第百七十五話:天才少女の歓声


「アルマン様! 大好き!」


 そう言って抱き着いてくる少女ルキ。

 言動や行動が突飛な問題児とはいえ、何だかんだそれほど歳も離れて居ない年下の美少女に「大好き!」と言われながら抱き着かれるのは悪くない気分だ。


 そんなことをぼんやりと考える。


「アリー?」


「いや、これはどう見てもそういうのじゃないでしょ」


 エヴァンジェルに名前を呼ばれるも俺はそう返した。

 というかここに居る誰もがルキが異性関係の好き嫌いで抱き着いたなんて思っても居ないだろう。


「こ、こここ、これは何ですか! 何なんですか!? ああ、いえ、わかってはいるんです! わかってはいるんですけど! ひゃあぁああああ! 凄い凄い凄い! これが旧人類……この世界を作ったもの遺産なんですね! うひゃぁああああ! 全く見たこともない乗り物……船とは聞きましたけど、どうやって乗るんだろう! 材質は? 何で出来ている? これが沈んで浮上も出来る……いや、あの車輪にも似た部分が六つも。もしかして馬車のように地上でも動くことが?! 動力はどうやって……内部は!? 外装は!? きゃぁああああ!!」



 単に興奮しているだけである。



 そもそも俺に抱き着いているという自覚があるのかどうかすら不明だ。

 頬を紅潮させ、視線はしっかりとエンリルから持ち返ってきた脱出艇へと向けられ離さない。


「何というか色々と凄いな……。アンダーマンとかいうやつは子孫にどういう教育を施したんだ?」


 スピネルはルキの様子に少々引きながら頭をひねっていた。

 彼らにとってもアンダーマンというルキの祖についてはわからないらしい。


 そもそもがプレイヤーの子孫という意味であれば、この国に住む人間が全てプレイヤーの子孫だ。

 だが、彼らの間で敢えてプレイヤーの一族、血統と呼ばれるのはプレイヤーとしての知識を明確な意味を持って後世に残す一族のことを指す。


 アンダーマン一族は明確にそれに符合する。

 だが、このアンダーマンという存在がわからない。


 恐らくはある程度の知識の失伝が見られることから、ある時期に派生して生まれた分流なのだろうとはスピネルたちは推察しているらしいのだが。


「やはりわからないのか?」


「わからん。≪神龍教≫も全てを知っているわけではないからな。本当に知られていない、隠れ潜んでいた一族だったのか。あるいは元は別の一族だったが私達の手を逃れ、名を変えて再起したのか……」


 まあ、今となってはそこら辺の過去のことは重要ではない。

 重要なのは現在だ。

 「きゃあきゃあ」と可愛らしい声を上げながら、脱出艇をネジの一本まで解体して調べようと画策しているルキに声をかける。


「ルキ」


「なんですかアルマン様!? 私は忙しいんですよ! この子を細部の細部まで丹念に調べ尽くして――はっ!? この子はも私の子なんですからね! ≪アトラーシス号≫は私のものです!」


「いや、俺のだが?」


 ルキの言葉に思わず突っ込むも、


「いや、別に≪龍狩り≫のでもないような。勝手に持ってきただけで――」


 ルドウィークが後ろでボソッと何かを言っているような気がしたが無視だ。

 どうせ管理側の人間が死んで長い月日が経ったのだから所有権だって焼失しているはずだ、AIが管理していたとはいえ落ちていた物と同じ、拾った者の所有物になるはずだ。


「だから、俺のだ」


「おっ、おう」


「それと勝手に名前を付けるな」


「いーやーでーすー! この子は≪アトラーシス号≫なんです!」


 よほど気に入ったのか子供のように地面に転がって駄々をこねるルキ。

 年頃の娘がそれでいいのか、と思わなくもない。


「まあ、それほど悪い名前じゃないし、それでやる気が上がるならそれで採用でも別にいいけど」


「いやったー!!」


 あっさりと機嫌を直して立ち上がり、ぴょんぴょんと飛び上がって喜ぶルキに何とも言えない視線が集中した。


「それで……≪アトラーシス号≫は何か役に立ちそうか?」


 俺がそう尋ねると切り替わる様に彼女の顔は真剣の表情になった。


「見ただけでは何とも……これって動力とかはどうなっているんですか? これほどの大きな絡繰りを動かすにはかなりの力が必要だと思うんですけど、動かないってことは……」


「それは問題ない。太陽光によってエネルギーを作って、そして蓄積することも出来る。今もエネルギーの方は満タンだから動かすことは可能だ」


 ルキの目が輝いた気がした。


「では! 今すぐに――」


「まあ、待て。それでどれくらいのペースで解析出来そうだ?」


「うーん、それは一からとなるとそれなりには……」


「≪アトラーシス号≫のデータバンクの中にはマニュアルもあった。まあ、脱出艇という観点からいざという時に使いようにだろうが……そのお陰か内部構造や仕組み、材質などのデータも事細かくな。それをルドウィークたちに調べさせて進めた場合は?」


「そうですね。それなら要点を調べやすくなるから短縮は出来るかもしれん」


「ルキに頼んでいただけど……」


「ええ、上手く使えそうな技術があればそれを抜き出して……あっちの進行度も合わせて進めるとなると……」


 ルキと顔を突き合わせて大まかなスケジュールを調整する。

 元々進めていた話ではあったが、≪アトラーシス号≫の入手もあってあるいは強化できるかもしれない……というのは朗報だった。

 まあ、「新生プロトコル」とやらが始動しあまり時間に余裕がなくなってしまったため、負担は増えてはしまったがルキはやる気満々だった。



「ふふふっ、燃えてきましたねぇ! さあ、いざ――」



 意気軒昂に実験と解析に取り掛かろうと動き出そうとするルキ。

 俺はそんな彼女の髪を掴んだ。


「ぐぇっ!?」


「あっ、すまん」


「何をするんですかー!」


「まあ、待て。息巻くのは良いがまだあるのを忘れてるだろう」


 そう言って取り出したのは直方体の箱。

 帝都を発つ前にフィオ皇子から貰ったもの。

 ギュスターヴ三世からの贈り物だ。



「これはお前に預ける」


「なんですかこれ?」


「開ければわかる。たぶん、お前が一番うまく使えるからな。ただし、ものがものだから秘密に使え」



 こんなのを隠し持っているだなんて、そんな風にスピネルとルドウィークが顔をしかめたものだ。

 訝しみつつもルキは俺に促されて箱を開け、その中身を見て――一瞬何なのかわからなかったのだろう戸惑うも、その内の一つを彼女は見たことがあったのですぐにその意味を理解した。



「アルマン様っ!? こ、こここ、これって……っ!!」



 目の色を変えて箱の中に収められた六つの宝玉を指さし、尋ねてくるルキに俺は答えた。



「ああ、そうだ。ルキの気づいた通り、これは――」



 色とりどりの六つの宝玉。

 それはこの世界の生態系の頂点として君臨するモンスターの象徴。



「――≪龍種≫の宝玉だ」



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