、相応に時間がかかったというのにそれでも怒りが持続しているぐらいには。
まあ、わからなくはない。
だってどう考えてもアウトだ。
倒してないモンスターの素材を入手できるのは完全な不正行為だし、そもそも設定上は一体しか居ないはずの≪龍種≫のがあるというのもおかしい。
そのまま「楽園」の真実へと直結しかねない……完全な爆弾である。
それをまあ、隠し持っていたのだ。
必死で痕跡を隠すためにコソコソやってた二人からすれば「なんだそれは!」となるのも当然であろう。
「あのクソガキ、あれを息子経由で渡したの絶対に私たちがキレることを分かった上で面倒がったからだろう……っ!」
「……まあ、そうだろうね」
帰り際に人を介して渡した辺り、絶対に狙っていた。
そこら辺はまず間違いないだろう。
お陰で船旅の間、二人がピリピリして大変空気が悪かった。
「とはいえ、だ。陛下とて単に冗談であんなのを贈ってきたわけじゃないだろう。当然、リスクを承知の上で……けど、必要だからこそ実行した」
ギュスターヴ三世は言動とは裏腹に非常に理知的な人間だ。
それはこれまでのことからわかっている。
つまりは今後に向けて必要だと判断したからこそ。
「それであの白黒女に渡した……と? 宝玉自体はただの希少素材以上の意味はないはずだが……どう有効活用する気だ?」
「わからん」
「おい」
「わからんが恐らくはルキなら上手く使えるはず……きっとな」
恐らくギュスターヴ三世もそれを望んでいるはずだ。
帝都を発つ前に受け取った言伝から察するに……。
「それにどのみち他に有効活用出来そうな人材に心当たりがない。まさかゴースに渡すわけにもいかないだろう?」
「まぁ、無意味だろうな。……というよりも、だ。根本的に聞きたいのだが真実についてはどの程度広めるつもりなんだ?」
「それについては……悩んでいる。辺境伯領の総力を結集する必要があるがことがことだけになぁ」
説明をした方がいいとは思うのだが、説明するのも難しいし、受け入れられるかどうかという問題もある。
ルキは何かあっさり受け入れてしまったが、あれを基準にするわけにもいかないだろう。
「そこら辺も含めると確かにルキに任せるしかないね。ギルドやモンスター研究所に持ち込むにしても、説明するのも難しい素材だしね」
「まあ、貴様らがそういう判断をするというのならその件はそれでいい。それで真実の方は時期や情勢を見つつ……ということか?」
「必要なら、な、混乱を起こしても意味が無い。シェイラ辺りには……とは、思っているんだけど」
「ふん……では、やつは?」
そう言ってスピネルが視線だけを向けた先には、楽しそうにシチューをよそっているアンネリーゼの姿があって――
「母親にはどう説明するつもりだ?」
「…………」
あまり考えないようにしていたことを突き付けられ、眉をしかめつつ俺は答えた。
「まあ……言うさ。どのみち、隠し事は苦手なんだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます